始め
「人間一度は死ぬんだ、それが遅いか早いかだけの違いだ」
男は虚ろな目をしていた。
「だが、死ねない人間は不幸だ、死ななきゃ生は理解出来ない」
少女は黙していた。
「だから教えてやろう、死ねないお前に、『死』を除く全ての苦しみを…… 今生にして全てを悟れ、あまたの『病』を『呪』を」
男は虚ろな目をしていた。
「その上で探るが良い、そなたにふりかかる『幸』と言う名のまやかしを」
少女は哀しげに目を伏せた。
少女はアスラ……
男はヴァルナ……
アスラは世界に最も愛された美しき人間の王。
その身はただれ、歪み、嘗ての美しき面影は消え……
その美しさを知る者はヴァルナだけになった。
ヴァルナはアスラを独占する事に成功したのだ。
だが、アスラは死なないが故に人間ではない。
世界に過剰な愛を与えられ、それにより人間を超越したのだ。
世界をミトラと言う。
それもまた人間の姿をしていた。
ミトラはヴァルナに『死』を与えた。
ヴァルナが、アスラの『美』を奪ったからである。
ミトラはアスラの美しさを永遠のものとしたが、それはヴァルナにより、『永遠の醜』に変えられた。
ヴァルナは『死』を手に入れたが故に人間となった。
だが、彼は満足した。
全てを知ったからである。
ヴァルナの目は輝いた、ミトラは意に反して彼の願って止まない『全』を与えてしまったからだ。
そして、ヴァルナは死したわけだが、彼の持つ知識は死を超越していたために、復活する。 199X年の頃、ヴァルナは幾度目かの復活を遂げた。
生まれながらにして『全』を知る、いや、知るだけではない、彼の能力は常識を超えている。
「この子の名前、アキにしないか? 清らかって書いてアキ」
「良い名前、そうしましょう」
彼は人を超越していたが神では無かった。
日本、彼がこの国に生まれたのは初めてではなかったが、なんと変わった事だろうと、まだ開かぬ瞳のまま、あげた産声と共に思った事は仕方の無い事である。
年を経るごとにその思いは強くなるが、その理由に至らぬ程に愚かでは無い。
彼は『全』てを知る者で無ければならないが、未来にして新しく生まれるはその『全』てに含まれるはずもない。
彼は時間と共に増加し、消滅していくものを追い求めるのだ。
さて、そろそろ彼の自慢話にも、その生い立ちにも飽きが来たのではないか?
彼自身、小学一年生の春、将来なりたいもの、と言う題の作文で次の様に述べている。
全く、彼が今生『アキ』と名付けられたのは偶然ではないようだ。
「僕は超人になりたい。ツァラトゥストラはかく語りき、
「私は超人を教えよう」
その超人になりたい。
ニーチェは
「神は死んだ」
と言いました、そして、彼は最期に道端の馬に微笑みかけて何事か囁きながら狂い死んだ。
もし、僕が結核で死んだなら、その生の本質は文学者である。
狂い死んだならば、その生の本質は哲学者である。
知識を求めるのに飽き、そして知識を太陽が光輝く様に人々に振り撒く人を超人と言うなら、僕は超人になりたい。
書を記し文学者になりたい。
人々を導き、教師になりたい。
真実を追い求める哲学者でありたい。
故に超人になりたい、その先にあるものを見たいのだ」
これを聞いた者は嘲笑し或いは唖然とした。
ここからが本当の物語の始まりだ。