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脳内黒歴史ノートのリメイク

掲載日:2011/05/25

 ピンポーン、と軽快な甲高い大きく響く音が聞こえた。


全体的に灰色の比率の多い窓の少ない黒い屋根の一軒家から響く音。


周囲にも数々の一軒家が見受けられる所、住宅街の中の一つの家のようである、その家の黒いドアの前に紺色の服の男が立っている。


きっちりと前のボタンの占められた長袖の上着に長ズボン、全身紺色であり深くかぶったつば付きの帽子まで紺色、体の大半を紺色で占められたこれといって特徴のない体格の背丈の高めの成人男性である。


両手に彼の胸幅程の大きさのダンボールの包みを両手で抱えている。


カチリとまたも黒いドアから音が鳴る。


その軽快な短い音の後にすかさず真っ黒なドアが前方へ動き始める。



「はい」


 半分ほど前進したドアがぴたりと止まり隙間を作る、ひょっこりと中から何かが飛び出すと同時に声変わりする前の少年の少し高めの声が飛び出した『それ』から発せられた。


隙間から顔と体の半分を覗かせている『それ』は発せられた声のイメージと違わない一人の少年であった。


さらりとした耳にかからない程のこれといって特徴の見当たらないごく普通の長さの少し茶色味のある黒い髪。


細い眉に端の釣り上がった少し細みのある黒い瞳の目、小さな鼻に小さな口、少しほっそりとした輪郭の幼さの感じられる顔立ちの顔をしている。


覗かれた半分の体は低めの背丈にカモシカを連想させるしなやかさのある手足にそれに釣り合った華奢きゃしゃな体躯、クリーニングを終えたばかりのようなまっさらな金色の黒いボタンの学ランと黒いズボンといった全体像である。


地味さと真面目さを印象付ける小柄な少年が家の扉から来客を知らせるインターホンに反応し扉を開けたのであった。


「クマネズミ急便です、お荷物をお届けにあがりました」


 

紺色の男が覗かれた顔を見て反応するようにしゃがれた棒読みの声をドアから飛び出した顔へぶつける。


ドアの前に立った男は宅配便の配達員であった。


帽子を深くかぶり、目元が見えないためにどのような顔なのか年齢なのかわかりづらい。


「はい」


 それに対抗するように少年も無機質な口調で短く答えるとドアを更に開いていき、全身を配達員の男へあらわにする。


足には真っ白な靴下に水色のゴムのつっかけ、少年がゆっくりと配達員へ近づき前でぴったりと止まる。


「では、こちらの方に判子かサインをお願いします」

 

先ほどと同じ口調で機械のように決められたような台詞を吐き出す配達員。


「じゃあサインの方で」


「こちらをお使いください」


 少年が答え終えた瞬間にどこから取り出したのかいつの間にか黒いボールペンを差し出す配達員、少年も少したじろいだのか微妙に眉を動かしてそれを受け取る。


「サインはこちらに」


 ペンを取った少年へすかさず右手に掴んだ伝票用紙の一部を左手の人差し指で指差す配達員。


指先は伝票用紙の右端の小さな点線でこしらえられた円を指していた。


少年は指でつままれたように持たれたボールペンを抜き取るように取ると目線を伝票に写し、配達員の手のひらを下敷きの代わりにしてペンを走らせる。


少年の手により円の中にきっちりと収まるように書き込まれる『鬼橋』の二文字、書き終ると少年はボールペンの先を自分に向けて配達員へそれを返却する。


「ありがとうございます、荷物のほうはこちらになります」


 配達員が両手に抱えた荷物を少年へ手渡す、少年は両手でそれを抱えるように受け取る。


「それでは、荷物のほうは確かにお渡ししました」


 相変わらずの口調で深々と頭を下げてお辞儀じぎをすると踵を返してゆっくりと家の敷地の外へ向かい歩いていく配達員。


少年はその背中を見つめ、呆けるように立ち尽くしている、その両手には先ほど受け取ったダンボールの箱が抱えられていた。











「お父さんでもお母さんでもなくて」


「僕に対して宛てられた荷物、か」


 先ほどの少年が少し不思議がるような声色で独り言を漏らす。


 真っ白な壁紙、黒いタイルがパズルのように並べられた石畳の狭い床、その終わりがけに並べられた様々な色に種類の靴、壁に寄り添った小さな棚に曲線を利用しそこへ吊るされた靴べら。


先ほど少年が顔を覗かせていた時、体半分を隠していた場所、一軒家の玄関である。


その先には相変わらずの白い壁紙に黄土色のフローリングの廊下。


 その一軒家の廊下である。


少年は箱を凝視している、正確には箱に貼り付けられた長い紙、貼り付けられた伝票用紙の方を凝視していた。


彼の視線の先は受取人の名前記入欄へ向いている。


鬼橋 猟、記入欄へ書かれている名前である、その真上にある狭苦しいスペース、いわゆるふりがなの欄にもご丁寧にきばし りょう、と記入されている。


二つを組み合わせると鬼橋きばし りょう、この一軒家に住む夫妻の一人息子、年は中学2年生、14歳、紛れもなく今、箱を持っている少年の名前である。


「何か注文した覚えはない……」


 つっかけを脱ぎながらまたも独り言をぽつりと漏らす少年、鬼橋。


つっかけをきっちりと玄関へ並べると彼の靴下に包まれた足がフローリングへ着地する。


「差出人の名前がない」


 鬼橋がゆっくりと廊下を歩きながら少し驚いた声を発する。


鬼橋の言ったとおりに、箱に糊付けされた伝票の相手の連絡先の欄、住所や電話番号、郵便番号、氏名の記入場所は全くの空白だった。


「何か……気持ち悪いな、箱は開けずに父さんか母さんに相談したほうがっ !」


 ドン、と大きな音が響く。


それと同時にに鬼橋の独り言が途切れる。


鬼橋の額が廊下の終わり、次の部屋へ続く為の扉に直撃したのだ。


思わず、鬼橋は箱を手放してしまう、箱は廊下の床にどさりと落ち、鬼橋の前で横たわる。


当の鬼橋はというと、額を押さえてしゃがみ込むようにうずくまっていた。


「うぅ……」


 呻きながら微かに震える鬼橋、箱を凝視したままに歩いていた代償である。


そんな鬼橋に変化がおこり始めた。


真っ直ぐな彼の髪の毛が次第にふわりと動き、体の震えが大きくなっていく。


「……っくも」


 震えた小声が彼の口からぽつりと流れる。


「よくもやりやがったなぁああ !」


 ドガン ! と廊下中に響く打撃音と耳に入った瞬間に震え上がりそうな怒号。


 それを発したのは鬼橋であった。


いつの間にか立ち上がっていた彼が腕を伸ばし、先端で固められた拳を扉へめり込ませるように殴りつけていた。


拳を突き出している鬼橋は先程の彼の印象とはまるで違う姿へと変化している。


真っ直ぐだった黒い髪は炎のように波打ちながら逆上がり、切れ目の目をこれでもかというほどに見開かせ、眉間に皺を刻み、開かれた口からは力強く食いしばられた真っ白な歯が覗いている。


「邪魔だ !どけっ !」


 鬼橋が叫ぶように大声を響かせると、思い切り足を横に薙ぎ、足元を蹴り払う。


足元に転がった段ボール箱を蹴り飛ばしたのだ。


箱は真横へ飛んでいき、真白な壁へとぶつかる。


ドン、と大きな空洞を叩いた音を響かせた後、箱は壁の根元で息絶えたように寝転ぶ。


地面に落ちる際に箱の中身が動く、ごとりという音がしたが怒りで我を忘れている鬼橋の耳には届かなかった。


「よくも !よくも !よくも !よくも !……」


 ドン !バン !ガキッ !ボコッ !と、様々な爆音の如く打撃音が壊れた蓄音機のように繰り返される怒りの大声と共に響き続ける。


 当の鬼橋が案の定自分にぶつかったドアへの過激な八つ当たりを続けている音である。


鬼橋の殴り、蹴り、頭突き、体当たりなど多種多様のバリエーションの攻撃をただただ大きな打撃音という悲鳴を上げながらドアは受け続けていた。








「はぁ……はぁ……


鬼橋は疲れ果てていた。


肩を落としながら上下させ、腕は地面へだらりと伸び、背は老人のように曲がり、開いたままの口からは激しい吐息が一定のリズムで隙間風のように噴出している。


いつの間にか、彼のまさに『怒髪天を突く』という言葉どおりに逆立った髪は元の真っ直ぐな物に戻っている。


「また、やってしまった……」


 呼吸の整った鬼橋は背を曲げたまま額に手を当て、静かに呟いた。


「ちょっと、カッとなるとすぐこれだよ……」


 鬼橋は続けるように、後悔するように呟いた。


鬼橋の異常なまでの怒り、いわばそれは彼の『くせ』のようなものである。


幼い頃から少しでも怒りを感じると火薬のように一気に爆発してしまう彼の『癇癪癖』は年月を重ねても一向に治る気配は無かった。


「はぁ……なんとかならないのかな、これ」


 溜息混じりに鬼橋がぽつりと独り言を漏らす。


いつも、激怒の後に彼を塗りつぶすのは決まって深い悩みと巨大な後悔の念であった。



彼の細い目の中の黒い瞳がころりと動く。


「そういえば、あの箱」


 無心な声で目線をそこへ寄せながら鬼橋が言葉を漏らす。


視線の先には転がっているダンボール箱、鬼橋が思い切り蹴飛ばした箱である。


箱の形状は鬼橋が抱えていたときとは違っていた。


丁度壁にぶつかった箱の角に当たる部分が皺を寄せ、めり込むようにへこんでいる。


そして、張り付いていた伝票も見えない、箱の上下から伸びている二つのダンボールの板。


箱が開いていた。


鬼橋が蹴飛ばした衝撃でダンボールの箱の上部を塞いでいた板が開いてしまったのだ。


「どうしよ……」


 鬼橋は少しだけ顔を強張らせて困ったような声を発する。








蛍光灯の電気スタンドに引き出しの付いたの勉強机、木製の引き戸の戸棚にその上に置かれた薄型の小さなテレビ、に本棚隙間の多いパイプベッド、といった全体的に簡素な雰囲気の感じられる少し狭い部屋の中に鬼橋は居た。


ここは鬼橋 猟の部屋、彼はその部屋のパイプベッドに腰掛けている。


そんな彼の膝の上には先ほどの段ボール箱の包みが乗せられている。


先ほど彼が激怒し、蹴飛ばされて壁へ追突したときの痕跡もしっかりと残っている。


鬼橋は自らの膝に乗ったその箱をじっと見つめている。


「で、どうしようかな」


 再び鬼橋の口から出てくる、廊下で発した物と同じ台詞。


悩みの種は目線の先にある箱である。


「こう、上手い具合に半開きだと最後まで行っちゃいたいところなんだけど」


 膝の上でたたずんでいるダンボールの小包、蓋を作っていた4つの蓋の役割をしていた部分の内の二つが開いている。


鬼橋にとってその中途半端さがとても歯がゆいらしく、ダンボールをじっと見据えたまま全て開きたそうに両手の指をわきわきと動かしている。


「ああ、全部開きたい……開きたいけど……」


 震え気味な声にじっと見開かれた目、開かれた瞳孔、我慢ならないという様子の鬼橋。


「もし、中身が危険物とかだったらどうしよう」


 我慢ならない様子の鬼橋が万が一の可能性を震えた声で提唱する。


小包は残った2つの蓋により、中身が遮られているために見えない。


 中途半端に開けられた箱と差出人不明の何が入っているか解らない不安を煽る中身、二つの要因による葛藤に苦しまされている鬼橋。


「開けたい……開けたい……」


 

ついにぶつぶつと微かに唇を動かしながら無心に小声を漏らし続け胸が膨らみへこみの動作が起こるほどに息が荒くなり、肩を上下させ、指の動きが激しくなるといった症状へ動作が変化する鬼橋、彼の限界も近いのかもしれない。


「もういいや、開けよ」


 ぼそりとした独り言と共に禁断症状のような様子の鬼橋が最後の蓋へ手を掛ける。


「せーのっ……」


 一人で小声で掛け声を掛ける鬼橋。


最後の砦ともいえるダンボールの蓋に掛けられた手のふるふるとした微震が止まり手と箱の蓋が風を切るように真上へ上昇する。


ばっ、と大きくダンボールの擦れる音と共に最後の扉が開かれる。


箱が開くと同時に反射的に閉じてしまう鬼橋の目と息を止めるように力強く閉じられる口。


 ついに段ボール箱の小包の蓋が全開になる。


そして、3拍子ほど空いた後に送れたように恐る恐るといった様子で開かれる鬼橋の右目。


「なに、これ」


 右目だけを開いた鬼橋の視線は、はっきりと箱の中身を捕らえ、口からは困惑したように声を絞り出す。



搾り出された声は箱の中身に対する感想である。


箱の中の品物には包装やエアパッチによるクッションなどの施されていなかった。


むき出しにされた拳大のサイコロの様な真四角の立方体。


四方の面から飛び出した透明の太い針に上部の面に盛り上がった透明感のあるドームのようなレンズ。


ごてごてとした飾りの付いたのついたキューブのような得体の知れない物体が箱の右端へ寄り添うように入っていた。


「爆弾とかじゃないよね」


 鬼橋が箱の中身を凝視しながら呟く。


そして、恐る恐る棘の部分を指で摘みゆっくりと箱の中から持ち上げる。


「UFOみたいだ」


 鬼橋が指で摘んだそれを眼前で吊るし、まじまじと眺めながらその物体に対する印象を述べる。


「もしUFOだったら第二の介良事件……なんて事になるのかな、これは」


 指で摘んだままの謎の物体をぷらぷらと揺らしながら鬼橋は考え込むように声を漏らす。


次に鬼橋は物体を摘んだほうとは逆の手でそれの盛り上がった傷や曇り一つないドーム状の部分を指で突付き始める、この物体について調べるつもりなのだろう。


「ガラス ?」


 突付いた部分の感触を鬼橋が述べる。


次に吊り上げた方とは反対側の針の部分へ人差し指を伸ばし、恐る恐るそこへ触れる。


「づっ !」


 突然上がる短い苦痛の声。


声は鬼橋の物である。


悲鳴とともに、手から謎の物体が部屋の床へ落下する。


それと同時に、鬼橋の体も糸の切れた操り人形のようにぐらりと揺らぎ、後方へと倒れこみ始める。


かしゃり、と謎の物体が床へ落ちる音と共に鬼橋の体はベッドの上へと倒れこんだ。


















「うっ」


 短い呻き声が聞こえる。


先ほどとまるで変わらない空気、変わらない家具の位置、相変わらずの部屋の中で鬼橋はゆっくりと目を開き、目覚める。


「あ、う…… ?」


 糸が切れたような突然の気絶から目が覚めた鬼橋の口から呆けた声が搾り出される。


ピッピッピッ……とそんな鬼橋に構うことなく突如、甲高い短い間隔で連続的に奏でられる音が部屋中に鳴り響く。


その音に驚いたのか、鬼橋の体がびくりと跳ね、寝転んでいた上半身を素早く起こす。


「あっ」


 呆けた短い声を鬼橋が発する。


その間にも音は鳴り続けている。


彼の視線の先には床に転げ落ちた先ほどの棘の付いたキューブの謎の物体。


そして、先ほどからデジタルの目覚まし時計の音のテンポを遅くしたかのような機械音を断続的に発している犯人である。


 鬼橋がベッドの上から立ち上がり、音の発生源である謎の物体へ近づいていく。


鬼橋は音の響くそれの前で止まると腰を落として針を触らないよう針の無い真下の面を手の平で掬い上げるように持ち上げる。


「あれ ?」


 鬼橋が掬い上げ、手のひらへ置くように持ち上げたそれを見て不思議そうな声を出す。


そのキューブの透明感のある4本の針のうちの一つがリズム良く鳴り響く音に合わせ連続的に光っては消えと繰り返しの動作をしている。


ぴかぴかと光る針を見つめる鬼橋、そして、針の刺している先へと目線を変える。


針の先にはこの部屋の出入り口であるドアが光を発する針によって差されていた。


鬼橋がそれを手のひらに乗せたまま、恐る恐るドアへと近づく、その間も棘付きのキューブは相変わらず光と音を発している。


鬼橋は空いた手でドアノブを回し、部屋の外へと歩み出る。


ピッピッピッ、と相変わらずのリズムを刻んでいるキューブ、音は変わらないが光の方に変化が生じている。


今度はキューブの左側の針が鬼橋の手のひらの上で規定の感覚でかちかちと光る。


白い壁紙に木のフローリング、鬼橋の住んでいる家の2階、その廊下の左端を指差すように光り続けている。


廊下には今彼が出てきた自室の他にもトイレや物置がある。


鬼橋が針の差す方を向くとそれに合わせるように前方の針へ光が移る様にそちらの針が光る。


真っ直ぐに進め、と指示を送るように光る針、鬼橋もそれに従うように廊下をゆっくりと歩いていく。


鬼橋の足が廊下の左側の終わり、階段まで差し掛かっていても針を灯す光の方向は変わらないままであった。


鬼橋が階段を降りるための一歩をゆっくりと踏み出す。


一歩、また一歩とゆっくりと階段を下る間も針の光は真っ直ぐに光を指し示している。


鬼橋が遂に階段を全て降りた瞬間、キューブの反応が変化する。


今度は右側の針が点滅を始めたのだ。


鬼橋がその変化に気づいたのか、顔を光が示している方へ向ける。


そこには1階の廊下の最左端、廊下の床板が抜け落ちたかのような段差になり終わりを示している玄関がある。


鬼橋はまたも方向を変え、何も言わずに唯そちらへ向かってゆっくりと歩を進める。


鬼橋が玄関の前へたどり着くが、光の方向は変わらずに真っ直ぐに前方を示している。


鬼橋は取り憑かれたかのように先ほど履いていたゴムのつっかけを履くと、家から出るためのドアを開け、そこを潜り抜ける。


「え ?」


 

我に返ったかのように鬼橋が短い裏返った声を出す。


彼の後ろではがちゃり、とドアの閉まる音が鳴る。


鬼橋は目を見開き大きく口を開けて空を見上げた。


彼の見上げた先にはいつもの青い空は無かった。


代わりに広がっているのは緑色の蛍光インクをぶちまけたかのような濃い黄緑色の雲ひとつ無い天井のような空。


その空には太陽すらなく、唯々不気味に辺りを薄く緑色に照らしている。


「なんなのさ」


 惚けた顔つきでまじまじと空を見上げる鬼橋の口から漏れる驚愕の声。


鬼橋は手のひらに乗ったキューブに目もくれずに足早に真っ直ぐに歩く。


彼の家や隣の家などを繋いでいる住宅街からは車や足音などの雑音は全く聞こえず、人の気配も感じ取れない、まるでそこに居た人たちの生活感がそっくりそのまま消滅してしまったようである。


動かされた鬼橋の足が住宅街の通路ともいえる道路へ踏み入られた瞬間、手の中のキューブから音がぱたりと止んだ。


鬼橋もそれに気づいたのか目線をキューブへと移す。


「ぶははははははっ !」


 が、その瞬間に道路の右側から大きな笑い声が飛び込んできた。


声はしゃがれた晩年の男性の物である。


びくりと肩を跳ね、素早く声の飛んできた発生源へ方向転換する鬼橋。


そこに立っていたのは細身の背の高い男であった。


顔全体を隠している真っ黒なガスマスク、癖のある総白髪の背中まで伸ばされた髪にマスクのしたから生えたかのようなへその辺りまで伸びた顎鬚あごひげかかとまで裾の伸びている白衣にYシャツ、ベルトを締めた真っ黒なズボンといった老いた男である。


「あ、ちょっといいですかっ !なんかこの辺りの様子が……」


「ぶははっ !少年よ、お主、ワシが誰かを知りたそうな顔をしておるな」


 すがるような鬼橋の言葉を切り裂き、ガスマスクの老人が見当違いの言葉を発する。


「良かろう、特別に教えてやる……ワシの名はキミカゲ、稀代の殺人医師 !ドクター・キミカゲよ !」


「あの、ちょっと !」

 

両手を広げながら大声で名乗りを上げる老人、ドクターキミカゲに未だ呼びかけようとするがいきなりの状況に混乱する鬼橋。


「そう、あれは40年も昔の事だった……」


「あのー、何かですね、気づいたらこの辺りの様子がですね」


「何気なく付けたテレビでやっていた映画で医療ミスを装った連続殺人鬼の医者の話をやっておってな、ワシはそれを見て思った『あ、かっこいいな』と」


「空の色もどこか変だし……」


「そして、ワシはああなりたいと思い、殺人医師へなろうと決意を決めた」


「それでですね、今の状況について何か情報があれば教えて欲しいなと」


「医療ミスでは映画の殺人医師と同じになってしまう……そこでワシが考えたのは遅効性の毒煙でじわじわといたぶり殺すワシ自身のカラーであったのだ」


「って、聞いてます ?」


「苦節40年、いくら研究をしても毒の煙は完成することは無かった……だがしかし !つい最近 !っていうか昨日、奇跡が起こり、ワシは遂に毒煙での殺人が可能になったのだ !」


「もしもーし !」


「これからこの奇跡の殺人医師、ドクター・キミカゲの華麗なる大量殺人の歴史が幕を開けるのだ !」


「聞いてくださーい」


 二人の間で決して噛み合わない会話が繰り広げられている。


「こんのクソガキ !ワシが有難い話してるんだからちゃんと黙って聞いてろ !」


聞いてもいないことを話すドクター・キミカゲの間に入ろうとする鬼橋に唾を飛ばしながら怒りを訴えるキミカゲ。


「お前の身の上話なんざ興味ねぇんだよ !俺の話こそ聞けよ !」


 ぶわりと鬼橋の髪が逆上がり、対抗するようにぶち切れる。


「だいたいな !40年も掛かる時点で才能が無いんだよ !3年目くらいの時点で気づけ !」


「何で毒煙にこだわるんだよ !もっと頭使って他の方法に変更とかしろよ !」


「そもそも、殺人医師に憧れるセンスが論外なんだよっ !」


 怒髪天の鬼橋が怒声を上げてドクター・キミカゲに対しての罵倒の言葉を次々と叫んでいく。


叫ぶだけ叫んだ鬼橋の髪型が元に戻っていく。


「このクソガキが……好き勝手言いおって……」


 拳を握り締め、ドクター・キミカゲがわなわなと静かに怒りをあらわにする。


「丁度良い、貴様はワシが『脱出』したときに始まるヒストリーの実験台、そしてワシの犠牲者第一号にしてくれるわ……」


 静かに怒りを纏いつつドクター・キミカゲが白衣の懐へ手を突っ込むと何かを取り出す。


取り出されたものは四角い立方体である。


棘とレンズの付いたそれは鬼橋の元へ届いたキューブと寸分違わぬ物である。


それを見た鬼橋の顔が強張る。


「ぶははは……クソガキ、貴様も『参加者』ならばこれが何か解るであろう ?」


 得意げな声と共にドクター・キミカゲは指を棘へぶつりと刺す。


それを見た鬼橋の目が大きく開かれる。


「ほいやっ !」


 掛け声とほぼ同時にドクター・キミカゲが手首のスナップを利かせて刺付きのキューブをフリスビーのように地面へ投げる。


投げられたキューブは地面すれすれで回転をし、上部のレンズの部分から暗闇に放たれたスポットライトのように光の線を延ばす。


照らされた光の中から黒い影が浮かび上がる。


黒い影は次第に大きくなり、地面へと降り立った。


「なんだよそれ」


 鬼橋は動揺したように身じろぎ、声を絞り出す。


目線の先の大きな影。


真っ白な頭蓋骨に体に当たる部分は大きな黒いローブで全身が覆われている。


頭蓋骨の額には白いランプの笠に似た花びらが茎に縦に五つほど並んでいる花、鈴蘭のタトゥーが施されている。


真っ黒なローブの右手の裾から白骨の右腕が飛び出し手を差し伸べるように真っ直ぐに伸ばされている。


近くに居るドクター・キミカゲと比較すると2メートルはあるであろう大きな、死神を象ったかのような何かが光から飛び出したのだ。


「これこそがワシの夢にして理想 !」


 

それが現れた瞬間、声を張り上げるドクター・キミカゲ。


「とうっ !」


 次にドクター・キミカゲは気合に入った声と共にその現れた死神へ向かって力強く、飛び掛るようにジャンプする。


 飛び掛った彼の体が死神背中へと触れる。


しかし、激突するようなそぶりはまるでなく、その触れた体がずぶずぶと底なし沼へ埋まるように吸い込まれていく。


 完全に体が死神への中へ取り込まれる。


「それを具現化した『精神体』、名づけてネーヴェル・ギフト !」



今度は死神からドクター・キミカゲの突き刺すような大声が辺りへ響く。


「何でこのキューブからそんな物が !」


「なんじゃいクソガキ、郵送されてきた箱に入ってた紙に全部書いてあっただろうが」


 目の前の夢のような状況に叫びを上げる鬼橋にドクター。キミカゲが少し気の抜けた声で答える。


「えっ ?」


 それを聞いた鬼橋が素っ頓狂な声を上げる。


「ぶははっ、そうか……貴様、あれを読んでおらんのだな」


 ドクター・キミカゲが嬉しそうな声を上げ、それを聞いた鬼橋の肩がびくりと跳ね上がった、図星である。


「二度も奇跡が起こるとは !自らの精神体も具現化できず無抵抗な小僧……正に実験台にうってつけ !」


 鬼橋の様子を見たドクター・キミカゲが更に嬉しそうな声を上げる、死神の黒いローブから生えた枯れ枝のような右腕が真横に開かれ、今の感激の度合いを表している。


 鬼橋がそれをじっと見据え、体を震わせながら身構える。


「喰らうがいいっ !ワシの夢を !」


 キミカゲが叫ぶと、死神の頭蓋骨の口が開く。


 その口からもくもくと、何かを燃やしたときに発生する煙よりも濃い、暗雲の如く黒煙が吹き出る。


「遅効性の毒煙じゃ !しばらく吸い込むと極楽浄土へ行けるぞ !」


 煙を吐き出している死神からドクター・キミカゲが激情した声が張り上がる。


煙はゆっくりと辺りの景色を包み込み消し去るようにして鬼橋へと迫っていく。


「うわぁっ !」


 裏返った情けない声を上げながら鬼橋が後方へと駆け出す。


「逃がさんわ !クソガキめ !」


 ドクター・キミカゲの声と共に毒煙に隠れた通路の中からそれを追いかけるようにカシャカシャと断続的に地面から軽い音が響く。


鬼橋がなりふり構わず、狂ったように走っていく。


ポストや電柱を背に住宅によって形成されたアスファルトの地面の通路を走っていく。


それを追い立てるように遅れてカシャカシャと軽い音と共に真っ黒な煙も追従を続ける。


煙と鬼橋の追いかけっこである。


「づっ !」


 追走劇の途中、鬼橋の表情が歪み、苦痛の声が漏れ出す。


彼が必死に握っていた棘付きのキューブの針が指に食い込んだのだ。


「っにしやがんだ !くそがああ !」


 彼は髪を油を注いだ火のように燃え上がらせ、狂ったように吼える。


そして、手に持ったキューブを地面へ思い切り叩き付けたのだ。


からり、とアスファルトと接触し、キューブは虚しい音を立てて地面へ転がる。


キューブは家の垣根へ立てかけられていた『チカンに注意』と黒いペンキで大きく書かれた背の高く薄い立て看板の傍らで佇んでいる。


突如、天を向いたキューブのレンズから大きな光の柱が延び始めた。


「あれ ?」


 突然の出来事に驚いた鬼橋の髪は元のさらりとしたものへ戻り目を見開いてキューブを凝視し声を発する。


 ドクター・キミカゲがキューブを地面へ放り投げた時と同じである。


光の柱から大きな影が浮かび上がり地面へ向かって跳ね上がり着地する。


ドン !と着地の瞬間鈍重な短い音が上がる。


大きな黒い影だったものが今は地面に立っている。


多量の墨汁を溶かした水のような真っ黒な肌色、さび付いた部位以外は鉄色の一色で染まった足全体を守る具足で覆われた丸太のように太い両足。


真っ黒な大蛇の如く筋肉の盛り上がった肩から露出された強靭さの感じ取れる太い両腕。


ブラウン管のテレビ程の厚みのある錆び付きの所々見える銀色の鎧を着た鉄塊のような頑強さの感じられる胸板の胴体。


顔の輪郭を象っただけの鼻や口などを現す装飾はなく、右目の部分だけが半月のように穴のあけられた鉄仮面に隠された顔。


腰の辺りまで伸ばされた獅子の様に枝分かれした長い銀の髪。



額からは天を突くかのように見える肌の色と全く同じ真っ黒な短い角が突き出している。


ドクター・キミカゲのキューブから出現したものと全く同じ大きさの筋骨隆々とした一人の男である。


「鬼……」


 鬼橋が見開いた目で光から出現した影の正体を捉えると口から自然に言葉が漏れる。


影の正体であるものの彼の第一印象が口から漏れ出したのだ。


『鬼』と例えられたそれは背筋を伸ばし、大蛇のような腕を組んで煙の迫ってくる通路をじっと見据えている。


だが、突如としてその腕を解き、鬼橋のの三倍近くの太さはある指を広げ、鬼橋の頭を掴み上げ、鬼は自らの胸元に寄せる。


「なにしやがんだ !」


 怒声を上げる鬼橋へ目もくれずにただ無言で抱き寄せる鬼。


鬼橋も必死に抵抗をするが無意味に終わり、鬼の体へと密着した瞬間、それの中へ吸い込まれるように鬼の体内へ消えていく。


「あれ ?」


 鬼橋を全て吸い込んだ黒い鬼から鬼橋の素っ頓狂な声が上がる。


「目線が高い」


 黒い鬼からきょろきょろと辺りを見回す動作と共に呆けた独り言が呟かれる。


 次に鬼は両手を開き、顔を少し落とす。


「……僕の手じゃない」


 ひっそりとした鬼橋の声が鬼から聞こえる。


鬼が自分自身の手をまじまじと眺めながら鬼橋の声を発する。


カシャリ、と先ほどの軽い音が鬼から少し離れた場所で一つだけ鳴る。


「あー、やっと追いついた……足が遅いのがワシの精神体の欠点だな」


 軽快な音の鳴った先、厚い層の黒煙からドクター・キミカゲの声が聞こえる。


「……貴様」


 続けざまにドクター・キミカゲが押さえ込んだ、警戒するような声色で煙の中から声を放つ。


「うっ……」


 黒煙を見て、焦りの感じられる鬼橋の短い声、次の瞬間に鬼が少し後ずさり、身構える。


「やっぱりそうだ、さっきあの鬼に吸い込まれた時に『僕』と『鬼』が一体になったんだ」


 じりじりと少しずつ距離をとる様に後ろへ下がりながら鬼橋が言う。


「体を動かす感覚は一体になる前とまるで変わらない、自分の体のように動いてる」


 身構えながら自分に起きた事を確認するように小さな声で鬼橋がゆっくりと言葉にしていく。


「その声、やはりさっきの小僧か……どうやら奇跡的に精神体と同化することが出来たうようだが……」


「何を具現化した物かがわからんのではワシには勝てんっ !」


 シュウ、と煙の吐き出される音が黒く染まった鬼橋の眼前から聞こえる。


煙は更に速度を上げて鬼橋を追いかけるように通路を飲み込んでいく。


「ぶははっ !やっぱ楽しいわ !これ !」


 更に手を伸ばした煙の中から狂ったような歓喜の声を上げるドクター・キミカゲ。


突然の加速に鬼橋の反応が一瞬だけ遅れてしまう。


 煙はそれを逃すまいと鬼橋と一体化した鬼の体を一瞬にして飲み込んでしまった。


「遂に捕まえたぞ !クソガキめ」


 ドクター・キミカゲが声を張り上げる。


「ワシのネーヴェル・ギフトは毒煙の中でも視野が利く上に防毒能力まである、貴様が毒でじわじわとあの世へ行く様を観察してくれるわ !」


 ドクター・キミカゲが更に声を張り上げて言葉を作り出す。


既に毒煙は鬼橋の背後の通路にまで足を伸ばし埋め尽くしている、完全に捕らえられてしまった。


「もっと焚け !もっと焚け !」


 煙の中で狂喜するドクター・キミカゲ。


「ゴッホッ……ゴホッ」


 それに混じり、鬼橋の咳き込む音が煙のどこからかから聞こえる。


遅効性の毒ではあるが逃げ道は殆ど閉ざされている絶体絶命の鬼橋。


「さっきからよぉ……」


 そんな状況の中、鬼橋の静かではあるが威圧的な声がはっきりと聞こえる。


「さっきから……」


 またも聞こえる威圧感を孕んだ声。


煙の中、小さく真っ赤な火種のような光が浮かび上がる。


まるで人魂のように宙に浮かび上がる真っ赤な光。


「もくもくもくもくもくもくもくもくと……」


 ゆっくりと移動する真っ赤な光、ガシャ、と金属の揺れる音が鳴る。



「鬱陶しいんだよおおっ !」


 

小さく灼熱のように燃える光から地を震わせるような咆哮響く。


ゴウ、と。


咆哮の後に大きな風の音が聞こえた。


 通路を支配していた黒が渦のようにうねりを上げて暴れまわる。


右往左往とするように暴走する煙は耐え切れなくなったのか、黒い突風になり後方へと吹き荒んでいく。


その跡地に残ったのは何事も無かったかのような住宅により形成された通路であった。


「ぶえっ !」


 ドクター・キミカゲの驚愕の声が上がる。


ドクター・キミカゲを取り込んだ死神の眼前には黒い鬼が立っていた。


思い切り何かを振り抜き終えた姿勢、両手には黒いペンキで『チカンに注意』と書き上げられた背の高い立て看板を掴んでいる。


黒い鬼のまっさらな鉄火面に唯一くり抜かれた右目を象った半月のような穴が真紅の光を放っている。


大量のくべられた薪を燃やした釜戸から漏れる光のように赤く輝く右目。


「扇いだのか、その看板で……」


 驚きを隠せないドクター・キミカゲが鬼橋へ問いかけるように呟く。


「馬鹿なっ !ワシの夢がそんなもので破れるかっ !」


 負けじと、ドクター・キミカゲが雄たけびを上げ、死神の口からまたも辺りを埋め尽くさんばかりの煙が吐き出される。


黒い鬼が看板を掴んだ鉄柱のような両腕を振り上げる。


ブオッ !、とまたもや空を切る轟音が辺りを振るわせる。


振り下ろす動作こそ殆ど肉眼では捉えられないが、その両腕に掴んだ看板で前方を仰いだということが明確にわかる。


ドンッ !、と地に叩き付けられる肉感的な音と共に鬼が一歩前へ踏み出す。



鬼が歩いた。


地を鳴らすような一歩一歩を踏みしめ、目を真っ赤に燃やし、白銀のたてがみをたなびかせ、邪気の如く禍々しさを纏いながら死神へ一歩、また一歩と迫るように近づいていく。


 死神は気おされているのか、微かに背を後ろに反らし恐怖に身を固めるようなポーズのまま動かない。


「ク、クソッ、こうなりゃ奥の手 !」


 焦りを隠せないドクター・キミカゲの声、ローブから突き出した死神の白骨の腕の先端、手のひらが丸まり、人差し指だけが鬼に向けられる。



死神の細い指先から二つの線がフラッシュに近い速さで鬼へと伸びていく。


ガキン 、と小さく鳴りすぐに消えてしまう儚い金属同士のぶつかり合う音。


光の通った先、その到達点には鬼が掴んでいた薄い看板があり、その中心から二本の短く、鉛筆ほどの太さの鉄の棒が生えていた。


看板の背後にはそれを花束でも抱えるかのように何気なく体の前へ看板を持っている鬼。


「やべぇ !あの毒矢2本しか撃てないのにっ !」


 絶望と驚愕に満ちた声を上げるドクター。キミカゲ。



奥の手とは、死神の指先に仕込まれた毒矢であった。


 鬼が看板を放り投げ、肘を曲げた右腕を少しだけ突き出す。


そして、ゆっくりと手を握り拳を形成する。


豪腕の末端で形成された拳は真っ黒なボウリング球を連想されるほどの重みと辺りの空気を歪めるほどの力強さを感じさせる。


鬼が拳の握られた右腕を大きく引き、力強く脚を踏み出し駆け出す。


大地を振るわせる足音、前進するごとにあとを引くように尾を作る真紅の眼光、鬼が走る。


「……っ !」


 突然の鬼の挙動の変化に焦ったのか、ドクター・キミガゲの言葉にならない声が死神から漏れ出す。


死神が逃げる動作に移ろうとしたときには既に鬼が眼前にいた。


ゴゴッ、と圧力を感じさせる風鳴りの音の纏った黒い腕が迷い無く死神へ喰らい付こうと飛び掛る。


巨大な鉄塊てっかいの如き拳が死神の左胸を捉え、突き刺さり抉る。



拳のめり込んだ瞬間、その部分へ亀裂が入った。



ガシャンと、透明感のある大きな破壊音が通路内を支配する。


「うぼぁっ !」


拳のめり込んだ死神の黒いローブの正面と背中に穴の開いた窓ガラスに似た乱雑で巨大な空洞がぽっかりと開きドクター・キミカゲが体を三日月のように前方に反り、苦痛を訴える声を上げながら真っ直ぐに、地面すれすれを飛行するように吹き飛ばされる。



ツバメの飛行のように高度を下げながら飛んでいくドクター・キミカゲ。


ドクター・キミカゲの体が背中から地面へ叩き付けられる。


「はあんっ !」


 落下の鈍い衝撃音とドクター・キミカゲのやけに甲高い断末魔の短い一言、彼は大の字で仰向けに倒れ、ぴくりとも動かなくなった。


死神もそれに習うようにして立てた板切れが重力に従うように地面へ向かってゆっくりと倒れていく。


そして、かしゃりと、もの悲しい音を立てて腕を伸ばしたまま地面へと寝転び、動く気配を完全に消し去った。




右腕を突き出したままの黒い鬼がそれを静かに引き、自らの左腕、その二の腕辺りを掴む。


次に左腕を動かし、右腕と交差させるように左腕の二の腕付近へ手のひらを置き、腕を組んだ体勢になる。


「クソジジイ、俺もあんたの真似してこいつに名前を付けることにしたよ……」


 鬼の中からドクター・キミカゲへ投げかけるようにして鬼橋の声が言葉を投げかける。


「こいつの名前は『ブラック・オウガー』だ」


 鬼橋が何も聞こえぬドクター・キミカゲへ勝利を宣言するかのように射抜くように呟いた。


全てが終わった、その場所には黒い鬼だけが佇んでいた。





いやあ、ドクター・キミカゲは強敵でしたね。

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