愚図
「幸せになんなさいよ」ゴム毬をついて遊ぶ私に、祖母は静かにそう言い聞かせた。
「うん」
その言葉一つに込められた意味など知らず
私はただの返事で済ませた。
赤い鞠は幼く柔らかな手と、硬いアスファルトのあいだを往復する。
それを見るのが好きだった。ポンと音を響かせては繰り返す。いつまでも。そんな気がしていた。
山奥の小さな別荘。風も通わない庭先で、祖母は動かない風車を指先でそっと回した。そして祖母は、今から贈る言葉が描くその先を、静かに見据えていた。
「おまえは人より辛い思いをしたね。寂しい、悲しい思いをしたね。そのぶん人よりうんと幸せにならなきゃいけないよ。」
祖母はいつも、優しく柔らかな顔をしていた。笑うと目元のシワをくしゃっとさせる。侮蔑の眼に晒され続けた私にとって、数少ない逃げ場所であった。
私が祖母に欲しがれば、なんだって買ってくれた。飴も、煎餅も、梅干しも。めんこい子と言われ続け、大変可愛いがってくれた。
街の喧騒も、車の騒音も届かない。背の高い雑木林に囲まれた、小さな、小さな屋敷。
私は祖母とそこに置き去りにされた。何もない庭に響くゴム毬の音は、軽く遠くへ延びていった。
時間はただながれゆく。過ぎて行く。真っ直ぐに残酷に。
「気の毒にね」
「かわいそうにね」
「いい人だったね」
祖母と変わらないほど背丈が伸びた。
喪服を着た有象無象が、私の周りを取り囲む祖母と共に、屋敷が潰れていくのを見ても不満はなかった。
祖母が胸を抑え、寝床へ崩れ落ちたときも不安はなかった。ただ、いつだって現実だけがそこにあった。なのに、
祖母の言葉が、空虚な頭の中で、反響を繰り返す。頭蓋の内に染み込んでくれない。受け入れることができていない。息がやがて熱を帯び、冷静さを失う。体の両脇に添えた手、さらに強く握りこみ、震え始める。震えは静かに広がりはじめ、体全体が微かな振動を見せ始めた。
小刻みに揺れる肩に手が乗る。やけに低い声が鼓膜を撫でる。
「辛かったなぁ。」
(気持ち悪い…。)
肩に置かれた手を振り払い、写真立てを床へ勢いよく叩き割った。(何もしてくれない故人など知るものか。これはただの死体だ。)
「気が触れたか。おうい。」「葬儀を壊す気か。罰当たりだ」
矢継ぎ早に贈られる言葉をよそに、棚に置かれた花瓶に向かって、手を右から左へ払う。花瓶は重力に従い、聞くに絶えない悲鳴をあげた。
(お前達の情状など知るものか。何をしてくれた?俺が何をした?)甲高い侮蔑の声。数人に組み伏せられながらも暴れる足。蹴られた木棺の音が床を伝い、私の心臓に重く鳴り響く。
目前には百合の花。砕け散った破片の中、白く清く凛と美しくあった。
「お前と俺で何が違うのだ。」
その間を水はただ流れれゆく。過ぎて行く。




