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帝国の英雄

 シェルイはネテアとの戦いで得た財の半分を軍事費に回した。帝国との戦争に備えるのだ。聞くところによると帝国は再び戦争の準備をしているようだ。目標は明確である。ウィルヘルミナ王国だ。帝国はすでに大陸西部全域を支配し、敵は東のみである。帝国領と面している国はネテア王国、ウィルヘルミナ王国、南のクドウァン共和国の三カ国だが北のネテアとの間には深く巨大な森林・山岳地帯があり、大軍の侵攻は不可能に近い。南のクドウァンは接している部分が少なく、大軍の通行に必要な街道は通っていない。故に帝国が東に勢力を広げるにはウィルヘルミナ王国を滅ぼさなければならない。だがウィルヘルミナの強さはつい三ヶ月前に思い知ったばかりである。

ウィルヘルミナ王国軍は二万の兵を西に差し向けて国境周辺を荒らし回った。国境警備隊はほとんど無抵抗のまま皆殺しにされた。人の手が入っているもの全てを破壊し、交易路を占領した。森も川も破壊され、住民は王国へと連れ去られた。特に教会は念入りに破壊され、神職者は皆殺しにされた。もちろん要塞も廃墟と化し、防御拠点及び兵站拠点としての機能を消失した。軍総司令官を務めるシェルイは念入りに帝国領を無人の大地へと帰した。帝国軍は東方国境軍に撃退を命じた。

 帝国軍三万は本隊と分かれて行動していたイディア隊五千騎を発見した。帝国軍が攻撃を仕掛けるとイディア隊はすぐに混乱して陣形を崩し、東へ逃走を開始した。殿部隊もなく、各個に東へ走っている。帝国軍はそれを好機と捉え、追撃した。半日ほどの追撃によって両軍は山々に囲まれたアルレバラン盆地に入った。その時、周囲の山々から銅鑼の音が鳴り響き、兵士たちの雄叫びが轟いた。帝国軍の左右や後方に王国軍本隊が出現し、帝国軍に矢の雨を降らせた。混乱状態に陥った帝国軍に重装騎兵の攻撃が叩きつけられる。いつの間にか帝国軍は包囲され、逃げ場がなくなっていた。

「ははは! 突撃だ! 全部殺せ!」

 クトゥが長剣を振り回し、最前線に立って重装騎兵の突撃を指揮する。彼女の勇猛果敢さは誰もが認めるところではあるが彼女の部下たちもまた筋金入りの命知らずの猛者たちであった。矢を射掛けられても一切怯まず狂ったような雄叫びをあげて敵陣を切り崩す。盾兵が盾を構え、並んで防御陣を敷くも易々と踏み潰す。槍衾を前にしても人馬共に速度を落とさず、矢を浴びせて崩す。彼女たちの突進によって帝国軍は真っ二つに分断された。その一つをシェルイ本隊とイディア隊が全力で叩く。帝国軍の片割れはもう片方を救おうとするがティン隊の鋭い攻撃を受けて足止めされた。やがてシェルイ・イディア両隊の猛攻を受けた帝国軍は早々に壊滅し、残った片方も全軍の攻撃を受けて降伏した。こうして王国軍は一万の捕虜を抱えることになった。

 勝利した王国軍だったが歓喜に湧く時間はなかった。西から帝国軍四万が接近してくるという報告を聞いたからである。

 シェルイはすぐに盆地を出て占領したドゥーボーム城に戻った。その城の中には大量の食料が蓄えられている。しばらくはそこに立て籠もるつもりだ。ドゥーボーム城は高い城壁があると同時に交易路を守る要衝である。帝国軍は必ずドゥーボーム城を奪還しに来るはずである。

 先行した帝国軍三万と合流して帝国東部の解放を成すという使命を帯びていた四万の帝国軍は先遣隊の敗北を知らなかった。先遣隊の伝令兵からアルレバランまで敵を追い込んだという知らせを聞いて直行していたがそこでの戦闘はすでに終了していた。彼らはそのまま東に向かい、シェルイらの籠るドゥーボーム城を目指した。

 城へ向かう帝国軍の先頭には二人の青年がいた。片方は人の好さそうな顔の背の低い黒髪の参謀で、もう片方は刃物のように鋭い目の背が高い灰色の髪の総司令官。容姿も性格も正反対の二人だが軍事における才覚はずば抜けている。

「蛮族共は占拠した城を片っ端から破壊していると聞いたがドゥーボーム城は破壊せず残しているというじゃないか」

 灰色の髪の司令官アルディス・マクスウェルが黒髪の参謀エオルに言った。

「はい。恐らくは帝国領内での活動の拠点として利用しているのでしょう。あそこは堅固な城で、中には十分な食糧も財貨も蓄えられています」

「バーカウスの無能者め。奴は堅固な城と豊富な兵力を与えられていながら野戦を挑んで城を失った」

 シェルイが占拠する前のドゥーボーム城には将軍ルドウィン・バーカウスと一万の兵が駐留していた。バーカウスは当初は麾下に出陣を禁止し、援軍の到着まで守備に徹するという作戦方針をとっていた。確かにその方針は正解であり、それを続けられていては攻城戦が不得手なウィルヘルミナ王国軍はそこで前進を諦めて国へ戻るしかなかっただろう。しかし彼はウィルヘルミナ軍が周辺の森林や田畑が焼いていることを知って兵力のほとんどを連れて出撃してしまった。彼らはまんまと罠にかかり、バーカウス将軍は自害、多くの兵が戦死もしくは捕虜となった。

「だが奴らも難攻不落の城を上手く活用できるかな。城壁のない国の蛮族に帝国の堅城は勿体ない」

「彼らは城に固執しないかと。敵は名将シェルイ。苦手な戦い方を選ぶ愚は犯さないでしょう」

 アルディスは小さく笑った。灰色の瞳は活力で溢れている。彼は生来の武人であり、優れた戦争の才を持つと同時に戦争を嗜む好戦的な性分であった。

「だろうな。奴らの得意な平原での野戦に持ち込むつもりだろう。それが叶わなければ撤退も視野に入れているはずだ」

「撤退もですか?」

 エオルは驚いたように言った。

「ああ。この侵攻の目的は時間稼ぎだ。可能な限り帝国領東部を破壊し、大軍の通行を不可能にすることによって内政・外交を安定させるためのな。その目的はすでに果たされている」

 彼は完全にシェルイの思考を読んでいた。

「では長期的な視野を持つ人物と見てよろしいのですか?」

「ああ。蛮族にしては、だがな。ここで俺に敗れて死ぬ未来を考えていないだろうさ」

 帝国軍は整然と陣を敷き、ドゥーボーム城へ到着したが城を包囲せず、さらに東へ向かってウィルヘルミナ軍の後方を遮断する動きを見せた。

「あらら。これはまずいな」

 シェルイは頭を掻いた。彼は帝国軍が城を包囲するものと思っていたのだ。このまま東に向かわれても補給上の問題はないが国境に配置した兵は帝国軍四万を相手にできるほど多くはない。

「追うか? 野戦になるのは俺たちにとっても悪い話じゃないだろ」

 ティンが部下に出陣の準備をさせながら言った。

「追うしかない。ただそうなると主導権は向こうに渡ることになる。数で負けてるのにそこでも利点をなくすと負けるんだよなー」

 とはいえ放置することはできず、シェルイは城を放棄し、帝国軍を追いかけた。追いかけざるを得なかった。シェルイは先のことが見えていた。だからこの時、自らが敗れることを理性よりも本能で感じ取っていた。

 帝国軍は東に進軍しながらも街道を破壊していた。騎兵のみで構成される王国軍を足止めするためだ。

 彼らは狭い道に陣取り、用意していた木材を使って柵を立て、道を遮断した。前衛の兵は長い槍を持たせ、後列には長弓兵を待機させている。ウィルヘルミナ軍の騎兵戦術は偽装退却と包囲、騎射を基本としている。ウィルヘルミナの騎兵が全力を出すことができれば二倍の兵力を用意したとしても敗れるだろう。であれば騎兵を活かせない戦場を選べばよいのだ。

 ウィルヘルミナ王国国王シェルイ、ヤルダバオート神聖帝国将軍アルディス。当世きっての英雄たちの戦いが始まろうとしていた。


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