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和睦

「何とか勝てた…」

 兵士は一息ついた。しかし戦いは終わっていない。シェルイはまだ戦いを終わらせてはならないと判断した。

 諸将を集め、これからの方針を伝える。

「これからネテアの残党を追って北上。ネテア領に攻めかかる。王国南部を悉く焼き払って王都を目指す」

「マジで言ってんのか? 戦いはもう終わったんだぞ」

 ティンが言った。

「戦いを終わらせるかどうかを決めるのは俺だ。ネテアの奴らじゃない。ウィルヘルミナを裏切って喧嘩を売ってきたことを後悔させてやる」

兵に一日の休息を取らせた後、北へ向かった。それから国境を越えてネテア王国領へ攻め入った。ドルゴンの敗北を知ったばかりで逆侵攻を想定していなかった国境守備隊は瞬く間に蹴散らされ、多くが捕虜となった。そこから王国領南部の蹂躙が始まった。山や森林、家屋を焼き、畑を荒らし、川の堤防を破壊して決壊させた。

 城攻めにあたっては捕虜にウィルヘルミナ軍の鎧を着せて城壁を登らせた。ウィルヘルミナ軍は捕虜が城壁を占領し、城門を開け放った後に突入して城を落とした。そうしてまた新たに捕虜を得て次の城を攻める。こうして城攻めに不慣れな遊牧民族はほとんど犠牲を出さずにいくつもの城を陥落させたのである。シェルイは占領地で個人での虐殺や暴行、略奪を禁止した。しかし貴族からは食糧や金品を徴収し、遠征を続けた。やがて彼らは王都トーヴァーを包囲するに至った。

 トーヴァーは堅固な城砦都市である。かつては南側領土防衛の要として機能していたが一世紀ぶりに戦火にさらされることになったのである。国王はウィルヘルミナの兵馬を恐れ、すでに王都を脱出していた。

 シェルイは投石車を使って城の中に兵や家畜の腐敗した死体を投げ込んだ。それだけではなく糞尿も投げ込んだ。城内はすぐに感染症が蔓延し、地獄のような状況に陥った。それでも城兵は懸命に耐えていた。

 そこに国王ニコラウスの使者が訪れた。内容は休戦と和解を求めるものだった。シェルイは使者と会うことにした。

「それで、和解の代わりにニコラウスは俺たちに何をくれる? 結んだ同盟を即座に破棄してお前たちが始めた戦争だ。それなりの代償を支払ってもらう」

「心得ておりますが…我が国は再統一を果たしたばかりで国内の混乱もございます。心ある御判断を願いたく」

「じゃあ何で攻めてきたんだよ。ウィルヘルミナ領に攻め込んだ損害賠償として金貨七十万枚でどう?」

 シェルイは笑った。

「む、無茶な! 我が国の国家予算二年に匹敵する金額ではありませんか!」

「嫌なら戦争は継続だ。お前たちが滅ぶまでやるからな。それに比べれば国家予算で済むならマシだろ」

 ウィルヘルミナ軍は圧倒的だった。一方、ネテア軍は遠征で五万の兵を失い、四万の兵が捕虜となっている。国軍総司令官のドルゴンが捕虜になっているのも痛いところである。急遽軍をかき集めているが心から王に従っている者は少なく、諸侯の動きは鈍い。

 使者は顔を青くして帰って行った。心の中で有りとあらゆる暴言を若き草原の王に叩きつけていることだろう。彼が内心で何を考えていようがどうでもよいことだった。ニコラウス王が要求を呑むかどうか。それだけが重要である。

 二週間の協議の末、ニコラウスはシェルイの要求を受け入れた。正式な調書によって契約が締結され、両国に和平が成った。しかしウィルヘルミナ軍は占領地に駐屯したままであり、捕虜を抱えたままである。和平条約の中には占領地や捕虜についての取り決めはなかった。ネテアは占領地と捕虜の返還を求めたがシェルイは更なる財貨と人質の派遣を要求した。ニコラウスは渋ったが受け入れざるを得なかった。ネテアの穀倉地帯は王国領南部にあり、ウィルヘルミナ王国に占領されているのだ。それにドルゴンをはじめとしたまともに軍を率いるニコラウス派の将軍は捕囚となっている。彼らがいなければ国内の諸侯たちの離反を招くことになる。ニコラウスは条件を飲まざるを得なかった。

 ニコラウスは損害賠償を含めて金貨百五十万枚の支払いに同意した。一括での支払いは不可能なので五年かけての支払いとなった。人質としてニコラウスの姪フィオラをはじめとする要人たちが派遣された。それで捕虜たちの全員と占領地の半分を返還した。

 シェルイはネテア王国から三十万枚の金貨を受け取って帰還した。そしてそれを兵士や民に配った。

 シェルイは人質として渡されたフィオラと会った。フィオラは優れた軍事的・政治的才能を持つと同時に輝くような美貌を誇る絶世の美女であった。結婚を申し込む者は多かったが彼女はその全てを断っていた。ニコラウスが王位を手に入れる際に暗躍していたそうだが現在は疎まれ閑職に追いやられている。

「お初目にかかります。シェルイ陛下。ニコラウス陛下の兄エンリが娘フィオラと申します。しばらくの間、お世話になります」

 雪のように白い肌と髪。しかし瞳は血のように赤い。美という概念を形にしたような女だ。男であれば目を奪われないはずがない。

「ああ。よろしく。脱走されても困るからある程度の監視をつけるけど基本的には自由に行動してもらっていい」

「お心遣いありがとうございます。差し支えなければ仕事をくださいませんか? 私は仕事が嫌いではありませんので」

 シェルイは少し考えこんだ。

「ん。わかった。人手が足りなくて困ってたんだ。そうだね。適性がわからないからまずは俺の書記官を頼むよ」

「謹んでお受けいたします。ご期待に添えるよう尽力させていただきます」

 フィオラはシェルイを良く補佐した。シェルイは彼女を重用し、多くの仕事を任せることにした。そのような待遇を受けたフィオラはそれらの職務を完璧に果たしながらも困惑しているようであった。

「陛下。なぜ私をここまで重く用いてくださるのですか? 私はつい一月前まで陛下の敵であったネテアの王族です。もし私が裏切れば…」

 軍務を終えたシェルイに彼女は尋ねた。シェルイはいつものように頭を掻いた。理性ではなく感情に基づいて話す時、頭を掻く癖がある。フィオラは短い間しか彼との交流を持っていなかったがその癖を見抜いていた。

「まあそのリスクも考えてないわけじゃないけどさネテアはもう敵じゃない。奴ら、戦いに挑む気力も余力もないだろうし。これからは協調していこうと思ってる。賠償金も支払う姿勢さえ見せてくれれば全額の支払いを求めないつもりだ」

 青年は笑った。

「個人的に俺は君のことを信頼してる。君が俺たちを裏切ろうとネテアはもう俺たちには勝てない。それがわからないような奴じゃないだろ」

 何よりシェルイの部下たちが彼の代わりに彼女を疑っている。シェルイまでが疑えば彼女にとってはかなり居心地が悪いだろう。シェルイは彼女にネテア王国との橋渡しとしての役割も期待しているためウィルヘルミナ王国に悪印象を持たせたくなかったのである。

「確かに。私は無益なことをするつもりはありません。ですが元敵国の王族に対して嫌悪感はないのですか?」

 シェルイという人間の深層部を見極めようと彼女は更に問う。滅多に他者に対して興味を抱かない彼女であったがこの時ばかりは目の前の年少の王に並々ならぬ好奇心を揺さぶられた。

「俺にはやりたいことがある。そのためならなんでも飲み込む。身の裡に害虫を抱え込もうとも絶対やり遂げる。邪魔する奴は叩き潰す。利用できるものは何でも使う」

 フィオラの問いは挑発じみたものだったが青年は気付かずに答えた。

「それが王の度量というものですか?」

「俺、王の器じゃないんだよね。王になったのも目標のため。でも王になったからにはみんなのために頑張らないといけない。それが嫌なわけじゃない。やりがいもある。でも疲れた時、俺を励ましてくれるのはちっぽけな俺の夢なんだ」

 シェルイの顔は苦々しい笑みを帯びる。彼と彼の最愛の人の胸の中には美しい夢があった。しかしそれは冷たい現実に穢されて血腥い呪いへと成り果てた。それでも挫けそうになる彼の背中を押してくれる。

「要するに…頑張れるのは俺が王だからじゃない。夢を見てる子供だからなんだと思う。多分ね。みんなにはそれが申し訳ないんだ」

 国の名を決めたのはシェルイである。ウィアナが遺した剣の銘。ウィアナやグレゴリウスらを忘れたくないというのが一番の理由であったが他にも理由がある。二つ目に帝国への当てつけだ。帝国が殺した魔女の剣の名を冠した国が帝国を滅ぼす。悪趣味だが痛快な皮肉だと思ったのだ。第三に自分を縛るためである。ウィアナの剣の名を国名にすることによって愛着を持たせようとしている。

「なるほど。貴方のことがよくわかりました。ありがとうございます」

 フィオラはこの青年の危うさを見た。彼は武術だけでなく多くの学問について知識がある。大体のことはすぐにこなせるようになる器用な男だ。しかし根本的に不器用なのだ。一度生き方を決めたら曲げることはできない。根が善良なだけに非道になりきることもできずに責務と夢の矛盾を背負ったまま走り続けている。その結果、自分の命を顧みることもせず、夢と責務に殉じようとしている。誰かが助けなければすぐに死んでしまう。だからこそ誰もが彼に力を貸しているのだ。

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