決戦
「兵どもに厭戦気分が蔓延しかけておる。敵中で軍が瓦解する前に決着をつけねばならん。敗れるわけにはいかぬのだ」
ドルゴンは感情をみだりに振り撒くようなことはしなかった。しかしその焦りは諸将に伝播し、そして兵士たちに感染した。
翌日、ウィルヘルミナ軍は三千の軽装兵をネテア軍に突撃させた。遠距離から弓矢を豪雨の如く降らせる。ネテア軍は軽く軍を出して彼らを追い払ったがすぐに戻ってきて矢を射掛けた。諸将は攻撃命令を求めてきたがドルゴンは追撃を禁止した。
「追ってはならん。罠に決まっている」
しかし五千の騎兵が命令を無視して出撃したのだ。ウィルヘルミナ軍は逃走した。勢いに任せてその部隊は追撃を行ったが待ち構えていたシェルイ本軍に挟撃されて壊滅した。
それからもウィルヘルミナ軍は弓矢による攻撃を継続した。ネテア軍は反撃することなく多少の被害を受容することしかできなかった。
「このまま時間稼ぎだ。待てば勝ちは転がってくる」
シェルイはそう言って笑った。だがネテア軍は彼の想定を上回った。
「長期戦に勝機はない。全軍突撃せよ」
戦場を見渡してドルゴンが決断を下す。
「どこを狙われますか? 軍を三つに分け、二つで敵の両翼を攻めて注意を分散させ、本隊で敵本陣を狙うべきかと思われます」
「いいや。陣形など不要。各々前方の敵へ攻めかかれ。それと全将兵に伝えよ。敵将の首をとった者は一兵卒であっても国王陛下に申し上げて爵位をくれてやる。それだけでなく財宝と領地も女も奴隷もだ。奮戦し、勝利と栄光と豊かさを勝ち取れ、とな!」
ネテア軍は全兵力をもってウィルヘルミナ軍目掛けて突撃を開始した。防御をかなぐり捨てて全速力で戦場を駆ける。特に中央部隊の攻撃が激しく、シェルイの本陣にまで迫る。シェルイはたまらず後退し、ネテアの猛攻を避けねばならなかった。両軍の戦力差は未だに大きく、まともに戦えばウィルヘルミナ軍は粉砕されてしまう。
「全軍後退! 陣形を崩しても良い。生き残れ! いいな!」
ウィルヘルミナ軍は陣形を解体して逃走に移った。もはや総司令の命令は戦場全体に届くことはなく、大隊・中隊単位での戦闘・後退になっている。シェルイは本陣を西に移動させた。ネテア軍は彼を仕留めるべく陣を大きく動かした。
シェルイは本陣を守る二千の兵に告げた。
「敵は俺を討つために全力を差し向けてくる。ここが一番の激戦地になる。俺はお前たちに命を預ける。だから少しの間、お前たちの命を貸してほしい」
兵士たちは拳を突き上げて叫んだ。言葉にされずとも彼らは若き王に命を捧げるつもりだった。彼こそが四方を敵国に囲まれたこの草原の救世主であると信じて疑わなかった。
「突撃!」
シェルイは突撃してくるネテア兵を正面から迎え撃った。目にも止まらぬ速さで剣を振るい、一人でネテア兵を何人も討ち取った。
「シェ、シェルイちょっと待って! 危ないよ!」
馬の足と自らの武技に任せてシェルイは最前線を走り抜けている。ディアナはそんな王を諫めた。
「追いついてこい! 止まると死ぬぞ。遅いと捕まるぞ。一気に食い破れ!」
ディアナは溜め息を吐いた。千軍万馬を率い、一国の王となっても危なっかしい戦い方は変わらない。生き急いで死に急ぐ彼を守るのが彼女の常であった。シェルイの猪突には不安を覚えるがその背中を追いかけるのは不思議と嫌いではなかった。
しかし彼以上の暴威を奮ったのは首席護衛官ヘルだった。右手に槍を握り、進先の敵兵を肉塊へと変えていく。彼女はたった一人で百名近くの敵を倒していた。
シェルイ隊の突撃は凄まじく、不意を突かれたネテア軍は陣形深くへの侵入を許した。
「草原の蛮族め! 最後に勝利するのは我々だ!」
太い槍を振り回しながら将軍ヘテローがシェルイに斬りかかる。二人の間にヘルが割り込んだ。
「どけ! 女!」
ヘテローは槍をヘルに振り下ろした。ヘルは剣でその一撃を撥ね返すとヘテローが騎乗する馬の頭を片手で掴み、握り潰した。そのまま首を引きちぎる。ヘテローは落馬した。起き上がったヘテローをヘルが見下ろした。
「ひっ」
将軍の赤ら顔は恐怖で満たされていた。
「お前が、お前たちが何者かどうか私にとってはどうでもいいことだ。主君に敵する全てを叩いて潰し、排除するだけだ」
逃げようとするヘテローに馬の首を投げつける。それはヘテローの頭に直撃し、将軍の首はへし折られた。
周囲のネテア兵は怯えて逃げ出した。死んだ将軍の亡骸を回収する暇などなかった。シェルイはその間に乱戦を解いて逃げた。他隊が弓矢による援護射撃でシェルイらの後退を支援する。だが全体的にシェルイ軍の劣勢は覆らなかった。
「…みんな上手くやってくれてるな」
シェルイは時折届く諸将の報告を聞いて笑った。ネテア軍は東を向いている。戦いが始まってから両軍は西に大きく移動し、丘陵地帯で停止した。シェルイと彼の配下の将軍たちの微調整でウィルヘルミナ軍は東に、ネテア軍は西に軍を置き、乱戦を続けている。シェルイが期待していたものだった。あくまで次善の策ではあるが。
数時間の戦いでウィルヘルミナ軍は兵力の半数が離脱し、戦場に残った者たちは今にも包囲されそうになっていた。ドルゴンは勝利を確信した。
「攻めよ! 奴を逃がすな!」
戦いの潮流は変わる。
ネテア軍の後方から銅鑼の音が響き渡った。ネテア軍の背後には二万五千のウィルヘルミナ軍がいた。ウィルヘルミナ軍はそのままネテア軍の背後から攻撃を仕掛けた。ネテア軍は猛攻を受けて陣形を突き崩された。同時に戦場を離脱した部隊が戻ってきて戦闘に復帰した。彼らは逃げたのではなく、ネテア軍に勝っていると思わせるために部隊を離れ、近づいてきていた援軍を案内していたのだった。加えて二万の援軍が到着した。ネテア軍は完全に包囲され、四方八方から容赦なく矢を射かけられた。
「盾兵を前に出せ! 奴らの矢が尽きるまで耐え凌ぐのだ」
ネテア軍は守勢に強い軍隊である。確かに多大な被害を出しながらも隊伍を整えて防御に徹している。攻め切れないと悟ったウィルヘルミナ軍は投石車も動員して油と火矢を用いて火攻めを行った。ネテア軍の勝機はウィルヘルミナ軍の補給切れを待つことであったがウィルヘルミナ軍はシャルが指揮を執る後方支援部隊による人員や物資の補給を受けて継戦していた。
「あらら。こんなに油を使ったら王妃様に怒られるよ。内戦続きで貧乏なんだから」
大量に消費されていく油を見てディアナが言う。
「人を死なせた方が怒られる。勝って犠牲を減らせてるうちは大丈夫さ」
ウィルヘルミナ軍はイディアの総指揮の元、安定した火力を継続して投入し、間断なくネテア軍を消耗させた。長期戦が苦手なシェルイには到底できない芸当である。シェルイは邪魔だからと本陣を追い出され、負傷者の手当てに従事していた。
勝機がないことを悟ったドルゴンは降伏した。シェルイはそれを受諾し、彼と三万の兵を捕虜にした。彼らが降伏した平原の近くにはルーヴェリアスという名の川が流れており、この戦いはルーヴェリアスの戦いと呼ばれるようになった。
「何とか勝ったね」
ディアナは安堵の溜め息を吐いた。
「死ぬかと思ったー」
西から来た二万五千の兵は国境を守っていた軍である。大軍を相手にするにはできるだけ多くの兵を動員しなければならないと考え、帝国に動きがないことを確認してから駆けつけさせていたのだ。とはいえ長期に渡り国境を手薄にするわけにはいかないのですぐに戻らせる。




