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夜襲

 ネテア王国軍は南方の軍事要塞ヘルムトラを出立し、その翌日、国境を越えた。総司令官を務めるのは国王ニコラウスの腹心中の腹心、ドルゴン将軍であった。ニコラウスの叔父であり、後ろ盾がなかった彼を軍の力をもって王位にまで押し上げた名将である。対外戦争における成果が皆無なニコラウスの実績作りのため今回の遠征は決定された。

ドルゴンは勝利を確信していたが油断はしていなかった。囮部隊を用いて敵軍を引き摺り回し、包囲網の中に誘い込む敵の騎兵戦術にネテア王国は幾度となく煮え湯を飲まされた。新たなる国王シェルイも軽視できない危険人物であると理解している。

「お前たち、白い狼の旗を見かけた時は単独で交戦するな。ウィルヘルミナ王シェルイの旗だ。必ず本軍へ通達せよ。また戦いを挑まれた場合は防御に徹し、攻勢に出るな」

 ドルゴンは部下の将校に命じた。将校たちは有能だがかつての政敵だったりする者が多く、全幅の信頼を置くことができない。

「しかし…ウィルヘルミナ王シェルイはまだ若く、それほど警戒する必要があるとは思えませんが」

 将校の一人が言った。

「卿は烏合の衆を率いて圧倒的兵力を有する帝国の攻勢を僅かな犠牲のみで撃退できるか?」

「…いいえ」

「ならば戦の強さは齢ではなく才覚で決まろう。たとえまぐれの勝利だとしてもそのまぐれが今回も起きぬ保障はない。ゆめ忘れるな」

「はっ」

 ネテア軍は国境を越え、南進する。ウィルヘルミナ王国の領土には占領すべき都市が一つ。ザーラ市のみ。彼らは川沿いを進みながらザーラ市を目指した。

「前方にウィルヘルミナ軍千騎発見! 白狼の軍旗を確認!」

 七万のネテア軍の目の前に現れたのは僅か千騎のシェルイ軍だった。シェルイ軍は逃げることも進むこともなく一定の距離を保っている。シェルイ軍の左右には広い森が広がっている。

「あれはシェルイ王本陣の軍旗です。しかしたった千騎で我らと対峙するとは…」

「千騎のみで相対できるはずがない。左右の森に伏兵がいるはずだ。前線に焦って突撃せぬように伝達せよ。様子を見る。森に偵察を放て」

 両軍は五百メートルほどの距離を保って半日ほど睨み合った。その停滞が終わったのは偵察部隊が森林に伏兵がいないことを本陣に伝えてからのことだった。ドルゴンは全軍に前進を命じた。

「奴は増援の到着を待っていたのか。たった一千の兵で七万の軍を半日も足止めしてのけたな」

 ドルゴンは悔し気に顔を歪めた。敵を過大評価した結果、半日を失ってしまった。半日もあればウィルヘルミナ軍の援軍はかなり近づいてきていると考えられる。既に到着してどこかで待ち構えているかもしれない。

 シェルイ隊は退却した。ネテア軍と一定の距離を取りつつ南へ逃げる。ネテア軍は待ち伏せを警戒して偵察を出しながらの進軍となったので速度は遅かった。夜となり、両軍は野営をすることになった。ネテア軍は敵軍の野営地を監視しながら夜襲に備えた。そして夜も更けようかというタイミングでドルゴンは夜襲を命じた。七千の兵を派遣する。結局、その部隊の多くが戦死することになる。

 シェルイ隊の野営地に乗り込んだ夜襲部隊はその野営地が無人であることを知った。どこを探しても誰もいない。物資も全て運び出されている。騙されたということに気付いた時には既に遅かった。

 ある兵士の頭にどこからか飛来した物体が直撃した。兵士の頭蓋骨は粉砕され、飛来した物体は弾けた。それは油が詰め込まれた麻袋だった。それは野営地のあちこちに放り込まれた。野営地はすぐに油に濡れた。

「ど、どこから投げ込まれている⁉」

 次いで火矢が野営地に降り注ぐ。周囲一帯は瞬く間に火の海となり、中にいたネテア兵は生きたまま焼き殺された。脱出しようとした者は超すウィルヘルミナ軍に包囲されて矢を浴びせられた。絶叫が木霊する。

「どうなさいますか将軍!」

 参謀が夜襲部隊を預けられたハベッタ将軍に尋ねる。周囲はまるで地獄であった。人馬は火炎に飲まれ、矢の餌食となる。士気は崩壊しており反撃どころではなくなっていた。一箇所に攻撃すれば包囲網を突破できるだろうが兵は混乱していたし士官もかなり討たれていた。

 ウィルヘルミナ王国が建国される前のシェルイは五万の帝国兵を焼き殺した。その情報はネテア王国にも入っていた。警戒していなかったわけではない。だが経済が発展していない遊牧民族の軍隊が高価である油を大量に使った戦術を何度も用いてくるとは思わなかったのだ。

 考えている間にも兵は死んでいく。だが本軍からの救援を待つより他に道はない。しかしそれまで耐えることは不可能だった。

 ふと攻撃が止んだ。兵士たちは次は恐るべき騎兵の突撃が行われると予想して震え上がった。しかしウィルヘルミナ軍から届けられたのは降伏勧告であった。ハベッタはそれに飛び付いた。飛び付くしかなかった。

「わかった。降伏しよう」

 こうして二千五百名弱の将兵が捕虜となった。

「ははは。上手くいった」

 シェルイ隊は夜になると同時に陣を捨てて南から追いついてきた本軍と合流していた。また本軍に持ってこさせた投石車百台を野営地の周りに配置してネテア軍が突入すると同時に油を投げ込んだのだ。

 偵察がシェルイの元に駆けてくる。

「ご報告! ネテア軍の本陣から三千の兵がこちらに向かっています!」

「救援か! 死にたいなら死なせてやるか」

 シェルイは捕虜としたネテア軍を解放し、北に向かわせた。彼らは救援部隊と合流し、本陣へ引き揚げようとする。しかしその時にはすでにウィルヘルミナ軍は救援部隊の左右に回り込んでおり、捕虜と救援部隊が入り混じってネテア軍の動きが鈍っていたところを一網打尽に叩いた。

「よし、もういいぞー。帰してやれ」

 シェルイの号令によりウィルヘルミナ軍は攻撃をやめた。生き残ったネテア軍三千七百名は本軍との合流を目指したがウィルヘルミナ軍軽装騎兵もそれに追随していた。ネテア軍はそれに気づいていたが対処のしようもなく敵を引き連れたまま陣に逃げ込んだ。ウィルヘルミナ軍もそのまま突入して縦横無尽に駆け回り、混乱を生んだ。シェルイは全軍を突撃させ、ネテア軍を突き崩した。

「ははは! いいぞ、突っ込め!」

 ネテア軍の野営地は燃え上がり、兵たちは恐慌の極致にいた。だがドルゴンが陣頭指揮を執って迫りくるウィルヘルミナ兵を斬り捨てて兵を鼓舞したことにより混乱は急速に鎮められ、これ以上の戦果は得られないと悟ったウィルヘルミナ軍は暁と共に南へ逃げ去った。

 この夜戦にてネテア軍は七千の兵を失った。対するウィルヘルミナ軍の損害は軽微で、死者は四十名に満たなかった。

 朝が来てドルゴンは兵を休めなければならなかった。しかしウィルヘルミナ軍に増援が到着したという報を聞いて警戒を続ける必要があった。ドルゴンは厳戒態勢を敷いたが結局その日はウィルヘルミナ軍は攻撃を行わなかった。

 ドルゴンは焦っていた。ここのところ彼の判断は過ちを重ねていた。実績豊かなドルゴンだったが部下たちからの忠誠は絶対のものではない。ネテア王国の国内は安定しているが、諸将の忠誠が中央政府に捧げられているわけではない。王の武威を示すために今回の遠征は行われたが諸将はドルゴンの采配に疑問を持ち始めた。これでは戦わずに軍は瓦解してしまう。であれば撤退すべきではあるがたった一万の敵に敗れて逃げ戻ってきたという汚名は避けられず、まだ安泰とはいえない王の威光は失墜する。だから何かしらの成果を得るまで帰還するわけにはいかないのである。


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