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ウィルヘルミナ王国

 婚姻の儀を終えて一息ついたシェルイは各部族の長を集めて麾下に加わるように求めた。難色を示す者は多かったが帝国の脅威に対抗するには一つの勢力に纏まるしかないと考え、大半が彼の軍門に下った。  

 シェルイは新王国の建国を宣言し、初代国王に即位した。その新王国の名はウィルヘルミナ王国。ウィアナが遺し、数奇な縁の元、シェルイに受け継がれた剣の名だ。彼女の剣を取り戻してくれたグレゴリウスたちのことを忘れないようにこの名にした。永続する国家が存在しないように彼の国もまたいずれ歴史の彼方に滅び去る運命を与えられていた。それでも乱世が生み出したこの国は大陸に大いなる波乱をもたらすのであった。

 即位の儀は簡単なものだった。戦後ということもあり、大規模な式典を行う余裕はなかったし、シェルイもそれを望まなかったのである。それでもシェルイの兵たちはシェルイの即位を喜んだ。中にはシェルイがまだ無名の頃から付き従う者たちもいた。

 式を終えた後、メージェベスはシェルイに羊皮紙の手紙を渡した。

「これは?」

「ウィアナからだ。お前たちが旅に出る前、儂に会いに来たのだ。もし自分に何かがあった時の後見を頼み、手紙を預けた。自分が死んだ後、それでもお前が夢を諦めず、そのための一歩を踏み出したら渡せとな。因みに諦めた場合に渡すよう頼まれた手紙もあるぞ」

 シェルイは自らの天幕に戻り、一人になったことを確認して手紙を開いた。そこには懐かしい筆跡が並んでいた。それはシェルイの体を気遣い、励ますものだった。特別なことは書かれていない。ただシェルイを思い遣り、背中を押し、感謝を伝えている。

 涙が手紙に落ちる。生きることも、夢を追うことも、嬉しいことも彼女と分かち合いたかった。しかしそれはもう敵わない。それでも走り続けることを誓った彼をウィアナとの思い出が支えている。

 楽しかった。それがあまり長くもない手紙の最後の一文だった。

「…俺も楽しかった。ありがとう」

 手紙を懐に入れて立ち上がる。やらねばならないことは多い。外へ備えるだけではない。内側を整えなければならない。

 シェルイは改革を行った。部族や氏族を中心とした枠組みを解体し、中央集権的な国家を目指した。これまでの連合王国において王は各首長たちの代表者、第一人者に過ぎず、強い権力を発揮できなかった。後継者の決定にも諸侯の意見を取り入れる必要があり、意見の調整に手間取り後継者が定まる前に先王が病没したことにより今日の分裂を招いた。平時ならば権力の分散も悪くないが戦乱の世において国家の意思決定に時間をかけていられないのだ。

 もちろん諸侯は反対した。自分たちの利益が奪われることに他ならないからだ。それでもジェメ族の長メージェベス、クロトベキ族の長ハルトリルが真っ先に恭順の意を示したことによりシェルイの命令を受け入れるしかなかった。逆らえばどうなるか目に見えていた。彼が敵にどれほど残酷になれるか知らない者はいなかったからだ。

 シェルイは都をザーラに定め、行政府を設置した。また草原全域の地図の作成を命じた。加えて街道を整備し、東西南北を行き交う行商を保護して税収を得た。

「軍の再編はどうなってますか?」

 シェルイは軍の副司令官に任命したクジェに尋ねた。彼には諸部族の軍を国王に所属する軍隊として再編するように頼んでいた。

「予想以上に速いな。やはり先の戦いで帝国の脅威を実害をもって知ったことが大きいな。それと歯向かう愚か者がどうなるか。それを見せつけられては歯向かえまい」

 帝国軍五万の兵を焼き殺した際、シェルイは麾下の兵だけでなく連合に加盟した全部族の兵を百騎ずつ連れていった。彼らはそこで彼の鬼謀と残忍さを見て一族に伝えたはずだ。逆らえばどうなるか、彼らは言外に悟っていた。

 また、優れた将帥の選抜も行った。麾下の四人の将たちを昇格させる一方、内戦や帝国との戦いで活躍した者たちを身分や家柄に関わらず取り立てた。

 二カ月の改革でシェルイは自身の号令で七万の軍を直ちに動員できるようになった。うち三万は帝国への備えとして西方国境に配置しなければならないので実質動かせるのは四万になる。

 また四方を非友好的な国家に囲まれている状況を危惧し、北の大国ネテア王国に同盟を持ち掛けた。ネテア王国も内戦が終結したばかりで外部の後ろ盾が欲しかったのだろうかすぐにそれを受け入れた。

 完全に信用したわけではないが北への備えはある程度減らすことができる。不穏な動きをしている帝国方面に余剰の兵を回すことにした。

 しかし結局のところ両国の平和は一か月程度で終わりを告げることになった。

 文官たちと経済政策について話し合っているシェルイの元にネテア王国が侵攻を企てているという情報が入った。改めて密偵を放つとどの密偵もその情報が確かであるとする旨を報告した。数は七万ほどであるという。シェルイは慌てて北へ兵を集めるよう命令した。

「ネテアは近頃まで内乱が起きていましたがそれも治まり、それで国の外を見てみれば草原の遊牧民は帝国の侵略で打撃を受けて混乱している。同盟を結んだことで北への警戒は薄れ、西に向いている。やや遅くはありますが好機を活かしたというところでしょう」

 ヴェレンが卓上に地図を広げて言った。彼は他国の事情にもある程度精通している。今やシェルイの下で五千の兵を指揮する将であった。

「ヴェレン将軍…それで我らが国王は何処へ?」

 元クロトベキ族の将軍ドゥダイが尋ねる。

「えー、国王陛下は直下兵を率いて北へ急行しています」

「速いな! 普段からそのようなお方なのか?」

「はい。普段から何かあればご自分で行ってどうにかなさるお方で…。ですがクジェ将軍に西方の備えを任るとのお言葉です」

 将軍たちはすぐに準備を整えて北へ急行した。シェルイ本隊に追いつくほどではなかったがかなりの行軍速度であった。

「妻を持たれて陛下も落ち着くと思いましたが変わりませんね」

 ヴェレンは苦々しい笑みを浮かべた。シェルイはたった千騎のみで北へ向かっている。行動の際、シェルイという男は自らの生命を危険に晒すことを何とも思っていない。死ぬかもしれないということはわかっていてもそれを理由に行動を変えることはしない。一介の将軍であればまだその行動でもよかったが今の彼は草原の希望である。たった一人、討たれてはならない人物である。

「ああそうだ。変わってもらおうとは思わん。あの人が突っ走り、私たちが追いかける。相も変わらずな。それで満足だ」

 クトゥが答える。長い黒髪と野獣のような瞳。美しい顔立ちではあるのだが荒々しさが際立つ容貌だ。内面も同じく猛々しい。命知らずの突撃を得意とし、シェルイの切り札として幾度となく活躍している。


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