第六頁 選択
世界の色が崩れ始めたのは、それが“戦いの合図”だった。
空がさざ波のように揺れ、
ビルの影が同時に三方向へ伸び、
電線が紙の線画みたいに震えた。
私と悠人は、ひび割れの中心へ向かっていた。
Xが最後に言った
「次に会うとき、選ばなければならない」
その言葉がずっと頭に残っていた。
人が消え、
家族が消え、
世界が破れ始めてもーー
私はまだ、決めていなかった。
この世界をどうするのか。
そしてその答えを——
今日決めなければならない。
悠人の手は弱々しい。
もう、小さな体は限界だった。
「瑠璃……寒い」
「もう少し。頑張ろうね」
その時だった。
世界の“下”から、冷たい風が吹いた。
地面に走っていたひび割れが、
まるで呼吸する生き物のように脈動し、
黒い影のような何かを吐き出し始める。
「始まったね、瑠璃」
背後で声がした。
振り返ると——
Xが立っていた。
黒いスーツ。
整った顔。
そして恐ろしいほど静かな瞳。
ただ、前より──
“人間に近い”表情をしていた。
「これは……?」
私が訊くまでもなく、Xが説明する。
「世界の基盤が崩落している。
もう長くはもたない。
継ぎ目が開けば、すべて落ちる」
悠人が息を呑む。
「じゃあ、僕も……?」
Xは悠人を一瞥し、淡々と言った。
「子供は軽い。
世界の外へ引きずられやすい。
このままでは、最初に飲まれる」
「させるわけない!」
私は一歩前に踏み込む。
その瞬間、
足元が白く光った。
ーー紙の質感。
地面が“ページ”になっていた。
次の瞬間、
Xが手を軽く振る。
世界がめくれた。
視界が白く跳ね、景色が裏返る。
気づけば私は“ページの裏側”に立っていた。
無数の線。
綴じ目。
文字の影。
世界の構造そのものだ。
「これが……世界の裏……?」
Xは頷かない。
ただただ静かに私を見て言う。
「君の能力は、破綻に触れられる。
その手で、決着をつけることも可能だ」
「決着って……世界を救うってこと?」
「救うか、捨てるか、書き換えるか。
選ぶ権利は君にある」
世界が揺れる。
ずずず、と綴じ目が裂け、
上空から“消失した人たちの影”が落ちてくる。
形を持たない残像だけの存在。
悠人は震えた。
「こわい……」
私は歯を食いしばった。
「X……あなたは何がしたいの?」
Xはわずかに目を伏せた。
「僕は『終わり』を持ち帰る。
それが役目だから」
終わりを読む者。
終わりを記録する者。
終わりを“閉じる”者。
何のために?
「終わりを閉じない物語は、壊れ続ける。
だから、君に選んでほしい。
どんな終わりを迎えるのか」
私は拳を握る。
「……まだ終わらせない。
終わらせたくない。
悠人も、私の家族も……もう一度取り戻す」
その瞬間。
能力が爆発した。
視界が一気に開け、
世界の継ぎ目、破綻、裂け目、空白……
すべてが鮮明に“視える”ようになった。
それはまるで世界を俯瞰できる視界。
線の流れ、ページのめくれ、欠けた語句の位置まで見える。
「瑠璃……これ……」
悠人が私の手を見て震える。
拳が光っていた。
ひび割れと同じ白い光。
「これが……私の力……?」
Xが静かに答える。
「世界の破れに干渉できる力。
書き換えを拒絶する力。
例外者の力」
私は構えた。
「だったら……この破綻を止める!」
世界の裂け目に向かって——
拳を叩きつけた。
ビキィィィンッ!!!
巨大な音と共に、世界のひびが砕け散る。
黒い影が弾け飛び、
空白が埋まり、
地面が再び“世界”として形を取り戻す。
だが直後、Xが手をかざした。
「やめろ、瑠璃。
破綻を止めるには……代償がいる」
「代償?」
「君自身が世界の“外側”に落ちる可能性がある」
私は迷わなかった。
「構わない」
悠人が叫ぶ。
「瑠璃!!行っちゃダメ!!」
私は振り返り、彼の頭を撫でる。
「大丈夫。絶対に消えないよ」
そして——
Xを真っ直ぐに見据えた。
「私は、この世界を守りたい。
あなたが閉じる前に……私が選ぶ」
Xは少しだけ目を細めた。
それは、
まるで誇らしげに微笑んだようにも見えた。
「いいだろう。
瑠璃、君の選択を——読もう」
世界の裂け目が再び開く。
私は拳を握り直した。
決着の時は近い。




