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第五頁 対決

歪んだ空気の中心に踏み込んだ瞬間、

世界が別の層にずれたような感覚が走った。


色が落ちる。

街灯が遠くなる。

足音さえ吸い込まれる。


そこで——

Xが待っていた。


黒いスーツ。

整った顔立ち。

けれど瞳だけが、あらゆる感情の外側にいる。


「来たね、瑠璃」


声には温度がなかった。

息にさえ意味がないような、機械のような話し方だった。


私は悠人の手を離し、前へ進んだ。


胸が焼けるほど怒りが詰まっていた。


「……どうして家族を消したの」


Xはまぶたを一度だけ閉じた。

その仕草すら、人間の模倣のようにぎこちない。


「書かれていないものは、残らない。

 世界のほうが先に捨てた」


その言葉が、私の中で何かを完全に切り裂いた。


世界が捨てた?

そんなの認められない。


「……だから、見てるだけ?」


「僕は終わりを見る者。

 干渉の権限は持っていない。

 しかし、記録はできる」


記録。

なんでもないように言うな。


胸が熱くなった。


気づいたら、体が前に走っていた。


「黙れ……!」


初撃。

思い切り握りしめた拳が、Xの胸にめり込んだ。


ドッ


肉でも骨でもない感触。

硬い紙束を殴ったような手応え。


Xの身体は一歩だけ後ろへ揺れた。

だが痛みも苦しみも見せない。


「感情……興味深い」


その無色の言葉が、怒りを爆発させた。


「興味深いじゃない!!家族を返して!!」


私は連打した。


ドッ

ドッ

ドッ!!


拳が痛い。

皮が削れ、血が滲む。


それでも私は止めなかった。


Xのスーツが揺れ、シャツが乱れ、

それでも傷一つつかず、

表情一つ動かない。


「痛みを、理解していないのか……?」


呟いた瞬間、

私の視界が震えた。


ひび割れ。

世界の継ぎ目が、拳の軌道に沿って走る。


能力だ。


私たちにだけ見える“世界の破れ”が、

攻撃に乗ってXの周囲を揺らす。


バキィッ!


Xの後ろに、空間ごと割れた痕が走った。

白い紙の裏側みたいな光景が覗く。


Xはわずかに目を細めた。

それは人間の困惑に似ていた。


「……なるほど。

 君は、この物語の内側に留まっていない」


「関係ない!!」


私はさらに踏み込んだ。


距離ゼロ。

体重を乗せて、顎を狙い——


ドン!!


Xの顔が横へ跳ねた。

今までで一番大きく揺れた。


だが倒れない。


「受けたの?今の……」


私は息を荒げながら問う。


Xは静かに口を開いた。


「認識しただけだ。

 痛みという概念は……理解できない」


殴っても、殴っても、痛まない。


だから“敵”として異常だった。


「……だったら、理解させてやる」


私が拳をもう一度握った瞬間、

Xは初めて動いた。


表情でも態度でもない。

空気が沈むように——


世界そのものが“読む姿勢”になった。


「僕は敵ではない。

 だが、君たちの敵でもある」


矛盾した言葉。

けれど、確かに“敵”と認めた声だった。


Xは悠人へ視線を向け、ゆっくり告げる。


「子供は危うい。

 世界の外へ引かれている。

 このままでは……次に消えるのは彼だ」


悠人が怯えて下がる。

私は即座に前へ出た。


「触らせない!!」


Xは手を上げたわけでも、力を使ったわけでもない。

ただ淡々と告げる。


「君の怒りは、正しい。

 だからこそ、選ばなければならない」


選ぶ?


「次の対面で、世界のあり方を定める。

 君が破綻を許すのか、拒むのか」


意味不明。

だけど——

選択しなければ世界が壊れる確信だけはあった。


Xは背後のひび割れへ視線を向けた。


「ここからが本番だよ、瑠璃」


その言葉と共に、Xの身体は

煙のように薄く散った。


今度も死なず、消えず、ただ“離れた”。


残されたのは沈む空気と、震える悠人。

そして、握りしめた拳の痛みだけだった。


私は深く息を吸い、

振り返って悠人の頭にそっと触れた。


「大丈夫。終わらせないから」


その言葉は、私自身への誓いでもあった。


Xが敵である理由は、まだわからない。

けれど——

倒すか、理解するか、選ぶ必要がある。


そして、必ず戻る。

失われたものすべてを。


私は拳を握り直した。

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