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第2話 再び歩みだすために

遅れてすみません 2話目です

 朝の光が丘を柔らかく包み込む。花びらはまだ露を含み、薄い金色の光を反射して揺れていた。草の匂い、風の冷たさと温かさが混ざった感触、耳に届く鳥のさえずりと遠くの小川のせせらぎ——全てが静かで穏やかだった。


 僕、悠真は丘の端に立ち、深呼吸を繰り返す。昨日までの出来事を思い出すと、現実感が薄い。だが、目の前に広がる光景は確かに存在していた。花畑の奥、丘の向こうにかすかに人影が揺れる。リーゼだった。


「おはよう、悠真」

 柔らかい声に僕は振り向く。


「おはよう、リーゼ」

 ぎこちなく答える。まだ中間世界の空気に馴染めず、緊張が抜けない。


「今日は特別に案内する人がいるんだ」

 リーゼは花びらを指で弾くようにして笑う。

「誰ですか?」

「大人の方。彼はこの世界に来る前、長い間、人生を背負ってきた人だよ」



---


 僕たちは花畑を抜け、小道を進むと、湖畔に一人の中年男性が座っていた。髪は少し薄くなり、肩はやや丸まっている。手には古びた手帳を握りしめ、目は遠くの水面を見つめていた。


 僕たちに気づくと、男性は軽く会釈した。

「……あなたたちは?」

「僕は悠真、この世界に来たばかりで……」

「私はリーゼ、ここで人々の話を聞き、向こうへ送り出す手助けをしているの」


 男性は視線を落とし、手帳をぎゅっと握った。

「……俺は、もう、やり残したことはないのかもしれない」


 リーゼは静かに座り込み、男性の隣に肩を並べる。

「でも、少しだけ話してみる価値はあるかも」



---


 僕は少し緊張しながら声をかけた。

「もしよければ、あなたの話を聞かせてください」


 男性は深く息を吐き、静かに語り始めた。

「俺は長年、会社に勤めてきた。仕事一筋で、家庭も犠牲にしてきた。妻も子もいて、でもろくに顔も見せずに働き続けた。気づけば、最後に会ったときの息子の笑顔さえ、思い出せなくなっていた……」


 僕は言葉を失う。彼の背負ってきた孤独と後悔の重さが、静かな湖の風景に溶け込んでいるようだった。


 リーゼが優しく手を男性の肩に置いた。

「でも今は、ここで誰かに話すことができる。それだけでも救いになるよ」


 男性は微かにうなずき、手帳を開いた。中には写真やメモが挟まれている。家族の笑顔、会社での達成、友人との思い出——短い言葉や写真が、彼の人生の断片を静かに語っていた。


 僕は胸がじんわり熱くなるのを感じた。生きているときには見えなかった、大切なものや後悔を、ここで整理できるのだ。



---


 湖の水面に光が反射し、男性の瞳にうっすら涙が光る。

「……ありがとう、話を聞いてくれて。少し、肩の荷が下りた気がする」


 僕は微笑む。たった一言で、誰かの心が少し軽くなる——この世界の不思議な力を感じた。


 やがて光の柱が湖の中央に立ち、男性はゆっくり立ち上がる。リーゼが静かに手を引く。

「行こう、次の世界へ」


 男性は最後に僕を見て、微かに笑った。

「悠真、君も…頑張れ」



---


 丘に戻る道すがら、リーゼが小声で話しかけた。

「悠真、この世界に来る人たちは、みんないろんな事情を抱えているの」

「そうですね……」

「でもね、こうして誰かのそばにいることで、心が少しずつ軽くなるの」


 僕はうなずき、足元の花を踏まないように慎重に歩く。丘の上から見下ろすと、湖にはまだ花びらが浮かび、光が水面を滑る。男性は柱の方へ歩き出し、光に包まれて次の世界へ向かう姿は、まるで温かい光の中に溶けていくようだった。



---


 夜、丘に戻ると空は満天の星に包まれていた。花畑は月明かりで銀色に輝き、風が草を揺らす。遠くで小川の音がささやき、花の香りが夜風に混ざる。


 リーゼは僕の横に座り、静かに言った。

「今日も一人、向こうに送り出したね」

「はい……でも、なんだか嬉しいです」

「それは君がそばにいてくれたから」


 僕は視線を落としながら、夜の花畑を見渡した。明日もまた、誰かの物語が待っている——期待と不安が入り混じる中、僕は心を整え、静かに目を閉じた。



---


 丘の上には静寂が広がる。月明かりが花びらを銀色に輝かせ、湖面の光が揺れる。僕の心はまだ揺れている。大人の人生の重さ、孤独、後悔——それでも、ここで誰かを支えられる自分の存在に、初めて意味を感じた。


 深く呼吸をし、丘に広がる星空を見上げる。夜の風が頬を撫で、遠くの小川のせせらぎが心を落ち着かせる。僕は思った——ここで、少しずつでも、誰かの心に寄り添いながら、もう一度笑う力を取り戻していくのだ、と。


 明日、どんな魂に出会うのだろう。孤独な大人、苦悩を抱えた青年、人生の終わりを前に悔いを抱く老人……。全ての出会いが、僕を成長させ、心を揺さぶるのだと、自然と理解できた。


 僕はそっと目を閉じ、丘の上の静かな夜に身を委ねた。花の香り、星の光、風のざわめき——全てが優しく僕を包み込み、再び歩き出す勇気をくれるようだった。

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