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第九章「産業革命遺産と環境技術の逆襲」

 風が鉄の匂いを運んでいた。海から吹く湿った風ではなく、どこか炭と油と焼けた金属の匂いが混ざった、時代そのものの匂いだった。遠くに見える海には、まだ帆船が浮かび、その脇を黒煙を吐く蒸気船が静かにすり抜けていく。

 ここは明治十年。筑前の八幡村、後に製鐵所となるこの地は、今まさに“日本の近代化”のうねりの只中にあった。

「……空が、ちょっと黒いね……」

「工場の煙じゃない? てかまた煙……前章も列車で煙まみれだったのに!」

 駿也がハンカチで鼻を覆いながらぼやくと、美帆はマスクも何もない時代にあって、なぜかしれっと“濡れ手ぬぐい”を口元に当てていた。

「現地対応スキルだけ上がってきたよね私たち」

「対応力っていうか、慣れだよね」

 ふたりが立っていたのは、建設予定地の丘の上に仮設された“簡易国際会議場”――という名の“開けた野原に並んだござと演台”だった。なぜ“国際”なのかは謎だったが、周囲には“洋装に羽織”という奇抜な出で立ちの青年たちが多数集まり、何やら書類やらポスターやらをばたばたと持ち込んでいた。

「おお! 来たか、君たち!」

 満面の笑みで手を振るのは、もちろん益夫である。

「ようこそ、“八幡サミット”へ!」

「サミットって言っちゃったよこの人!」

「いやもうノリで突っ走るしかないのだよ、近代化っていうのは!」

 益夫は大真面目に腕を組み、スライド代わりの“絵巻ロール”を背負っていた。しかもそれを広げるための“紙芝居舞台”まで自作している徹底ぶりだった。

「今日の演目は、“自然と鋼鉄の共生”、副題“蒸気の未来を語る会”だ!」

「うわー、テーマは壮大なんだけど、進行が完全に学芸会……!」

「ちなみに、発表の最後に“現代技術と自然との折衷案”として、“神器”が出てくる予定になってる!」

「出る“予定”って何!? 不確定なの!?」

 そこへ、舞台の脇からもう一人の登壇者――袴姿の中年男性が、少し照れたような笑顔で現れた。

「渡辺崋山……!? 本物!?」

「いえ、崋山先生の“写生魂”が宿った霊的存在です。“技術と美の伝道者”として復活しました」

「紹介が軽すぎる!!」

 崋山はにこやかに絵巻の一部を開いた。その中には、江戸末期に描かれた洋式大砲、燈台、街並み……そして、妙にリアルな“人型の鉄の塊”が描かれていた。

「これは?」

「これは“鋼鉄の理想像”――ただし、感情を持たず、自然を忘れた技術が生んだ、もう一つの未来です」

 そのとき、風が止まった。

 崋山の絵巻から、淡く光が溢れ出したかと思うと、唐突に――“描かれていたゴーレム”が、ぐわりと浮かび上がった。

「うおおおっ!? 絵から飛び出た!?」

「そんなアニメみたいな展開ある!?」

「いやある! だって“和魂バトルファンタジー”だし!」

 現れたゴーレムは、全身から蒸気を噴きながら、足元の土を焼き焦がして立ち上がった。目には何の感情もなく、ただ機械的に前を見据えていた。

「吾、製鐵ノ極致ニシテ、環境保全ヲ否トス。森林伐採ヲ是トシ、蒸気圧ヲ最大ニ保ツ」

「うわ、完全に“量産型効率思考”!!」

 群衆がざわつく中、益夫が静かに前に出た。

「……皆さん、落ち着いてください。私は、あのゴーレムを“説得”しに来ました」

「説得すんの!? 物理じゃなくて!?」

「そう。ここは“プレゼン”で勝つのだ」

 益夫はスッと立ち、絵巻ロールを拡げた。紙に描かれたのは、森と川と、それを守るために組まれた“和式風車”と“雨水濾過塔”。彼が現代から得た知識を、可能な限り“当時の素材”で再現した、“持続可能な和製インフラ”だった。

「君の力はすごい。でも、それだけじゃ足りない。“共に生きる”という視点がなければ、すぐに壊れてしまう」

「吾、判断不能。効率ノ根拠ヲ問フ」

「じゃあデータで示すよ!」

 益夫は巻物の中から、“村の収穫高と森林密度の相関図”を取り出し――つまり“グラフ書いた紙”を見せ――そのまま地面に叩きつけた。

「これが、“自然があることで初めて安定する生産性”の証拠だ!」

 ゴーレムはピタリと動きを止めた。

「一時停止モード!?」

 駿也と美帆が思わず息をのんだその瞬間、崋山が一歩前に出た。

「最後の仕上げは、“美”です」

 彼は絵筆で、ゴーレムの胸に“桜”を描いた。

 蒸気の光が一瞬強くなり――ゴーレムは、ゆっくりと跪いた。

「機能停止。未来ニハ、調和アリ」

 その場に、静かな拍手が起こった。

 そして、ゴーレムの胸から浮かび上がったのは、一枚の金属板。そこにはこう記されていた。

「環境調和式製鐵計画――初代許可印」

「……これが、神器……」

 駿也が手に取った瞬間、板の裏に彫られた“和魂”の文字が輝いた。

「自然を忘れない技術が、次の百年を守る……」

 益夫はふうと息を吐き、満足そうに空を見上げた。

「次は……いよいよ現代回帰か……?」

「うん。もう全部集まったし……」

「握り寿司とアイスで、世界を救う準備は万端だね」

「そのまとめ方どうなんだ!」

(第九章・終)


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