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第八章「版籍奉還ナイトフィーバー」

 あの日、東京の空はどこまでも青かった。けれども、その青さの下に集う者たちの胸の内は、決してひとつではなかった。

 武士、町人、農民、商人、役人。明治という新しい時代の扉が、少しだけ軋みを立てながら開こうとしていた。場所は皇居の外苑。かつて江戸城だったその地には、晴れ着と羽織袴と、洋装の混じった奇妙な群衆が集まっていた。

 そしてその中央に――朱々佳がいた。

「えー、ただいまより“奉還ダンス”を開始いたします。踊りたくない人も、たまたまここにいた人も、目が合ったら巻き込まれますのでご注意くださーい!」

「待て、誰が司会に任命した!? てか踊るってどういう意味だ!?」

 駿也が群衆の端から叫ぶと、朱々佳は軽く肩をすくめ、手に持った団扇をくるりと回した。

「いやだって、“版籍奉還”って、あまりにも硬いでしょ? “版=土地”“籍=人民”って、字面からして“事務処理”感がすごいのよ」

「それは……まあ、否定はできないけど……」

「ならば、わかりやすく、そして忘れがたく! 民の心と体を一緒に動かすために、踊って納得させるの!」

「動機が勢い!!」

 駿也が頭を抱えていると、美帆がパンフレットらしきものをひらひらと差し出した。

「見て、これ。“第一回 版籍奉還ナイトフィーバー in 皇居前”って書いてある」

「絶対公式じゃないよね!? しかもナイトフィーバーって何!?」

「いや、でもみんなノリノリで集まってるし……」

 その通りだった。皇居の前庭には、提灯を持った町人、紙扇を扇ぐ芸者風の女性、袖を捲った農夫、さらにはふんぞり返った“辞職前大名”たちまで、わけもわからぬまま踊りの輪に加わっていた。

 そこへ、場の中心からひときわ大きな声が響いた。

「皆の衆――!!」

 ひときわ目立つ洋装、胸を張り背筋の通った人物が、壇上に姿を現す。その名は――大久保利通。

「……本物だ……!」

 駿也が思わず呟いた。歴史教科書で何度も見たあの鋭い目、理知的な口元。そして、何よりもあの声――

「本日はよう集まってくれた。“版籍奉還”とは、形ばかりの儀ではない。心の転換である!」

「おおーー!」

「わしら武士は、土地を手放し、家族を抱えて歩き出す。“四民平等”とは、まず“笑って生きる覚悟”のことじゃ!!」

「え、それ泣ける系!?」

「いやでも、今から“笑わせる”らしいよ!」

 その瞬間、朱々佳が壇上に飛び乗った。

「さて、そんじゃここから“天狗落語”始めさせていただきまーす!」

「やっぱりやるんだそれ!!」

 朱々佳はゆっくりと腰を下ろし、膝の上に団扇を置いた。

「えー、今回は“版と籍と殿さま”というお噺でございます」

 その内容はこうだ――

 ある日、殿様が「籍も土地も奉還する!」と大声で宣言する。家来たちは大騒ぎ、「じゃあ我々の俸禄はどうなるのです!?」「帰る実家もありません!」と大混乱。

 そこで殿様が一言。

「ならば、我が家は“からあげ屋”を開く!」

「唐揚げー!? 幕末にして唐揚げ!?」

「味付けはもちろん、薩摩しょうゆ!」

「ええっ!? 時代と味が噛み合わない! けどちょっと食べたい!」

「初代は“からあげ久光”、そして看板娘は“ミス坂本”!」

「絶対お竜さん混ざってるだろそれ!!」

「殿様は“揚げ方指南役”に就任し、地元の商人たちと共に“平等揚げ”を広めるのでした――」

「“平等揚げ”って何!? 揚げ物にまで平等求めるの!?」

 観客は大爆笑。大久保も肩を震わせながら「天晴れ」と呟いていた。

 だがその時、駿也はふと気づいた。壇上の大久保の背後、ふとした光の揺らぎに、歪みがある。

「まさか、“謀略ノ主”の使い……?」

 その影からぬるりと現れたのは、どこか人の形をしていながら輪郭がぼやけた存在――過去にすがる者の“怨念”が集まり具現化した、“藩政亡霊”だった。

「我らの土地を奪い、農民に肩を並べさせるとは――!」

「また来たよそういうの!!」

「安心しなさい!」

 と朱々佳。彼女は再び団扇をかざし、踊りと笑いで“影”の怒りを中和させるという“天狗流の踊笑法”を発動した。

「笑えばよいのです! あなたが生きた証は、もう土地に宿った。だから、今を生きる者たちに、その土地を託して――」

「……私たちは……笑っていいのか……」

「もちろん!」

 亡霊の輪郭が溶け、やがて風となって消えた。

 そのとき、壇上に落ちてきた一枚の和紙。

「これは……」

 美帆が拾い上げると、そこにはこう書かれていた。

「版籍奉還の詔勅、写し……」

 金泥で書かれた文言が、光の中できらめく。それこそが、今回の“神器”だった。

「やっぱり……“踊って笑って歴史修正”って、アリなんだな……」

「うん。たぶん今、一番正しい“コメディの形”だと思う……」

 そう呟いたとき、時の渦が開いた。

 次なる舞台は、明治十年、八幡製鐵所。蒸気と鋼鉄、そして“環境技術”の未来が待っていた。

 そのとき、美帆がふとつぶやいた。

「そういえば……次、益夫が“プレゼンする”って話だったよね?」

「うん。しかも“国連風”って話も……」

「……え、和風ファンタジーで“国連風”って何!?」

(第八章・終)


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