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第六章「千姫と松下村塾の修学旅行」

 春の霞が揺れる姫路の城下町。しとしとと降った昨晩の雨の名残が石畳に残り、陽が差すたびにそれがキラキラと反射していた。白鷺城の天守は、雲をつかもうとするかのように凛とそびえ立ち、その姿はまるで、時の彼方から江戸の終わりを見下ろしているようだった。

「はあ……いい天気ね……あとは、幽霊さえ出なければ完璧なんだけど……」

「うん、それフラグだよ美帆さん」

「やっぱり?」

 美帆が小声でつぶやいたその瞬間、城下の脇道、白壁の合間から、すぅ……と浮かび上がるように白い影が現れた。ふわりと揺れる十二単、あまりにも整いすぎたおでこと、思わせぶりな扇の動き――それは、まぎれもなくこの城の守り神的存在、千姫の霊だった。

「ようこそ、旅の方々。あなたたちが“時の調整者”ね?」

「うわ、出たっ!! 早っ!」

「せめて登場にワンクッションほしいわ……!」

 千姫はその反応にくすりと笑った。すでにこの時代に慣れてきた駿也は、軽く頭を下げる。

「千姫様。俺たちは、歴史の歪みを正しに来た者です。“商人の台頭”が起きるはずの時代なのに、身分制度が逆に強まっているという話を聞きました」

「ええ。江戸も末期、武士は没落を始め、町人は力を持ち始めていた。だけど、この姫路と長州にある“松下村塾”では、いまだ“士農工商”が壁になっているの」

「でも、それを正すにはどうすれば?」

「……修学旅行よ」

「……え?」

「松下村塾の子たちを、姫路から長州へ“旅”させるの。教科書の外で、“ほんものの商人”を見せるために」

「ちょっと待って! 歴史改変の方法が修学旅行!?」

「わたくし、千姫ですもの。“旅”と“縁”と“お弁当”で歴史を動かしますわ」

「なんか美談にされてるけど、わりと強引では!?」

 千姫は微笑みながら、懐からふわりと地図を取り出した。旅のルートには、播磨灘を船で渡り、山口・萩の松下村塾へと至る線が描かれている。同行者として益夫の名前も、達筆で記されていた。

「益夫……あいつ、維新志士“見習い”だったな……」

「うん、あいつなら“講義”しそう。パワポがない代わりに“絵巻スライド”使うタイプ」

「確かに!」

 こうして、ふたりは“歴史修正修学旅行”に巻き込まれることとなった。

 船での移動、町人の商売体験、旅籠での大騒ぎ――数日後、長州・萩の松下村塾の門をくぐった時、待っていたのは、たくましくなった益夫の姿だった。

「よく来てくれましたな! ちょうどこれより、“身分と商売”に関する公開講義を行います! テーマは“米俵の真価とは!”」

「……テーマがマニアックすぎる……!」

「……いやでも、期待できる気がする……!」

 塾生たちは、半分居眠り、半分好奇心まるだしの目で彼らを見ていた。その前で、益夫は巻物を一気に広げ、竹棒で“俵”の絵を指す。

「皆さん、これは何ですか!?」

「……米俵……」

「正解です! では問います。“米俵の中身”は本当に米だけでしょうか?」

「???」

「そこに込められたのは、農民の知恵、天候の予測、運搬の工夫、交渉の知恵……つまり“米=交渉術”なのです!」

「おおー! なんか納得できる!」

 益夫の講義は、ますますヒートアップしていく。

「かつては“米”が通貨でした。ですが、時代は変わります! 今こそ、“情報”と“信頼”が“新たな通貨”となるのです!」

「江戸でそれ言っちゃう!?」

「言いますとも! これは“松下村塾のビジネス塾化”です!」

「炎上しそうー!」

 その時、門の向こうから、何やら騒がしい足音が聞こえた。

「こらーっ! また塾を“商いごっこ”に使ってるなーっ!」

 現れたのは、近隣の役人たち。かつての武士でありながら、益夫の改革を“出る杭”として嫌う古参勢力だった。

「おぬしら、学び舎で売買の話とはけしからん!」

「では逆に伺いますが、“商売”とは何でしょう?」

 その言葉に、一瞬、場が止まる。

 益夫は静かに続けた。

「商いは、“人の欲を汲むこと”。それを“騙す”ことと見なすのは、あなたが“人の欲”を信じていないからです」

「ぐ……」

「わたしは、信じます。“人が何かを欲する”ことは、決して恥ではありません。それを満たそうとすることこそが、“世を立て直す第一歩”です」

 空気が変わった。

 塾生たちは立ち上がり、「俺も米俵担いでみる!」「わたし、商人の娘って誇って言えるかも!」と声を上げた。

「これが、“商人の台頭”……!」

 駿也は、胸が熱くなった。歴史書では一行で済まされたこの時代の流れが、目の前で生きている。

「千姫様……これで、歪みは正されたのでは……?」

「ええ。“商いの誇り”を取り戻したもの」

 彼女はそう言いながら、空へと浮かんでいった。その手にある扇子が、そっと開かれる。

 中には、“四民平等”と書かれた、金の“商標札”があった。

 それこそが、次なる神器。

「千姫……すごい人だったんだな」

「いや、すごい霊だったって言い方もアリだね……」

 一仕事終えた駿也と美帆は、益夫の笑顔に送られながら、またひとつ次の時代へと跳んでいった。

 その先に待つは、激動の幕末。鉄と蒸気がうなりをあげる、日本の黎明。

(第六章・終)


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