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第四章「戦国転生サラリーマン大名」

 火の粉が風に舞っていた。空は鉛色、空気は湿っているのに、鼻を突くような乾いた焦げ臭さが辺り一帯を支配していた。遠くで太鼓の音が響く。城壁の上に翻るのは、織田家の家紋――木瓜紋。

 けれどもその真下、城の一角では、もっと不可思議なものが翻っていた。企業ロゴのような、「〇にS」の印。

「……え、ここ、戦国時代で合ってるよね?」

「たぶん。……でもあの旗、まさか“サンシャイン商事”じゃないよね……?」

「いや、うちの社の旧ロゴにしか見えないけどなぁ……」

 駿也と美帆は、いつの間にか重厚な城の一室に通されていた。天井は低く、柱は煤けて黒ずみ、壁には無数の槍が立てかけられている。だが、なぜか中央には長机があり、その上には墨と筆と、そして――ホワイトボードがあった。

「これ、どう見ても……“会議室”……じゃね?」

「いや、だから戦国時代だってば!」

 そのとき、襖がガラリと開いた。

「おう! 会議時間だ、全員集まれ!」

 入ってきたのは、鎧兜を脱いだばかりの兵士たち……ではなく、背広っぽい和装を着た武将風の男たち。しかも、手に持っているのは巻物でも木簡でもなく――“会議資料”。

「ねえ駿也……これ完全に、あんたが転生して主催してるでしょ」

「いや俺、何にもしてないって!」

「でもそのホワイトボード、“駿也会議”って書いてあるよ?」

「えっ、うそ……」

 確かにそこには、

《緊急合議:尾張清洲エリア防衛戦略と神器回収プロジェクトについて》

 と、ものものしく書かれていた。しかも、右下に小さく「ファシリテーター:駿也」と書いてある。

「お前が書いたんかい!!」

「いや、記憶にないんだってば!」

 混乱するふたりの前に、ふわふわと現れたのは――

「どうも……その、あの……はじめまして……あの……お茶、飲みます?」

 妙にか細い声。現れたのは、長い陰陽師装束に身を包んだ青年、紀世史だった。彼は一礼するでもなく、おどおどと部屋の隅に正座し、湯呑みを取り出してぷるぷると震えていた。

「おい、紀世史! 自己紹介! 会議始まるぞ!」

「え、えっと、ぼ、ぼくは……えーと……その……すみません、ちょっと時間をいただけますか……」

「ダメ!!」

「ひぃっ!」

 駿也はこの時、確信した。あ、これは会議がカオスになるやつだ……と。

 そして始まった“緊急軍議”は、予想通りの展開を迎えた。

 まず、武将Aが叫んだ。

「ワシは敵を正面から叩くべきと考える! この清洲の誇りを守るには、それしかない!」

 武将Bが噛みついた。

「何を言うか! 拙者は“裏山の抜け道”を使い、夜襲にかかるべきと進言しておるのだ!」

 武将Cがさらに被せる。

「いや、そもそも戦う必要などないのでは? 降伏しても、経済的には損が少ないのではないかと」

 武将Dが椀を叩いた。

「我らは武士! 戦わずしてどうする!!」

「……これ、会議でよくある“平行線のまま時間切れ”ってやつじゃん……」

 駿也は手元の板にメモを取りながら、ふと自分の職場での“地獄会議”を思い出していた。

 誰も答えを出さない。でも誰も責任は取りたくない。でも発言はしたい。しまいには「時間も迫ってますし……」で無理やり議事録に押し込まれるやつ。

「そうだ、いっそ“戦国会議シート”作るか……」

 駿也は、墨と筆でホワイトボードに表を書き出した。

「横軸に“戦法案”、縦軸に“コスト”“期待効果”“民の支持”……」

「え、何それ、可視化してる!」

「いや、当たり前のことしてるだけなんだけど!?」

 驚く武将たちの中で、ひとりだけ、こくこくと頷いている男がいた。

 紀世史だった。

「……わ、わかります、その……図にしてくれると、ありがたいです、はい……そ、そしたら、選びやすい……」

「よし、紀世史、こっち来て手伝ってくれ!」

「え!? ぼ、ぼくが!? ……で、でも、失敗したら……」

「大丈夫、俺が責任取るから」

「……っ!」

 紀世史の目に、ほんの一瞬、火が灯った。

 たぶん彼はずっと、自分の意見が“弱い”と思い込んでいた。判断が遅い、声が小さい、意見がまとまらない。でも本当は、彼の視点こそが、この戦国の狂騒に“調和”をもたらす。

「さぁ、議題整理だ!」

 駿也が声を張ると、場内がぴしっと引き締まった。気づけば、美帆までが資料をまとめていた。

「敵の勢力、味方の兵数、士気、天気予報――!」

「予報あるの!? 陰陽師すごいな!?」

「風は西より、雨は夜半に止みます……でもちょっと自信ないです……」

「そこは自信持って!!」

 こうして、駿也主催の“戦国式プロジェクト会議”は、武将たちをまとめ、合理的かつユーモラスな結論へと導いた。

 その結果――

 敵軍は、裏山の大木に仕掛けた“転落かかしトラップ”でパニックに陥り、あっけなく撤退した。

 紀世史はその戦法を“木魂返しの術”と命名し、わりと評判になった。

 そして、敵軍が落としていった古びた荷物の中に、ひとつ、金具の光を放つ“甲冑の襟”があった。

「これが……神器か……!」

 駿也はそれを見つめながら、ふと、自分が“戦国大名”として存在していたこの数時間が、まるで夢のように感じられていた。

「駿也さん……ありがとうございました……ぼ、ぼく……もう少し、決めてみようかな、色々……」

「いいじゃん、紀世史。悩むのは悪いことじゃないよ。ただ、“逃げないで悩む”なら、それは“力”だからさ」

 紀世史が、ほんの少しだけ、笑った。

 その瞬間、あたりに再び光が差し込む。時が、動いたのだ。

 美帆が肩をすくめた。

「さて……次はどの時代だと思う?」

「うーん……たぶん江戸。IT禁止で算木使う系じゃね?」

「それ、もうバグってんじゃん!」

 ふたりの身体は、再び時の渦に吸い込まれていった。

 その背後で、清洲城に響く軍議の鐘は、どこか楽しげに鳴り響いていた。

(第四章・終)


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