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第三章「堺の商人とオランダ商館の密約」

 あたりには、香ばしい焼き魚の匂いと、焙じ茶の湯気。波の音に混じって聞こえる三味線の軽やかな音色と、威勢のいい掛け声が、まるで遠くから夢のように響いていた。

「いらっしゃい、いらっしゃい、こちとら堺の“商魂喧嘩市”! 千両笑って百両儲け! 目玉商品は日替わりで情けも付けます!」

「情け売るなよ」

 駿也が思わずツッコむと、隣で美帆が目を輝かせていた。

「ねえ駿也、あれ見て! “変身うちわ・朝と夜で顔が変わる”って書いてあるよ!」

「詐欺商品の香りがプンプンするな……いや、もはや香ばしさすらあるな……」

「買ってみよっか!」

「おい、買うんかい!」

 そこは、堺。室町時代末期、日本最大の貿易都市として栄え、民の力で自治が運営されていた“自由都市”。舗装のない道の両側には、天秤棒を担いだ商人たちがずらりと並び、ひしめき合うようにして商品を売りつけていた。

 しかも売り口上のクセが強い。

「おいでませー、若いおなご! この“オランダ風味こんにゃく”は食うと踊り出すぞ!」

「それただの当たりの悪いこんにゃくじゃない!?」

「こっちは“未来を映す鏡”! だが映るのはあんたの今朝の寝癖だ!」

「鏡関係ない!!」

「“南蛮式気合い注射器”もあるぞォ!」

「注射器!?」

「どこから突っ込めばいいんだよこの商店街!!」

 完全にツッコミが追いつかない。だが駿也は気づいていた。この“雑多なエネルギー”こそが、堺の力なのだと。

 そんな中、突然ひときわ大きな笑い声が響いた。

「アッハッハッハ! 駿也殿、これはこれは、奇遇じゃあないですか!」

「え?」

 声の方を向くと、そこには深緑の羽織に風呂敷、頭に妙に似合わないシルクハット、胸元にはなぜか“見習い維新志士”と刺繍された布を下げた青年――益夫が、満面の笑みで立っていた。

「見習い……志士って……お前、時代混ざってないか?」

「よくぞツッコんでくれました。これが堺流の“時空間商人魂”でございます」

「意味がわからん!!」

「ようこそ、我が“千の商魂市場”へ! 今日は特別に“神器探索セット”をご用意しております!」

「セット商品!?」

「ええ、こちら、“疑惑の輸入銃”、“輪島塗の見本椀”、“意味深な荷札”の三点セットでございます。どれかひとつが当たりか、全部がハズレか。お選びください!」

「それ、福袋って言わない?」

 駿也は眉をひそめたが、美帆は面白がっていた。

「駿也、ここは乗るしかないでしょ! バラエティの神が降りてきてる!」

「いや、神じゃなくて“謀略ノ主”のせいなんだけどな、これ多分……」

 益夫は口の端をにやりと上げ、少し声を潜めた。

「冗談はさておき。どうやら“奴”が、この堺に“オランダ商館”を通して“文明の暴走”を仕掛けております」

「またそれ系のやつか……」

「はい。“文明の加速”という名目で、銃や布、椀などを無造作に持ち込み、本来の“伝統の流れ”を歪めようとしているのです」

「で、今回は“神器”が“輪島塗の椀”だと……?」

「その通り。そして……例によって奴は、“漫才形式の問答”によってそれを守らせております」

「守る手段クセが強い!!」

「よろしければ……我々と“露店問答漫才”で、奴の配下から情報を引き出してみませんか?」

「やるしかないのか……」

 駿也は息を吐きつつ、ちらりと美帆を見ると、彼女は既に舞台中央に立ってポーズを決めていた。

「準備万端!!」

「はやっ!」

 こうして――堺の露店ストリートに即席の舞台が設けられ、即興問答漫才による“神器奪還バトル”が幕を開けるのであった。

――

 舞台の中央、盛り上がる群衆、両側に並ぶ露店。そこはもう「歴史の再現」ではなく、「漫才ショーの戦場」と化していた。

 駿也が首に巻いた手ぬぐいをくいっと直すと、横に立つ美帆は、なぜか「笑い取ります」って書いたハチマキを巻いて気合い十分だった。

「さぁ始まりました、堺名物“時代混線・露店問答漫才”! 本日の出場者はこちら!」

 進行役の益夫が自作の拍子木をカンカンと鳴らしながら、観客の前で声を張り上げると、周囲の商人たちも「おーい、また変な奴ら来たぞー!」と冷やかし半分、期待半分の目でこちらを見ていた。

 駿也は小声で呟いた。

「なあ、これほんとに神器の手がかりになるのか?」

「知らん! でも目立てば進むっていうのがこの物語の法則でしょ!」

「開き直ったな!」

 益夫が再び舞台中央に出て、両手を大きく広げた。

「では、本日のテーマは“交易か、伝統か”。問答形式で、“オランダ商館の使者”に扮した商人たちを、言葉のやりとりで“笑わせ”“納得させ”“記憶を揺さぶる”のが勝利条件であります!」

「ルールがややこしいよ!!」

「どうせやるなら、あれよ、あれ! “心が動いたら鐘が鳴る”やつ!」

「あーそれ“笑点”な!」

 最初の対戦相手は、真っ赤な外套をまとい、頬に“蘭”と刺青を入れた自称“南蛮商人・ロバート渡辺”。腰には妙にデフォルメされた火縄銃の模型をぶら下げている。

「ほっほー! 和風コントの挑戦者か? 我々は効率で動くのだ。芸など、文化など、数値で測れぬものは価値がないのだ」

「来たなぁ、“数字でしか物を見ない系”!」

 美帆が前に出て、指をびしっとロバートに突きつけた。

「文化ってのはね! “数えられないものに価値をつける心”だよ!!」

「おおっ! 急に詩人!?」

「そもそも、あんたら“文明の爆買い”で何でも効率的にしすぎなんだよ。椀だって、木で作って乾かして塗って……その手間が“味”なんでしょ?」

「……それが時間の無駄だと、我々は判断している」

「いや、違う! その“時間”こそが、生活の潤いなの!」

 駿也がすかさず補足した。

「効率化って、便利だけど、全てを“失敗しない”方向にする。でも人間って、失敗の中で笑ったり、思い出を作ったりするもんでしょ?」

「つまり……?」

「その“椀”で失敗しても……熱すぎて火傷しても、“あったなぁあの時”って、思い出になるんだよ!」

 言葉が落ちた瞬間、舞台の背後に“ゴーーン!”と鐘の音が鳴り響いた。

「な、鳴ったぁー!」

 群衆がどよめき、ロバート渡辺はふらりと後ずさった。彼の懐から、ひとつの包みがころりと転がる。そこに納められていたのは、艶やかな黒地に金の菊文が施された――まぎれもない、“輪島塗の椀”。

「見事……お主らの“商魂”と“笑魂”、受け取った……!」

 と、ロバートはそう言い残し、背後の煙の中へとフェードアウトしていった。

 益夫がパチパチと拍手を送りながら、にこやかに舞台へ戻ってきた。

「やりましたなぁ。これで神器三つ目……いや、これは“食器の誇り”そのもの!」

「え、なんか言い方急に詩的になったな」

「いや、僕も感化されて……! いずれ私、国連の食文化シンポジウムでこの話をします!」

「だいぶ先だな未来!?」

 ――その後、駿也たちは益夫の案内で堺の裏港へと回り、“オランダ商館”に潜入するのだが、それはまた別のドタバタとして記録された。

 黒い船、鼻眼鏡をつけた番人、意味のない暗号文での交信、「バナナを持ったまま踊れば入れる」という門番の戯れ。

 すべてがコメディ、すべてが記憶に残る“商人たちの誇りの物語”。

「いやぁ、やっぱり歴史は“笑い”と“飯”が支えてんだなぁ」

 駿也が呟くと、美帆が真顔で言った。

「じゃあ次は“武将かグルメレポーターか”って展開くるね!」

「来るかそんなの!」

 こうして、神器を手にしたふたりは再び次の時代――戦国の尾張清洲へと飛ばされる。

 その時、美帆のポケットから、なぜか“うちわ”がするりと出て、風に乗って空へ舞い上がっていった。

 表と裏で顔が変わる、変身うちわ。

 まるで、時代を旅するふたりの象徴のようだった。

(第三章・終)

 

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