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第十章「平和の宴と日本食のグローバル化」

 朝霧が立ち込める里山の祠。雪解け水が小川をつたい、杉の梢には小鳥たちがさえずっていた。あの春分の夜、すべてが始まった場所へ、旅は再び戻ってきた。

「……ただいま」

 駿也がそうつぶやくと、横にいた美帆も深く息を吸い込んだ。

「空気、おいし……っていうか、まじで帰ってこれたんだね」

 ふたりが見上げる先には、変わらぬ里山の姿。しかし祠の前に集う人々は、変わっていた。時代を超えて出会ってきた仲間たち――

 控えめな微笑みの恒夫、羽団扇を構えた朱々佳、額に符を貼りかけたままの紀世史、絵筆を抱えた崋山、そして、算木入り風呂敷を肩に提げた央奈。さらには、袖をまくった益夫と、袖をふりふり舞っている紗夜乃までもが、並んで立っていた。

「ようこそ、“和魂の饗宴”へ!」

 朱々佳が両腕を広げた。

「今夜、我々は“神器”をすべて揃えました! 騎馬像の金具、甲冑の襟、輪島塗の椀、寺子屋の木札、鉄道敷設免許、版籍奉還の写し、そして……」

 益夫が掲げたのは、前章で手に入れた“環境調和製鐵計画印”だった。

「これら七つの欠片が、時を越えた和の知恵と技術を結びつけ、未来を守る“食”へと昇華するのです!」

「要は……寿司会、だね」

「そう、それ!!」

 美帆の即断に一同が頷き、大笑いが巻き起こった。そう、“饗宴”とは、決して仰々しい儀式ではない。人が集い、食べて、笑い合うこと――それこそが和魂なのだ。

 中央には、雪解け水で冷やされた竹の台に、神器たちが置かれていた。それを囲むように円陣が組まれ、篝火が焚かれ、香ばしい出汁の香りが漂ってくる。

「準備、始めるよー! おい恒夫、飯台持ってきて!」

「はいっ、えーと……これは、“炊飯の陣”ですか?」

「そのネーミングだと戦になっちゃうよ!」

 炊飯釜の周囲では、炭火を囲んで異様に真剣な表情でおにぎりを握る紀世史。けれどその横で、美帆が米粒だらけの手でにっこり笑っていた。

「いい? 今日だけは“戦国メシ禁止”。握るときは、平和の心をこめて!」

「ひ、ひら……平和……こめ……!」

「声に出さなくていいから!」

 笑いと米の湯気が立ち上る中、益夫が突然、襟を正して言った。

「皆さま、今より“握り寿司による未来プレゼン”を開始します!」

「急にかしこまった!!」

 だが、その内容は真剣だった。米は里山の棚田で育ったもの。水は雪解け水をくみ上げたもの。ネタには、歴史の中で育まれた保存技術――糠漬け、味噌漬け、燻製、昆布締めが用いられていた。

「これが、“日本の環境知”です!」

 益夫の声が山に響く。そして、ひときわ強い風が吹き抜けた――

 祠の奥が光り、姿を現したのは――“謀略ノ主”。

「ふふふふ……貴様らが時を越えて集めたその欠片、所詮は“懐古”にすぎぬ!」

「また来た!! ラスボスなのに扱い雑!!」

 しかし、謀略ノ主の姿はどこかあいまいだった。黒い装束、顔は隠れており、輪郭もゆらゆらと揺れている。

「我は“急激な近代化”の亡霊なり。便利に溺れ、文化を忘れる者の心から生まれたもの!」

「ならば、便利と文化を両立して見せる!」

 朱々佳が団扇を振ると、舞台中央に回転台が現れた。

「いけ、和魂握り職人たち!」

 中央に踊り出たのは、美帆。

「いっちょ、握るわよ!」

 彼女の手には、米と、昆布締めの鯛。軽やかに握りしめたその一貫を、祠の前に置くと――神器たちが、ぱあっと光を放った。

「光ったー!? え、寿司光るの!?」

「これはもう、“文化的照度”ですよ!」

「単位が謎!!」

 だがその光に包まれた謀略ノ主は、徐々に形を崩していく。

「な……これは……腹が……減る……」

「食え! そして、笑え!!」

 紗夜乃が叫んだ。

 彼女の手には、最後の一品――“雪女アイス”があった。

「真夏の世界に、冷たい優しさを! 氷結と甘味の共演をとくと見よっ!」

「アイス投げたーーー!?」

 見事に命中し、謀略ノ主は氷の粒子とともにふわりと消えた。

「我が……融ける……ならば……人の心に……」

「しっかりオチつけて消えてった!!」

 祠の光が収まり、すべての神器が、静かに台座に収まった。

「これで……ほんとに、終わったんだな……」

 駿也がつぶやくと、仲間たちがうなずいた。

「旅の終わりは、始まりでもあります。これからの時代に、“和魂”が息づくことを、私たちは信じましょう」

 恒夫がそっと笑った。

 そして夜が明け――

“世界出張寿司隊”と“アイスユニット雪の華”が結成され、妖怪と人間が共同で世界に“里山グルメ”を届けるというプロジェクトが立ち上がるのだった。

「まさか、寿司とアイスが平和の象徴になるとは……」

「いいじゃん、だって、美味しいものに国境はないし!」

「それっぽいけど、だいぶ軽いな!」

 笑いと炊きたての香りに包まれ、春の陽が昇っていく。

 ――こうして、歴史の歪みを越え、旅人たちはひとつの結末に辿り着いた。

 そのすべてが、笑いと和に包まれて。

(第十章・終)


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