第2章・2節:午後の休憩と新たな仲間
ギルドの調査、霧の塔、4年前の異常——。
昼休憩の終わりに聞いたユースの話が、頭の片隅に引っかかっていた。
だが、厨房に戻ればやることは山積みだ。次の夕食に向けて仕込みを進めなければならない。
「さて、クラリス、野菜の下準備頼めるか?」
「了解です、副料理長!」
クラリス・メイベル——元冒険者で、現在は錬金学科の研究助手兼、学園食堂の補助スタッフ。
冒険者時代はサポート魔法や罠解除を担当していたが、錬金術への興味から引退。
「そういえば、クラリス」
「はい?」
「お前、ギルド時代に氷晶山脈での依頼に行ったことあったか?」
クラリスは手を止め、少し考え込んだ。
「……一度だけ。でも、霜糖晶じゃなくて、古代魔導具の発掘依頼でした。
あの山、霧が不気味で嫌だったんですよね」
「やっぱり霧が多かったか」
「はい。地図が役に立たなくて、パーティー全員で迷子になりかけました。あの時、先頭に立ってくれたのが——エリオットさんでした」
クラリスの言葉に、胸がざわつく。
「エリオットが?」
「はい。あの人、魔力探知が得意だったんで。あの時、確か……霜糖晶の群生地で足を止めて、何かを調べてました」
「何を調べてたか、覚えてるか?」
「さあ……でも、足元の霜糖晶が妙に光ってたのは覚えてます。まるで、地下に何かがあるみたいに」
俺が4年前に感じた違和感と同じだ。
「……どうしました?」
「いや、何でもない」
しかし、確実に何かが起きている気がした。
その時、厨房の扉がガラリと開いた。
「こんにちはー!疲れた身体に美味しいスープ、くださーい!」
明るい声と共に入ってきたのは、栗色の髪をポニーテールにした女性——リーナ・フェルシアだ。
「リーナさん、今日も来たんですか?」
「もちろん!食堂のスープは私の癒やしですから!」
リーナは学園医務室に勤める治癒士で、食堂の常連客。患者のために栄養バランスの良い料理に興味を持ち、時々厨房を覗きに来る。
「今日は何にします?」
「んー、〈森茸のクリームスープ〉があるって聞いたんですけど?」
「ありますよ。すぐ出します」
クラリスが手際よくスープをよそい、テーブルに置く。
リーナはスプーンを口に運び、目を輝かせた。
「はあ〜、このコクがたまらない!」
「森茸は火を入れると魔力活性成分が減るから、最後に軽く熱を加えてるんですよ」
「へえ、さすがリアムさん。あ、そういえば——」
リーナがスプーンを置いて言った。
「最近、氷晶山脈方面から来る患者さんで、魔力枯渇症状が増えてるんです」
「魔力枯渇症状?」
「ええ。普通、魔法の使いすぎで魔力が尽きると回復するまで休息が必要ですけど……彼らは休んでも魔力が戻らないんです」
クラリスが眉をひそめる。
「それ、魔力循環器官が損傷してるんじゃ?」
「そう思って調べました。でも損傷はないんです。むしろ、魔力を“何かに吸い取られてる”ような状態で」
氷晶山脈、霜糖晶の異常、魔力枯渇。
これらが一本の糸でつながる感覚があった。
「……リーナさん、患者たちは何か共通して言ってませんでしたか?」
「共通点? うーん……あ、そうだ」
彼女が顔を上げた。
「みんな、“霧の中で鐘の音を聞いた”って言ってました」
「鐘の音……」
俺とクラリスは、同時に息を呑んだ。
——氷晶山脈の霧、霜糖晶の異常、そして霧の塔。
——霧の中で聞こえる鐘の音は、何を告げているのか。
食堂の静かな午後に、未知の予感が漂っていた。