第5章・8節:限界を迎える厨房
■ 収穫祭三日目——
朝から客足は絶えず、厨房はすでに限界を迎えつつあった。
「いらっしゃいませー! 月光リンゴクレープ、焼き立てです!」
フィオナの澄んだ声が響くたびに、店の前の列がさらに伸びていく。
「フィオナちゃんの接客、すごすぎる……」クラリスがため息混じりに言う。
「だな。あれはもう“スイーツ界の武器”だな」
「でも、そのせいでこっちはずっと忙しいんですよぉぉぉ!」
「文句言うな、クラリス! 焼き手、交代だ!」
「ひぃぃぃ! 了解ですぅ!」
クレープの鉄板が3つ同時に稼働し続け、パイやタルトも焼き続けているのに列が全然短くならない。
「すみません、月光リンゴクレープ2つください!」
「私も! あと星見草クリームクレープも!」
「お兄さん! 光るパイはないんですか!?」
「光るパイは出してません!」
「えーっ! 残念!」
蒼華パイを求めてやってくる客も後を絶たない。
「……噂の力、恐るべしだな」
「ええ。でも蒼華パイがなくても、クレープで満足して帰ってくれる人が多いですね」リーナが笑顔で言う。
「そりゃあ、フィオナちゃんが完璧な“推し接客”してますから!」クラリスが鉄板の合間にフィオナを指差す。
視線の先には、笑顔で接客中のフィオナ。
耳をピクリと動かしながら、お客さんの注文に素早く対応している。
「いらっしゃいませ! 《月夜のスイーツ亭》へようこそ! 今日は甘さ控えめの星見草クリームが人気ですよ!」
「ほんと? じゃあそれ3つ!」
「ありがとうございます! お作りしますね!」
「……あの嗅覚と耳で、客が何を求めてるか聞き取ってるな」
「恐るべし、獣人パワー……!」
全員が驚嘆しつつも、手を止める暇なく調理を続けた。
■ 収穫祭三日目の休憩時間と“肉”の話
昼過ぎ、少しの休憩時間を確保し、厨房の奥でようやく椅子に座ることができた。
「……つ、疲れたぁぁぁ……」クラリスが床に転がる。
「私、手がクレープの形で固まってるかも……」リーナが指をパキパキ鳴らす。
「お疲れさまでした! みんな頑張りましたね!」
フィオナは尻尾をふわふわと振りながら元気いっぱい。
「いやいや、フィオナちゃん、どうしてそんなに元気なの?」クラリスが不思議そうに聞く。
「え? 美味しいものを作るお店で働いてるだけで、元気出ちゃいますから!」
「そのポジティブさ、分けてくれ……」
その時、厨房の奥でガルドさんが焔牛ステーキの仕込みメモを確認しているのに気づいた。
「あれ、ガルドさん、それ何ですか?」
「ああ、これか。ルークへの報酬の焔牛ステーキ用のレシピだ。霜月林で調達する予定だからな」
「焔牛ステーキ……!!」
フィオナの耳がビクリと動いた。
「……肉……」
「ん? フィオナ、どうした?」
「お肉……焔牛……ステーキ……」
フィオナが金色の瞳を輝かせ、尻尾が左右に振り子のように揺れる。
「こ、怖いくらい肉に反応してる!」クラリスが後ずさる。
「だって! 焔牛ステーキなんて……お肉の宝石ですよ!!」
フィオナが力説を始める。
「焔牛は魔力で筋繊維が緻密に引き締まっていて、焼くと旨みがギュッと閉じ込められるんです! 霜降りなのに脂がしつこくないっていう、あの奇跡のお肉……!」
「詳しいな」ガルドさんが目を細める。
「お肉、大好きですから!」
フィオナが満面の笑みで尻尾をふわふわと揺らした。
「そっか……よし、なら焔牛ステーキ肉を使って、フィオナ専用のサンドウィッチ作ってやるか」
「えっ!? 本当ですか!?」
「まぁ、肉の調達が成功したらな」
「が、ガルドさん……!」
フィオナが目をキラキラ輝かせる。
「焔牛ステーキサンド……夢の一品です!」
「じゃあ、名前決めとくか?」
「え、いいんですか!?」
「もちろんだ」
フィオナがしばらく悩んだ末、手をポンと叩いた。
「《肉肉ミートサンド》!!」
「……そのまんまじゃね?」クラリスがツッコむ。
「いいの! “肉肉”って言葉の響きが最高なんです!」
「ま、わかりやすいしインパクトはあるな」
こうして、焔牛ステーキ肉を使った《肉肉ミートサンド》が誕生することになった。
■ 収穫祭最終日(四日目)
「いらっしゃいませー! 本日最終日です! 月光リンゴクレープ、お早めにどうぞ!」
フィオナの声が響き、店の前は朝から大混雑だった。
「よーし、クレープ追加焼きだ! クラリス、火加減頼む!」
「了解!」
「リーナ、リンゴのキャラメリゼ追加!」
「今やってます!」
全員が疲労でヘロヘロになりながらも、一致団結して走り抜ける。
「今年の収穫祭、去年より盛り上がってるんじゃないですか!?」
「そりゃあ、“光るパイ”の噂とフィオナちゃん効果だろ」
「えへへ……お客さんの笑顔が見られて、幸せです!」
午後3時、完売の看板を掲げた瞬間——。
「やったああああ!! 終わったあああ!!」クラリスが全力で叫び、全員がその場に崩れ落ちた。




