第4章・2節:セレナの驚愕
「よし、クレープを試作するなら、まずは生地作りからだな」
俺がそう言って試作計画を立てようとした時、ガルドさんがふと思い出したように口を開いた。
「ああ、そうだ。セレナ先生」
「はい? 何でしょう?」
「月光リンゴパイで、青白く光るパイが焼き上がったんだよ」
「……え?」
セレナの手がピタリと止まった。
ついさっきまでクレープの話で穏やかな笑顔を浮かべていた彼女の表情が、一瞬で固まる。
「が、ガルドさん……今、なんと?」
「だからよ、〈月光リンゴパイ・蒼華〉だ。知ってるだろ?」
その言葉を聞いた瞬間、セレナの瞳が驚愕に見開かれる。
「蒼華……あの、幻のパイの名前が、今、ここで出たんですか!?」
「お、おぉ……まあ、そんな大声出さなくても」
冷静で知的な雰囲気だったセレナが、完全に興奮状態になっていた。
「ど、どうしてもっと早く教えてくれなかったんですか!? どこで!? いつ!? 誰が!? どうやって!?」
ガルドさんに詰め寄るセレナ。
普段は落ち着いて講義をしている姿が想像できないほどの前のめりだ。
「せ、先生、落ち着いて! そんなに詰め寄ったらガルドさんが潰れちゃいます!」クラリスが慌てて間に入る。
「あっ……す、すみません」
セレナが眼鏡をクイッと上げ、慌てて後ろに下がる。
「いや、まあ驚くのも無理ねぇか」ガルドさんが肩をすくめる。
「この目で見たのは十数年ぶりだったからな」
「十数年ぶり……やっぱり本当に存在していたんですね、蒼華が……!」
「俺も半信半疑だったがな。だが、リアムたちが試作してる時に突然光ったんだ」
「そ、そんな貴重な現象が、こんなにも身近で……」
セレナが呆然と目の前のリンゴを見つめる。
「先生、そんなに珍しいんですか? 蒼華って」リーナが尋ねる。
「もちろんです!」
セレナは眼鏡を指で押し上げながら説明を始めた。
「月光リンゴには微量な魔力が含まれていますが、通常は霊脈の安定した流れによってその魔力は均一に分散されます。
しかし、ごく稀に霊脈の“揺らぎ”がリンゴに干渉することで、魔力が果肉に集束し、その魔力が熱で活性化すると青白い光を放つパイ——〈月光リンゴパイ・蒼華〉が生まれるんです!」
「へえ……そんなメカニズムがあったのか」俺が感心する。
「ええ。過去の記録にも、100年以上前に一度学園の収穫祭で提供されたことがある、と書かれています。でも、それ以降は数回目撃されたのみで、公式な再現報告はありません」
「うーん、まさに幻のスイーツ」クラリスが腕を組む。
「それを……再現できたなんて」
セレナがパイを焼いたオーブンに視線を向ける。
瞳には知的探究心の光が宿っていた。
「リアムさん、試作の記録、残ってますか?」
「一応な。焼き時間、温度、リンゴの厚さ、魔導炉の火力レベルまでメモしてる」
「見せてもらえますか?」
「どうぞ」
ノートを渡すと、セレナはすごい速さでページをめくる。
「ふむふむ……なるほど。焼成温度は180度で……星見草の粉末を通常の1.5倍……あっ!」
「何か分かりましたか?」
「これ、通常の魔導火炉なら均等に熱が伝わるはずなのに、この設定では微妙に火力が弱まる時間帯があるんです!」
「弱まる?」
「はい。おそらく霊脈の影響で魔導炉が魔力を吸い上げる速度が変わり、その結果、蒼華が焼き上がったのではないかと!」
「つまり、偶然の産物ってことか」
「ええ、偶然の産物……だからこそ、ロマンがあるんです!」
セレナの目がキラリと光る。
「先生、めちゃくちゃ楽しそうですね」クラリスが笑う。
「そりゃあ、クレープも素晴らしいですが、蒼華は別格です。魔力と自然の奇跡が織りなす“スイーツの奇跡”ですから!」
「スイーツの奇跡……いい言葉だな」
俺たちは蒼華の魅力を再確認しつつ、収穫祭の準備に戻ることにした。
お菓子にもレアがあったりしたら面白いなって思って書きました。




