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黒ノ恋  作者: 八笠珠香
東の砦にて
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三人三様

 雨に濡れて冷えた体を温めるべく、砦の兵士達が使う広めの浴場へとやって来ると、自分達のために用意されていたお湯の中に水色の髪を持つ少年、イズリアは飛び込んだ。

 今日の戦いで、もう死んだなと諦めた自分の体に、じんわりとお湯の熱が広まって、ああ、生きてるんだと改めて実感した。


「奇跡だよな・・・」


 体のあちこちにある傷口は、あれからまたゆっくりと治ったようで、今では傷のあった肌のあたりが他の皮膚よりも、薄いピンク色をしているだけで、血も滲んでいなかった。


 骨も何本かいってたのに、全然痛くないし。


 回復の術の類は聞いた事があったが、その力は希少のため、かけてもらった事などなかったイズリアは、まじまじと自分の体を見直して、感動のため息を漏らした。

 水色の髪を色濃くしたような青の瞳の奥に、先程の少女、雫の姿が浮かぶ。

 初めて見る黒髪黒目を持つ、異国の顔立ちの彼女。

 この砦内で、最年少である自分よりも、ずっと幼く見えた彼女の容姿を思い出した。


 うん、可愛かったな。


 何処から来たのかとか、力の事とかいろいろ気になる事はあるけれど、そんな難しい事はアーデル将軍達に任せておけばいいのだ。

 イズリアは素直に、自分の気持ちにだけ目を向ける事にした。


 年は俺より少し下くらいかな?


 砦では最年少という事もあり、いつも周りの人間達から子供扱いされている自分。

 それが、最年少でなくなるという事は、彼にとってはとても重要な事であった。


 年上として俺がしっかり、彼女を気遣ってやらなきゃだよな。


 うんうんと頷くと、彼はそのままお湯の中に、どぼんと頭まで潜り込んだ。

 彼の水色の髪が、水の中でゆらゆらと動く。


 俺の水色の髪も散々珍しいって言われたけど。


 それよりも見た事もない黒髪の彼女が好奇の目で見られるのは、確かな事だと思えた。

 更に彼女は珍しい異国の人間なのだ。

 黒髪黒目も見た事がなければ、異国の人間でも、あのような顔立ちを見た事がない。


 俺が守ってあげなくちゃ。


 本当だったらあの戦場で、自分も周りで倒れた仲間と同じ屍になっていたはずだ。

 それを救ってくれた彼女が何者であろうと、自分の命の恩人である事に変わりはない。

 ざばっと勢いよくお湯を滴らせながら、イズリアはお湯から上がると、早々に少女の部屋を訪ねることに決めて、手短に体を洗い、さっさとその場を後にした。








 濃い青の髪を持つ青年、レヴィンは自室で魔術書をぱらぱらと捲っていた。

 しかし、今日見た少女の術の具現化に関しては、何も見つける事が出来ず、思わずため息をもらす。

 似たようなものは確かにある。

 水に癒しの力があるのは確かな事だが、その力はただ癒しだけを与える神官の回復の術と違い、まだ未知な部分が多い。

 王都の魔法学院や研究院では今も新しい魔法は研究され、生み出されているから、自分が持っている魔術書が古いという事かもしれないとレヴィンは考えた。


 瞬時に汚れを取り、傷を癒す。

 使えれば確かに便利ですね。


 けれど、自分が得意とするのは水とは正反対の火と風の術だった。

 戦闘では確かに役に立つが、普段で役立つとするならば。


 洗濯物が早く乾くとか・・・


 ふと考えて、自分の力をそんな事に使うのかと、彼の術師としてプライドが考えるのを止めさせた。


 確かに便利ではある。

 便利ではあるが、何か求めるものと違い過ぎるというか・・・


 そして、そんな事より不思議な事があった。

 呪文や杖という媒体無しでの、術の発動。

 五法術の源である自然界の力、火、水、風、土、木の五大素は、魔力を持つ者ならば、想像する事で少なからず手元や近くに具現化させる事は確かに出来る。

 想像し、具現させる事が出来た五大素のいずれかで、自分が生まれ持つ魔力の素質が決まるのだ。


 でも、彼女のは違った。

 少しの具現ではすまない、それ。


 迫り来る魔物を貫いた水の槍。

 自分を包んだ癒しの水。

 呪文詠唱無しで出来る範囲をあきらかに越えている彼女の術に、レヴィンは術師として興味を覚えた。

 彼女の言動で、無自覚である事はわかっている。


 ならば、自分が出来る事は、彼女を教え導く事。


 同じ術師として、自分の命を救ってくれた彼女を、術へのあくなき探求の道を閉ざさずに済んだ彼女を教え導く。

 それはとても楽しい事に思えて、レヴィンは開いていた本をぱたんと閉じた。

 彼女が一体何処から来たのかは確かに気にはなるが、彼にとってはどうでもいい事に思えた。

 同じ術師として、彼女の力の原動力を知る事の方が大事で興味が沸いたのだ。


 そういえば、まだ自己紹介もしてなかったですよね。


 そう思い、少女が通された部屋へと続く廊下へとレヴィンは足を向けたのだった。








 アーデルベルトに言われて、ガイウスは雫を空いている部屋へと案内した。

 空いているというにはいささか語弊がある。

 今日死んだ仲間が使っていた部屋だ。

 個室で浴室が付いている部屋は限られているので、仕方がないのだと、ガイウスは息を吐いた。

 その部屋の主はあまり物に執着が無く、いつ来てもがらんとした部屋だった。

 よくアーデルと二人でこの何もない部屋に急に押しかけては、呆れる男と共に酒を飲んでいた。


 奴なら、いきなり女に部屋を貸し与えても、文句は言うまい。


 不安げに何か言おうとした彼女の言葉を遮り、体が冷えたままでは良くないからと、浴室の使い方を説明して、着替えを渡して部屋を出たのは、一刻ほど前だ。

 自分もまた自室でシャワーを浴びると、アーデルの代わりに戦場の結果報告を終え、明日、事後処理をするために人を集めておくよう伝え終えて、今、食事を持って彼女の部屋へと向かっている。


 泣きそうな、顔をしていたな。


 女の扱い、こと幼い少女はどちらかと言えば、ガイウスは苦手な方である。

 いつも数人で集まっては、ガイウスをちらちら見て何やら騒いでいる姿が癪に障った。

 それを見かねて文句を言った事がある。

 女達は一様に怯え、泣き出してしまい、更に彼は女が苦手になった。

 そんな過去の事を思い出しながら、今、自分が向かっているのが、そんな年頃の少女である事にガイウスは苦笑した。


 あれは、特別だ。

 たぶん、自分もアーデルでさえも、あの時終わりを感じたはずの、俺の命を繋ぎ留めた。


 言い訳のように一人ごちる。

 先程胸に抱いた雫の感触と、不安げに揺れた表情を思い出した。


 泣きそうなら、抱きしめてやればいい。


 死に直面していた自分が、彼女を抱き上げ、その体温を感じて、まだ自分は生きているのだと実感し、安堵したように。

 彼女が不安であるのならば、今度は自分が彼女を安心させてあげたいとガイウスは思った。

 独り善がりな考えではあるが、それが彼にとって出来る唯一の事であるかのように思えたのだ。


 一度終わった人生だ。

 苦手な分野に首を突っ込んでみるのも、悪くない。


 珍しい黒髪黒目の異国の少女の、不安を取り除く存在であろうと心に決めたガイウスの足が、ほどなくして、雫を通した部屋の前にたどり着いた。

 両手で持っていた食事の乗ったおぼんを、片手に持ち替えて、その扉をノックしようとした。

 その時。


「げっ」

「おや、あなたも彼女に用ですか?」


 急に聞こえた声に、ガイウスの目が煩わしそうに細まった。


「・・・お前ら」


 三人がそれぞれ食事を手に、一つの部屋の前に集まるなど、アーデルベルトが見たら笑いそうな状況に、ガイウスは舌打ちし、イズリアはむっと頬を膨らませ、レヴィンはやれやれと肩をすくめてみせた。

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