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黒ノ恋  作者: 八笠珠香
東の砦にて
4/18

召還 3

 雨でぬかるんだ道を目を閉じて歩くというのは、なかなかに困難なのではないかと少女の自分の手を握り締める手の強さで男はようやく気が付いた。

 将軍と呼ばれた男、アーデルベルトはその手を軽く引いて、止まるように促す。

 それに気付いた少女は目を開けて、彼を見上げた。


「歩きにくいようなので、抱えてもよろしいですか?」


 砦に着くまで、まだ数刻はかかる。

 せめて、この壮絶とした場所を抜けるまででもいいから。


 アーデルベルトの言葉に、少女は二度大きなその黒い瞳を瞬かせた。

 道は確かに歩きづらい。

 けれど、抱えられるという事は具体的にどういうふうに?

 そう疑問を浮かべた彼女の表情に、後ろで控えていた三人の男の一人が、前に歩み出てきて口を開いた。


「それなら、俺が運ぼう」


 言って、少女の了承もなく、男は彼女の背と膝の辺りに手を伸ばすと、軽々とその体を抱え上げたのだった。

 急な男の行動に、少女の口から小さく悲鳴がもれた。

 不安定な横抱きに、彼女は慌てて、自分を抱く男の服にしがみ付いたが、その顔は驚愕にいろどられている。


「お、お姫様抱っこ・・・」


 少女の口からもれた言葉の意味はわからなかったが、彼女を抱えた男は至近距離から彼女の顔を覗きこんで、口を開いた。


「服よりも、俺の背にかけて手を回して頂きたいのだが」


 男の言葉に、少女はおずおずと左腕を彼の後ろから左肩あたりに回し、右手もまたそれに合わせて、前から彼の左肩あたりに置くとしがみついた。

 それを受けて、男も彼女の体を安定するように、抱え直す。

 密着した体に恥ずかしさを感じたのか、少女の頬は赤く染まり、彼らの後ろに控えていた男二人と目が合うと、彼女はいたたまれなさそうに、自分を抱く男の首元に視線を落とした。


「この辺りを出るまでだから」


 男の言葉に、こくんと少女が頷く。


「・・・俺がやる予定だったんだが」


 アーデルベルトの納得いかないという言葉に、彼女を抱えた男が彼に視線をずらす。


「泥に汚れたそんな体よりは、俺がいいだろ」

「お前だってさっきまで似たようなものだっただろう」


 むしろ、自分より酷かったくせにと、アーデルベルトが悪態をつく。


「疲れもかなり回復してるから、これでいいんだ。さっさと行け」


 将軍と呼ばれた男のはずなのに、彼女を抱える男からの、これ以上話す事はないと切り捨てられた態度に、アーデルベルトは苦笑しながらも歩き出した。

 その後に皆、付き従う。

 少女を気遣ってか、彼女を抱える男は最後に動き出してた。

 所在なさげな、そわそわとした意識を少女から感じ、男は苦笑を隠すように一度口元を引き締めてから、彼女の方へと首をかしげた。


「・・・さっきは手当てを、ありがとう」


 その言葉に、少女は伏せていた顔を上げて、男と視線を合わせた。

 男は先程、少女が最初に手を差し伸ばした人物だった。

 すぐ傍にある男の顔は、整っていて、濃い灰色の髪に藍色の瞳をしている。体つきは逞しく、がっしりとした筋肉で覆われているようだった。

 日本人ではない見慣れないその西洋風な顔立ちに、彼女は戸惑いながらも、首を振った。


「あたし、何も出来てないです」

「目は閉じていてくれ」


 言われて、慌てて少女の目が閉じる。

 その素直な反応に、男はまた笑みがこぼれそうになりながらも、言葉を続けた。


「名前を聞いても? 俺はガイウス」

「奥山雫です」

「オクャマ・スィズ、ク?」


 名前を言いづらそうに発音され、少女、雫は小さく笑った。


「オクヤマ、シズクです。シズクが名前です」


 今度はゆっくりと自分の名前を言うと、ガイウスは何度かシズク、シズクと繰り返した。


「シズク、だな。ところで、その黒い髪は地毛か?」

「え? はい。染めるのは校則違反になっちゃうので、そのまま」

「コウソク・・・とは?」

「えと、あたしの通ってる学校の規則です」

「ああ、なるほど。俺も通った時期があったが、確かにあれは面倒だった」

「ですよね」


 そこまで二人が話したところで、別の声が彼らの耳に届いた。

 至近距離だったので、小さく会話を交わしていたはずだが、前を歩く男達にはしっかりと聞こえていたそれらの会話に、抗議の声があがったのだ。


「ずるいっ僕も話したいのにっ」

「全くです。彼女に興味があるのは、あなただけではないのですから」


 アーデルの声とは違うその声らに、雫は他の二人の事を思い出した。

 先程は怪我の手当てに慌しくしっかり見る事が出来なかった、確か水色の髪を持つ少年と、濃い青の髪を持つ青年だろう。


 あの水色の髪ってやっぱり染めてるのかな?

 灰色と青もあまり見た事ないけど、外人さんてよくわかんないし・・・


 そんな事を彼女が思っているとは露知らず、男達の会話が続く。


「お前らの紹介なんて後でいいだろ」

「後でなら今でもいいじゃないですか! 自分ばっかりいい格好してずるいっ!」

「あのな、力でいったらアーデルの次は俺だろ。妥当案だ」

「別に小柄な彼女を抱えるくらい、私でも充分ですけどね」

「僕だって! 交代っ交代!」


 成り行きに耳を傾けていた雫は、そこで自分に白羽の矢が移ったのを感じて、身じろいだ。

 ガイウスに抱えられている今の状態でさえ、本当は恥ずかしくて仕方がないのだ。

 なのに、他の人にまた抱えなおされるなんて遠慮したいと、ガイウスの腕の中で彼にしがみつき、小さく首を振った。

 それに気付き、気を良くした男、ガイウスは二人に唇の端を持ち上げ、勝ち誇ったように笑う。


「嫌だと」

「・・・そんな」


 がっくりと水色の髪の少年の肩が落ちる。

 青い髪を持つ青年も、残念そうにため息をついた。

 そこでようやく先頭を歩いていたアーデルベルトが振り返った。


「お前ら、本当に元気だな。なんだったら、俺を抱えて歩くか?」

「無理です!」

「同じく」


 ぶんぶんと勢いよく首を振る少年と、ふいっと顔を背ける青年に、呆れたようにアーデルベルトは眉を上げた。

 その目がそのまま、ガイウスに向けられる。

 ガイウスは、その視線を受けると、さっさと行けと顎で前方の道を促した。

 可愛げのない奴らばかりだと嘆息ついて、彼は再度前を向いて歩き始めた。

 少女の事は気になるが、なにより早く砦について、休みたいというのが彼の本音だ。

 後ろを歩く三人は、否定されはしたが少女の放った力で元気になっている。

 けれど、自分は違う。

 先程の戦いでついた泥のように色濃く重い疲れが、自分の体に纏わりついている。

 だが、それを背後の三人に伝えるほど落ちぶれてもいない。

 彼の類まれなる強靭な精神がそれを許さない。

 疲れた肉体に鞭打ちながら、彼は気取られないようにしっかりと前を向き、歩き続けた。


 まあ、昔馴染みのガイウスにはバレてるだろうが。


 黒髪の少女を腕に抱き後ろをついてくる男の顔を思い浮かべて、アーデルベルトの口元に笑みが浮かんだ。

 こんなふうにまた笑えるのも、あの時、少女が現れたからだ。

 心から、助かって良かったと思う。

 自分自身、少女に聞きたい事はたくさんある。

 けれど、それ以上に、早く休みたい。


 とにかく今は一刻も早く砦へ。


 彼の願い通り、その後の一行は無駄口を叩くこともなく、しばらくして高い壁に覆われた砦へと無事たどり着いたのだった。

 砦を守るために残っていた僅かな仲間達は、戻ってきた自分達の人数の少なさに、悲嘆を隠せないでいたが、四人の無事に安堵して湧き上がった。

 しかし、それ以上に彼らが連れ帰った少女に気を止めた。

 魔物討伐に向かった一行が連れ帰った、見慣れぬ黒髪の少女。

 大柄なガイウスの腕に抱かれ、より小さく見える幼い姿をしているが、彼らが向かったのはこの東の砦から少しばかり離れた魔の森の近くである。希少な魔石が取れるとはいえ、人里は遠く離れ、子供がそのような場所にいるとは考えられない。

 そのため仲間の帰りを待っていた彼らに、不信と疑問が浮かばないはずがなかった。

 ちらちらと好奇の視線に晒されて、少女の体は更に小さく縮こまり、自分を抱える男の首元にしがみ付いた。

 彼女の様子に、ガイウスがアーデルベルトに視線を移す。

 それを受けて、彼は皆を強い視線で見回す。


「話は後だ」


 そうアーデルベルトが一掃して、ようやく彼らは砦内へと足を入れる事が出来たのだった。



 少女の存在が何を意味するのか。

 それは誰もわからないまま、その日の夜は更けていった。



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