召還 2
男は躊躇い無く元仲間だった者達の死体から甲冑を脱がし、それらが身に着けている比較的綺麗な布を切り裂いて集めた。
今この場で出来る緊急の手当ては、綺麗な布での止血。
「あの状況をやり過ごしたんだ、生きろ」
「・・・はい・・・」
男の言葉に、三人の仲間はそれぞれに頷きを返し、安堵で切れそうになる意識をなんとか保つ。
・・・何?
これってどういう事?
わけのわからないこの場所で、呆然と少女は彼らの様子を見つめていた。
恐怖で叫びだしたい気持ちはある。
しかし、四人の男達の内、三人は目を見張る酷い怪我をしているようだ。
それを放って置くことは出来ないと、彼女は震える足を叱咤して立ち上がった。
「あのっ・・・あたしも手伝いますっ」
その声に、四人が少女へと顔を上げた。
やはりこの場には不似合いな彼女の姿に、先ほど離れた場所で見る事しか出来なかった三人は驚きの表情で改めて彼女を見た。
その視線に、困ったように眉を寄せた彼女を助けるように、布を集めていた男は声をかけた。
「これで傷を拭いてくれるか?」
布を受け取りながら、少女は頷くと、一番近くにいた青年のそばに恐る恐るといったふうに屈みこむ。
声もつい震えてしまった。
「あの、腕を、こっちに」
男達の体はどこも、彼ら自身の血と、泥と、何かわからない液体で汚れている。
声をかけられた男もまた、幼い得体の知れない少女の自分を見つめる不安を詰め込んだ瞳に、自分を任せるのは不安を感じたが、指先一つ動かすのにも力がいる今、彼女の意志に従った。
うっ気持ち悪い・・・
初めて見る、人の引き裂かれた傷口に顔を歪めた。
正直に、怖い、と心と体が震えるのを必死に押さえる。
しかしおずおずと差し出された腕に、傷を持つ男の方が自分よりもずっと怖いのではないだろうかと、感じた少女は、ぐっと歯を食いしばった。
彼らは今まさしく生と死の狭間にいるのだ。
・・・あたしがやらなきゃ。
青年の腕を取り、傷の無さそうな所に片手を添えて、彼女は傷口に布を押し当てた。
「つっ!」
「あ、ごめんなさい!」
青年の苦痛の声に、慌てて、手を引っ込める。
こんなひどい傷の手当てなど、今まで一度もした事がない。
強く押し当ててしまったのだと、焦り泣きそうになる彼女に青年は首を振った。
自分にまだ相手を気遣ってやれる余裕が残っていた事に、彼は荒い息を吐きながら苦笑した。
「・・・いや、大丈夫、だ」
「・・・次はそっとやります」
唇をかみ締め、先ほどよりもずっと優しくその傷口に布を当てる。
青年は眉をしかめたが、されるがままに、彼女の手元を見つめた。
少女は雨で濡れた布で、傷口を出来る限り優しく汚れを拭き取りながら思う。
ああ、でも水が足りない。
傷口に泥とか物凄く混じってる・・・
いつか習った破傷風という病気を思い出し、少女はやはり体が震えるのを止められなかった。
もっと綺麗にしなきゃいけないのに、ちゃんとした手当てをしなきゃいけないのに!
そう少女が強く思い、ぎゅっと目を瞑った時だった。
彼女の周りで突如として水が溢れ出したのは。
え、と彼女の様子を伺っていた三人の男達が目を見開くと同時に、彼らの体をその水が覆った。
急な事に三人の男は全く動けず、水に全身を包まれた肌の冷たさを感じたと同時に、体中の細胞が活性化したような急激な熱が走り抜けるのを、男たちは感じた。
そして、少女が今出来る事にちゃんと向き合わないと、と閉じていた目を開いた時には、その水は姿を消し、後には服も体も彼らについていた全ての汚れも水と共に消えた、綺麗な傷口―――それも、先程よりもずっと軽度の傷口を晒すのみとなった彼らの姿があったのだった。
目を閉じた一瞬の間に、急に様変わりした彼らの姿に少女は驚いて目を丸くする。
彼らは彼らで、自分の身に起こったそれに、自分達の姿を見下ろし、お互いの体を確認して少女へと顔を上げた。
「な、何で・・・」
驚き、瞬きを繰り返しながら、かろうじてそう口にした少女の姿に、男達は目配せしあってから口を開いた。
「今、水が現れて僕達を包んだんだよ」
「たぶん、術を発動されたと思うのですが、覚えはないですか?」
「え? え?」
要領を得ない二人の男の言葉に、わけがわからず少女は戸惑った。
彼らが何を言っているのか、聞き覚えの無い『術』という言葉にも困惑を覚える。
眉を寄せる少女に腕をとられたままだった青年が、三人の様子に溜息を吐きながら口を開いた。
「あなたが法術を使って、我々の傷を癒してくれたのかと聞いているんだが」
「あの・・・その、術って何ですか?」
少女の返答に、青年が軽く眉を上げる。
どうやら彼女は術に覚えがないらしい。となると、今の事態は彼女の力ではないという事になるが、先程の魔物との対峙の際にみせた水の力を思い出すと、彼女以外考えられない。
一応として、彼は隣の男に顔を向けた。
「じゃあ、お前か、レヴィン」
「私は水は得意じゃありません。知っているでしょう」
「勿論、僕でもないですよ。魔法の類は専門外」
三人の男達の中で、一番年若い少年がそう口にした時、少女がぴくりと反応した。
それは少しは聞きなれた単語だったからだ。
「魔法?」
魔法といえば、あれだろうか。よくゲームとか漫画でおなじみの、あの力。
それを彼らは自分が今使ったのかと聞いているのだろうか。確かに彼らの先程の姿と今の姿はまるで魔法でもかけられたような変わりようだ。
だがしかし、魔法なんてそんな夢見たいな事を、しかも、自分が使ったかだなんて、ありえない!
ようやく彼らの質問の意図を理解した少女は、焦って首を振った。
「あたしじゃありません!」
そう叫ぶように否定した時だった。
四人が集まる背後から、低い困惑と疲れに彩られた声が聞こえたのは。
「お前らだけ、何故綺麗になってる」
「将軍!」
「アーデル、それが」
「・・・私じゃありませんよ」
男の声に三人が答える。
「しかも、さっきまで死にそうに見えたが、あれは演技か?」
「そんなわけないじゃないですか!」
「見くびるな」
「左に同じく」
彼らの会話を、少女はきょとんとして見守っていたが、将軍と呼ばれた男の次の言葉に目を丸くする事になる。
「俺にもしてほしいんだが」
そう男が言うと、彼を見上げていた三人の視線がすっと自分に集まり、それぞれと目があった少女は勢いよく首を振った。
「あたしじゃありませんっ」
先程と同じ言葉を口にする少女に三人は困ったように眉を寄せて、お互い意味深に視線を交わした後、将軍と呼ばれる男へと顔を上げた。
それだけで、彼らの意思を男はなんとなく組み取った。
術師として間違いは無さそうだが、おそらく先程の怯えようといい、無意識という事か。
男はため息を吐いて、自分の額に張り付いた前髪をかきあげた。
「とりあえず、全部直っているわけではないなら、これを巻いておけ」
言葉と共に、ぽいっと放り投げられた布の束を四人は受け取り、三人の男達はそれぞれに自分達の体を確かめながら、傷口に布を巻きつけ、少女もまたそれを手伝った。
その彼女の姿をじっと見つめながら、将軍は思う。
もっと早く現れていてくれたらと、過ぎた事を願う心を振り払うように、彼は彼女から視線を外すと、辺りを見渡した。
なんにせよ、刺激が強すぎる。
いきなり現れた珍しい髪と瞳の色を持つ少女が、何者かはわからない。
だが、この窮地を救ってくれたのは確かであり、甲斐甲斐しく仲間の手当てをする姿は本当に只の幼い少女なのである。
そんな彼女の瞳に映すには酷な散々たる周囲の光景に、彼は黙祷するかのように瞑目した後、彼女の元へと歩み寄った。
腰を屈めて、彼女と視線を合わせながら、先程までと違い丁寧に言葉を紡ぐ。
「ここから一刻ほど離れた場所に、我らの砦があります。そちらへ移動したいと思うのですが、共に来て頂けますか?」
そう伺う男の言葉に、少女はようやく自分の状況を思い出し、視線が一瞬、辺りをさ迷いそうになった。しかし、その一瞬だけで捉えたよくわからない大きな獣の屍に眉を潜めて俯き、それから頷いた。
ここが何処なのか。
何故、自分がここにいるのか。
それらの疑問はすぐにでも口から飛び出そうしていたが、怪我を負った彼らを他所に、ここで聞くというのは、躊躇われた。
ぎゅっと手を握り締めて俯く彼女の手に、将軍はそっと触れた。
「では、この場所を離れるまでは、目を閉じて頂いてもよろしいですか?」
周囲の状況を少しでも目に入れさせたくないという彼の提案に、少女は困惑したように、男を見つめ返したが、男の真摯な光を宿した瞳に気付き、また、こくんと了承の意味で頷きを返した。
いつの間にか、降り続いていた雨は、止んでいた。