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黒ノ恋  作者: 八笠珠香
東の砦にて
12/18

弱イ心 2

 なんで自分はこんなに弱いんだろうと雫は唇を噛み締めた。


 手を差し伸べられ、こんなにも簡単に甘えようとしている。

 好きな人が出来て、可愛くなろうと頑張った。

 料理は出来る方が嬉しいと言われて、料理も覚えた。


 でも、こんな世界で生きてく術なんて知らない。


 ごくありふれた一般家庭の高校生で、面倒くさい勉強をこなしながら、友情と恋愛に敏感な年頃の少女が、たった一人でいきなり落とされた異世界で、心が不安定になる事を誰が止められるだろう。

 けれど、彼女はそれを自分が弱いせいだと思っていた。


 あたしを心配してくれてる、優しい人達に答えたい。

 大丈夫、頑張れる。

 大丈夫、笑ってられる。


 それは確かに雫の中にある気持ちの一つだ。

 優しい人達・・・ガイウスらといる時の彼女は、確かにこの世界で笑えるようになっていた。

 でも、一人になると、その気持ちはとたんに形を変え、彼女の心を歪めた。


 何であたしがここにいなきゃいけないの?

 大好きな人がいる世界が、あたしのたった一つの世界なのに。

 何で無理に笑わなくちゃいけないの?

 知らない人たち、知らない国、知らない怖い世界で。


 自分の中に、こんなにも醜く黒い心があると、この世界に来て雫は初めて知った。

 そして、その心をずっと隠していかなくてはいけない事に、彼女はどうしようもない苛立ちを感じ、そんな自分に嫌悪を感じてまた、黒い心の闇に捕らわれる。

 そんな心の葛藤の中で、掛けられたアーデルの言葉を、一体誰が拒否できるだろう。

 それは決して雫が弱いと思い込んでいる心のせいだけではないのに、彼女は気付くことが出来ずに、じっとアーデルを見つめた。


 ・・・いっちゃん以外に、甘えていいの?


「あたし、本当は凄い嫌な人間なんです。それでも聞いてくれるんですか?」


 今にも零れそうに溢れた涙を堪えるためか、唇を噛み少し睨むようにこちらを見つめる雫の潤んだ黒の瞳を、しっかりと見つめ返して、アーデルは頷いた。


「勿論だ。いつでも聞こう」


 ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「お前とは会って間もないが、嫌な奴かどうかは俺が判断する。そうやって自分を責めるような言葉は言わなくていい。俺の前では、本当のシズクでいるだけでいいんだ」


 そう言って、アーデルは雫が安心できるように微笑を作り上げた。

 彼の新緑を思わせる碧の瞳が、優しい光を宿し、雫の心に降り注ぐ。

 その眼差しに見つめられ、彼女の瞳からとうとう涙が一滴流れ落ちた。

 彼女は泣いた事を意識するよりも、アーデルの言葉に喜びを感じ、口元を綻ばせた。


 嬉しい。


 素直にそう感じ、ガイウス達から与えられた優しさとは違う、アーデルの自分の心を汲んだ言葉が、雫の心に染み渡り、穏やかにその胸の内を満たす。

 疲れた心が薄まり、雫は本来の自分が力を取り戻すのを感じた。


「あたし、帰れるまでここで頑張ります。でも、辛くなったら、お話聞いて下さい」


 そう言って笑う雫の姿に、今度はアーデルの心が震えた。

 女の涙を見た事が無いわけではない。

 けれど、今目の前にあるように、幼い少女が懸命に笑いながら、零す涙は初めてで。

 彼はそれを美しいと感じた。


「・・・ああ。約束しよう」


 アーデルは自分の胸中に湧き上がる気持ちに戸惑いながらも、いつもの彼らしい余裕のある笑みを崩さなかった。

 その大人の微笑に、雫は急に自分が泣いてる事を意識して、慌てて目元を拭う。

 そんな彼女仕草に、アーデルはベッドサイドに置かれていたタオルを手に取ると、零れる涙を両手で拭う彼女に押し付けるように渡した。


「擦ると赤くなる。これを当てるといい」

「ありがとうございます」


 へへっと笑う、その姿にも愛しさが込み上げ、アーデルは雫がタオルで目を覆うのを確認してから、相好を崩す。

 たぶん、今の顔は雫に見せるべきではないと、彼は感じた。

 こんな時イズリアあたりなら、一目惚れしたと真っ赤になって騒ぐだろうか?

 そんな久しく感じてない心地よい感情の揺れに、アーデルは気恥ずかしさを覚えた。


 シズクの一番の理解者でいよう。

 彼女が帰るその日まで。


 そう気持ちを固める反面、タオルを目に押し当てたまま、えへへと嬉しそうに笑う雫の口元をアーデルは見つめていた。

 そこは先ほど彼女自身が噛み締めたせいで、いつもより赤味を増し、アーデルの目を魅了する。

 アーデルは知らず、ごくりと喉を鳴らした。

 部屋の扉がノックも無く開いたのは、そんな時だった。


「・・・アーデル、何泣かせてるんだ?」


 ずかずかと部屋に入り込み、二人がいるベッドの方へと男が歩み寄る。

 部屋に入るなり剣呑な光を宿した男の目に、アーデルは溜息をつきながら口を開いた。


「・・・ガイウス。もう戻ったのか」

「悪いか。シズク、どうした?」

「え、あっ泣いてません」


 誰の目に見てもタオルを顔に押し当て、目を赤くしているのに、雫は思わずそう返事をしていた。

 ガイウスの目だけじゃなく、アーデルの目も丸くなる。


「阿呆」


 ガイウスは一言呟くと、ふっと息を吐くように笑った。

 雫はガイウスの前では特に気持ちを引き締めているつもりだ。

 この世界に来てから、一番自分に気遣ってくれたのが、ガイウスだと雫は思っている。

 それは自分に一番よく触れるのが彼だったせいかもしれないし、また別の理由かもしれない。

 説明出来ない気持ちのまま、雫はガイウスの前では、懸命に帰りたい気持ちを出さないように努力していた。

 それが先程の、条件反射で出た言葉につながる。

 口元にタオルをあて、むうっと眉を寄せる雫の前で立ち止まると、ガイウスは脇に抱えていた荷物を彼女の膝に下ろした。


「・・・何ですか?」

「開けてみろ」


 顎で促され、雫は渡された包み紙を開いた。


「・・・服?」

「そうだ。お前ここに来てからずっと有り合わせの男物ばかりだろ。一緒に連れて行ってやりたかったが、ここの奴らにもまだ紹介してない人間連れ回すのもな」


 目の高さまで上げて、広げてみる服は、地球では見慣れない・・・いや、漫画などで見たような凝った作りのワンピースや、上下セットのものなど様々だった。

 その殆どが、見慣れないとはいえ、可愛いと表現されるもので、雫は服とガイウスを交互に見た。


 これを、この人が買って来たの?


「・・・お前、言いたい事あるならはっきり言え」

「男の人がこんな可愛いの買うなんて・・・」


 思わず素直にそう呟いた雫の頬が、ふにっとガイウスの指先につままれた。


「本当に言うな」


 少し怒ったように、照れたようにこちらを見るガイウスに、雫は笑った。

 その笑顔に、彼は、しょうがない奴だと目を細める。


「ほら、折角だから着替えて見せてみろ」


 ガイウスの言葉に、雫は頷き立ち上がり、部屋から出ようとした所で振り返った。


「ガイウスさん、ありがとうございます」

「礼なら、見せてからにしろ。似合うかどうかわかんないだろ」


 それもそうだと納得して、雫は自室へと駆け出した。

 少し離れた場所で扉の開け閉めされる音を確認してから、ガイウスは椅子に座り足を組む。

 今日出かけている間に、アーデルの元に行くように言ったのは自分だった。

 前日に彼女の様子を報告していた際に、アーデルが見せた怪訝そうな顔で、彼らが何かしらの話し合いでもしたのだろうと予想が付く。

 何より、この部屋に入った際に見ている、雫の様子も気になったし、先程自分と話した際に、彼女の表情から、ここ数日取れなかった憂いが消えている気がした。


「どうだった?」

「ああ、相当、無理してたみたいだ」

「だろうな。俺はシズクの帰りたい気持ちを聞くつもりはない。お前が頼む」


 いきなりこの世界に落ちてきて、自分の命を救った少女の、帰りたいと願う気持ちをガイウスは気付いてないわけではなかった。

 だが帰してやる術を知らない。

 例え気持ちを聞いても、それにどう答えていいのか解らない。

 だが、傍にいて、抱きしめて、笑わせる事なら出来る。

 それが例え、彼女が心から望んでいる事でなくても。


「本当に、勝手な奴だな」

「今更、だろ?」


 だからこそ、実力や地位もそこまで違いの無い二人が、将軍と一騎士の違いを付けている。

 アーデルは苦笑して、先程雫の頬に触れた手を意識した。


「だがそれで、シズクがお前より俺に懐いても、恨むなよ」

「はっ、お前の好みじゃないだろ?」

「それを言うならお前だってそうだろ」

「シズクに関しては別枠だ」

「そうか、俺もそうしておくよ」

「それはどういう意味だ?」

「そういう意味でいいんじゃないか?」


 幼い頃から連れ立っている二人は、子供のように小突き合い、一頻り言い合いをした時、ようやく服を着替えた雫が戸口からこちらを伺っている事に気付いた。


「・・・びーえる?」


 雫の口から出た言葉に、二人は揃って首をかしげた。

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