9.男のランク
「ちょっとマスキュラ! 新人いじめはやめなって」
ピーラが止めに入るが、マスキュラは気に食わないとばかりに鼻を鳴らした。
「いいや、やめないね。それにイジメているわけじゃねえんだ。腕試しをして実力を測ってからじゃないと、危険な任務に出てからじゃあ遅いだろう?」
「危険もなにも、暫定でFなんだけど? どんな依頼が危険になるのよ」
「なら昇格チャンスじゃねえか! 俺様相手に健闘できれば、スキルを使えないお前をあっさり越えて、Cランクくらいにはなっちまうんじゃねえかァ?」
マスキュラの煽りに、ピーラの頬が引き攣った。その内側ではきつく歯を食いしばっているのだろう、小さな顎が悔しさに打ち震えている。
「スキルを、使えない?」
「そうさ。こいつは威勢と足技こそちと強いが、スキルを使えねえ落ちこぼれなのよ。だからランクはD止まり、家も外周区の貧乏人!」
「…………っ」
たまらずピーラが顔を背ける。
「顔はいいんだから、さっさと男に永久就職すればいいものを。なんなら俺様が養ってやろうかァ!?」
マスキュラが舌なめずりすると、酒場にいた他の冒険者たちから「良かったなー!」「可愛がってもらえー!」と野次が沸き起こった。既に女性冒険者たちは遠巻きになり、我関せずを決め込んでいるらしい。
「兄ちゃんもどうだ、実力を示してもないのに女に庇われるのは悔しくないか?」
「そうだー!」「逃げるなよー!」「やってやれー!」
野次の矛先が、今度はマモルに向けられた。
ああ、嫌な感覚だ。自分に向けられる悪意は、胃に悪い。彼らは何故、そうまでして人を傷つけたいのだろう。醜悪さに吐きそうになる。
……だが、まだ耐えられる。
けれど袖振り合った友人に悪意が向けられるのは、我慢がならないくらいに胸糞が悪い。
「……反吐が出る」
「あぁン?」
「受けて立つと言ったんですよ」
「マモル、挑発に乗っちゃ駄目っ!!」
ピーラが飛び上がり、肩を抑えて制しようとしてくれる。
でもごめんな。今煮えくり返っているのは腹なんだ。
「あいつはAランクなんだよ!? このギルドで一番強いの! 解ってる!?」
「ああ、解ってる」
「解ってない! 半殺しにされちゃうんだってば!」
「ああ、かもしれない」
「なら!」
自分が一番震えているくせに、決死の形相で引き留めてくれるピーラの手を、そっと引き剥がす。
「ありがとう。知り合ったばかりの俺を、そこまで心配してくれて。けれど、ここで引き下がってしまったら、俺は本当のFランクになってしまうんだ」
マモルは微笑み、想像上のネクタイを緩めてマスキュラへと向き直った。
自分が男であるために。
困惑した表情のクラークに手続きの一時中断を伝えて表へ出る。ギャラリーも続々とギルドから出てくる中、マモルはマスキュラと向き合った。
「胸をお借りします。マスキュラ先輩」
「ふん、いけ好かねえな。俺様は貴様みたいなスカした若ぇのが大嫌いなんだよ!」
「奇遇ですね、俺もです。……いえ、俺もでした」
マモルは敢えて言い直した。
「そういうところが気に食わねえって言ってるんだよ! ――【肉体強化】!」
マスキュラがスキルを唱えると、上半身の筋肉がボコボコと膨らみ、服がはちきれた。
ただでさえ巨漢と呼べる体躯が、さらに二回りほど大きくなる。
「ハンデだ、初撃は打たせてやろう。その代わり、そっからは嬲り殺しだ!」
「…………わかりました」
マモルは頷いた。ならば、動き出す前にできることをやろう。
「【解析眼】」
ピーラとの出会いによって得たばかりのスキルを唱えた。
すると、右目に映るマスキュラの情報が、SF映画のデジタルパッドのように表示される。
マスキュラ・ビルダー Lv:52
攻撃S、耐久S、魔力C…………
所持スキル:【肉体強化 Lv:EX】
「(……なるほど)」
どうやら奴は、先ほど唱えたスキルのみで成り上がったらしい。その膂力一つで、多くの魔物を屠ってきたというわけか。
感心していると、マスキュラがこちらを指さし、腹を抱えて笑い出した。
「自信満々に何をしてくるかと思えば、何も起こらないじゃねえか!」
周囲からどっと笑い声が巻き起こる。
マスキュラは指の骨を鳴らし、拳を構えた。
「約束だ。次はこっちから行くぜェ?」
「そんな、初撃を打たせるのが約束だったじゃん!」
ピーラが異議を唱えてくれるが、マスキュラは意に介さず、一蹴した。
「スキルはスキルだ。こいつはもう打ったんだよ」
「ああ、その認識で構わない」
「マモル!? あんた正気!?」
もはやどっちに怒っているのかわからなくなってきたピーラに、マモルは「正気だよ」と苦笑して返す。
学生時代にはじまり社会人になってからも、こちとらその手の小賢しいやり口に痛めつけられてきたのだ。慣れたものである。
「意気だけは良し。死ね!」
猛進してきたマスキュラ。
しかしマモルは、そこからあっさりと視線を外した。
見る対象は、自分の手のひら。
「【解析眼】」
目を走らせる。一度フォーマットは見ているから、目的の文字列を探すだけだ。
所持スキル:【千里眼】【火炎眼】【拘束眼】【水流眼】【回復眼】【解析眼】
「(よし!)」
マモルは歓喜した。最悪火炎眼と水流眼で足掻くしかないかと思っていたが、あの時聞きそびれたスキルは天の助けだ。
「【拘束眼】!」
唱えると、しーん……と辺りに静寂が訪れた。
そう、静寂である。
マスキュラが振り抜いた鉄拳が、マモルの顔面スレスレで止まっているためだ。
「な、何をしやがった……?」
マスキュラの顔色が青ざめた。
「どうしたマスキュラ、寸止めなんてしてねえで、さっさとやれー!」
「違え! う、動けねえんだよ!」
ギャラリーの野次に、マスキュラは震えた声で八つ当たりをしている。
「貴様、何をしたァァァッ!?」
「俺はただ、『視た』だけですよ」
マモルはそう言って、かっと目を見開いた。
グレイウルフと戦った時のことを思い出す。あの時は牙に怯えて凝視していたから、その口の中に炎が生まれたのだろう。
だから直接ではなく、奴のがら空きのどてっ腹の、少し手前の空間を注視する。
「【火炎眼】!」
「ぐあああああああっ!」
憤怒を込めた眼差しによって炎が勢いを増し、マスキュラを遥か後方へと爆ぜ散ばした。
ギャラリーを蹴散らして倒れ、白目を剥くマスキュラ。
周囲からざわざわとどよめきの声が上がる。
「すごい……倒しちゃった」
そんな光景に、ピーラがぽかーんと呟くのだった。
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