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6.千里眼に映るもの

「マモル様は、どちらのお生まれなんですか?」



 野菜中心の、色と香りで楽しませてくれるアイお手製のランチを堪能していると、ふとそんなことを尋ねられた。



「ええと……」



 マモルは言葉に詰まる。


 ここが別の世界であることは明白。東京などと言っても通じないだろう。


 今の体がどこの出身かも、そもそもこの世界にどんな土地があるのかも知らなかった。


 ええい、ままよ。



「日本の、東京というところだよ」



 彼女が地理に明るくないことを期待して、そのままぶん投げてみる。



「トウキョウ……ですか。どんなところですか?」


「暖かくなると、桜という樹に、薄紅色の綺麗な花が咲き誇るんだ。夜の月明かりに照らされると、とても幻想的なんだよ」


「わあ、素敵ですね! いつか、行ってみたいなあ」



 と、通った!!


 マモルは胸を撫で下ろす。しかし、より重要なことに気が付いてしまった。



「アイ、一つ訊いてもいいかな?」


「はい、なんでしょう」


「この町に住むには、どうしたらいいんだろうか」


「ギルドに掛け合えば、空き物件を探してもらえると思います」



 ギルド。冒険者たちが利用する拠点だったか。どうやらそこは、日本でいう役所のような機能もあるらしい。



「もしよろしければ、うちに住まわれるのはいかがでしょう? 両親が使っていた部屋が空いております。片付ける必要がありますが……」


「そんな、滅相もない!」



 ありがたい申し出だったが、マモルは慌てて差し戻した。


 自分が女性の住む家に同棲するだなんて、そんなことが許されていいはずがない。



「そう……ですよね」



 アイが苦しそうに揺らした瞳に、マモルは立ち惑った。


 解ってしまったのだ。うだつの上がらない中年として生きてきたマモル自身、長く付き合ってきたものだったから。


 提案を断られたことそのものではなく、その理由が、相手が自分を嫌っているからではないと考え、不安になり、そんな風に決めつけてしまう自分自身にも嫌気がさしてしまった結果、ただ必死に底へと押し込んでしまった感情。



――詐欺師。



 あの言葉は、マモルが思っていたよりずっと、彼女の心に傷をつけている。


 アイの目尻から、隠し切れなかった一掬の涙がこぼれ落ちる。



「ち、違うんだ! 決して、嫌なわけではなくて!」



 マモルはテンパりながら言葉を探した。



「アイの気持ちはありがたいし、とても嬉しいよ。けれど、俺はその恩に返せるものを何も持ってないんだ。だから、どちらにせよまずはギルドに行って、先立つものを用意しないと、不甲斐ないタダ飯食らいに成り下がってしまうんだよ」


「ごめんなさい、私……」



 涙を拭うアイの肩を、そっと両手で包み込む。ここで彼女を抱き締められれば格好も付いたのだろう。しかし、マモルの意気地では荷が重かった。



「今夜。戻ってきて、くださいますか?」


「必ず。約束する」



 それだけは固く誓って、マモルはアイの小指に自分の小指を絡めた。






   *   *   *   *   *






 アイからギルドの場所を教えてもらい、人通りの多いところまで出てきたマモルは、改めて、道行く人をひとりひとり、つぶさに見つめてみた。


 しかし、やはり通知が現れたりすることはない。



「やはりアイが別格なんだろうか……」



 独り言ちながら、一つ一つ記憶を掘り起こしていく。それがこの世界で目覚めた一番初めまで戻ったところで、



「…………あ」



 気が付いた。



「【千里眼】」



 小さく呟くと、自分の中の魔力らしき活力が漲り、右目にレーダーを表示させた。


 赤丸がひとつ。ぐるっと後ろを向けば、二回りほど大きい赤丸がアイの家に点滅し、消えた。


 これだけ見目麗しい女性がいるなかで、検知されたのは二つだけ。やはりアイは別格の美しさを持つ女性だったのだろう。


 そして、この町にはおそらく、もう一人の『別格』がいる。



「(……行ってみよう)」



 マモルは千里眼が検知するものの正体を確認するべく、足を踏み出した。


 町の中央、巨大噴水の前を通り過ぎ、さらに奥へ。ここに集まるカップルや、露店を出す店員さんたちではないらしい。


 レーダーの大きさからして、そうは遠くないだろうと高を括っていたが、いつの間にか町を囲む壁際までやってきていた。


 今は日が照っているが、時間帯によっては日当たりが最悪なのだろう。大通りと比べて小さく簡素な家々が、押し込められるようにして建っている。心なしか、周りを歩く人たちの衣服も質素になってきているようだ。


 アイの提案がなかったら、この辺りに住むことになったかもしれない。


 路地を曲がると、レーダーは突き当りの家を示していた。赤丸と、家の壁をよじのぼり、窓から中を覗き込んでいる男が重なる。



「えっ、男に反応するの……?」



 まさかの結果に意気消沈しかけたマモルだったが、男のどう見ても不自然な様子に気が付いて、ハッと顔を上げた。



「まさか、不審者か!」



 止めようと駆け出しかけた、その瞬間。



「ちぇえあああっしゃあ――――ッ!!」



 威勢のいい気声とともに千里眼のレーダーが――もとい、窓ガラスがパリンと割れ、中からキックが飛び出してきた!



「げぼはぶっ!?」


「え、えっ?」



 男が頭を蹴り抜かれて吹き飛び、それを追いかけるように、レーダーが点滅しながら視界外へと消えていく。


 まるで龍が舞い上がったかのような、一瞬の出来事。


 マモルが空を見上げると、体にバスタオルを巻いた少女が天へと突き上げる、健康的で、暴力的な太ももがあった。

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