4.美しいもの
森を抜けると、存外近くにアイの住む町があった。
町というより、小規模な城塞都市といった具合だろうか。居住地をうず高い壁で囲み、魔物の脅威から人々を守護している。
物々しくも見える無骨な外観だが、門をくぐれば雰囲気が一変した。
中央広場の巨大な噴水から放射状に、清流の流れる堀が張り巡らされており、町の全域を彩っている。ほとんど全ての家の窓にフラワーボックスが取り付けられていて、百軒百様のガーデニングたちに目移りしてしまうようだ。
「ようこそ。ここが私たちの暮らす町、エリアスです」
「綺麗だ……」
マモルが呟くと、またも不意に≪スキル【水流眼】が解放されました≫と脳内に響いてきた。
「うわ、びっくりした……」
「どうかされましたか?」
顔を覗き込んでくれたアイに、何でもないと手を振って返し、マモルは思考を巡らせる。
「(そういえば、さっきもスキルが解放されてたな……?)」
アイのお漏らしを見てしまった衝撃ですっかり失念していたが、あの時も通知があったように思う。
「(まずい。スキルはちゃんと詠唱しないといけないのに、名前、憶えてねえ!)」
やらかした。火炎眼と、今回の水流眼。そう考えれば、雷だとか風だとか、そういう攻撃をするスキルだろうか。惜しいことをした。
街路に所狭しと露店が立ち並ぶ水上商店街の中を、アイからはぐれないよう注意しながら歩く。
ここまでに四つのスキルが解放された。問題は、毎度毎度不意を突いてくる、そのタイミングである。
まず一つ目に、この世界で目覚めて、森を眺めた時。
二つ目に、湖で沐浴するアイの姿を見た時。
三つ目に、アイのお漏らしを見てしまった時。
そして四つ目の今が、町の風景を眺めている時。
「(……もしかして、『美しいもの』を見た時がトリガーなのか?)」
一つの仮説に行き着く。森の静謐な美しさ。天使のような美少女の裸体。そんな美少女が見せた扇情的な痴態。そして、水と花が調和した自然の都。
そこで、マモルは周囲の人々へと視線を走らせてみた。道行く女性や、露店で接客中の女性。家の窓から顔を出し、伸びをしている女性……。
「(通知が来ない……?)」
目星を付けさせてもらった女性たちは、生前ならば視線を向けることすら許されなかったような、いわゆる『カースト上位』の美形ばかり。
アイに反応するのならば、あるいは……とも思ったが、そうは問屋が卸してはくれないらしい。
「まあ、アイが飛びぬけて美人だからな」
「なんですか突然、恥ずかしいですよう」
隣から聞こえた苦笑に、マモルは飛び上がった。
「こ、声に出してましたか!?」
「ええ、はっきりと」
「すみません。アイさんの気分を害してしまいましたよね……」
頭を下げると、アイはやはり不快感を抱いてしまったのか、頬を膨らませた。
「ア、イ」
「はい?」
「さっきはアイと呼んでくださったじゃありませんか。そちらの男性らしい言葉遣いも、マモル様にお似合いですよ」
さあ! と急かされて、マモルはもごもごとまごつきながら「あ……あ、アイ」と呼んだ。政治家やタレント以外で女性を呼び捨てにしたことなんて、もう何十年ぶりだろうか。
そんな、どもりに近い状態であるというのに、彼女は、
「はい! えへへ」
と、はにかんでくれるのだった。
思わず勘違いをしてしまいそうになる、向日葵のような眩しい笑顔に吸い込まれそうになった、その時である。
「なんだよ詐欺師。またカモを見つけて来たのか?」
「……っ」
かけられた声に、アイの笑顔が曇ってしまう。
声のした方を見ると、軟派そうな若い男がニタニタと底意地の悪い笑みを浮かべている。
その印象は周囲の人たちも抱いているのだろう。にわかに人の群れが遠巻きに後ずさり、男と、マモルとアイだけが取り残される。
「荷物まで持たせてよォ。冴えない奴を垂らし込むくらいなら、オレと遊んでくれって、いつも言ってんじゃんさ」
「……お断りします。それに、マモル様は冴えなくなんかありません」
「マモル『様』ァ?」
男は耳に手を当て、演技がかかった動作でアイの言葉尻をあげつらう。
「何があったか知らねえけど、気を付けろよ兄ちゃん。その女はな、治癒魔法をかければ済むのに、薬を売りつけて金を巻き上げようとする詐欺師なんだぜ? 惚れてんのなら止めときな」
話を振られ、マモルは大袈裟にため息を吐いて返す。
「信じるものか。俺は、これほどに美しい人を見たことがない」
「だーかーらー。そのお美しいお顔に騙されんなって、忠告してやってんのよ、オレ?」
「……ならば俺からも忠告しよう。アイはたしかに絶世の美少女だ。けどな、彼女のような人を指して『美しい』と表するのは、その心に対してなんだよ」
ふつふつと湧き上がる怒りのままに、言葉を紡いだ。掴まれている裾から、アイの指の震えが伝わってくるから、尚更目の前の男を許せくなった。
「……んだよ。っけんなよ。うっざ、きっしょ! あー、きっしょ!」
男は乱暴に髪を掻きむしり、吊り上がった目をかっ開くと、ギャラリーを突き飛ばして露店からパイナップルのような果実を掴み上げ、
「そんなに心がいいってんなら、こいつの顔をぐちゃぐちゃにしてもいいよなあ!?」
力任せにぶん投げてきた。
それを、マモルは咄嗟に握り拳を作って弾き落とす。
「マモル様!」
悲痛に叫ぶアイの、裾を掴む手を後ろ手に握り返す。
「君……女性に手をあげたな?」
「な、なんだよ。やんのか、あ?」
既に逃げ出す態勢にある男を、しかと睨みつけた。
「喰らえ、【水流眼】!」
直後、男の向こうからドンッと音がしたかと思うと、巨大な水柱が爆ぜた。
怒りのあまり、焦点がブレていたのだろうか。スキルによって天高く打ち上げられた水は、男の頭上から、スコールのように降り注ぐ。
「なん……だよ、今の……」
尻もちをつき、あっぱ口を開けて、男は後ずさる。
「クソッ、憶えてやがれ!!」
男は捨て台詞を吐くと、じたばたと足をもつらせながら逃げていく。
暫しの沈黙の後、にわかに周囲から拍手が巻き起こり、マモルは我に返った。
「すげえな兄ちゃん!」
「カッコいいぞー!」
「アイちゃんを守ってあげてねー!」
賞賛の嵐にどうしていいかわからなくなり、ぺこぺこと頭を下げながら、振り返る。
「怪我はないか?」
「はい、ですが……」
そう伏し目がちに言ったアイは、自分の小さな肩を抱いている。
「その、跳ね返った水に、当たってしまいまして……」
小声で訴えながら、ほんの少し浮かせてくれた腕の中では、可愛らしいお突起様が二つ、濡れ透けしてしまっていた。
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