38.ゴッドハンド(♥)
「うーん、壁の破壊はできないよねえ」
あれから色々なスキルの組み合わせを試してみたが、奥に続くだろう壁に反応はなかった。リュネルの【構造解体】でさえ、うんともすんとも言わなかった。
「だーめだー!」
とうとうピーラが白旗を揚げ、銃弾によって穴ぼことなった絨毯にでんと尻を下ろした。
「俺も少し休憩するか。パソコンやらロボットやらを見て、社畜時代を思い出して頭が痛い……」
忌まわしき記憶によるノシーボ効果に、マモルは眉間を揉みながら腰を下ろす。
「『治癒魔法』をおかけした方がよろしいでしょうか?」
「いいや、大丈夫だよ。ありがとう」
「しかし……」
「これはねえ、直感で解る。スキルで治しても疼きは残るんだよ」
マモルは自嘲気味に笑った。こればっかりはどうしようもないのだ。
目に合う目薬を探しても、磁器リングを首から下げてみても、ホッカイロを肩や首に貼って見ても、一時しのぎでしかない。
頭痛薬とて、あくまで鎮痛するものでしかない。根本の労働をどうにかしなければ、治りかけの炎症の上から焼きゴテを当てられるだけなのだ。
「ああわかる。私も絡繰を弄っている時とか、目が重くなるんだよね」
リュネルが乾いた笑いを漏らす。その反応、同志だな。
「よしっ、じゃあ私がほぐしてあげよう」
そう言って立ち上がり、リュネルが背後に回って膝をついた。
「そこまで大ごとじゃないから大丈夫だぞ?」
「いいからいいから。話を聞いてくれたお礼だよ」
「お、何々、スケベなことしてんの?」
「ほんっとお前は……!」
茶々を入れてきたピーラの首根っこを掴み、アイの方に投げておく。ここで「じゃあピーラちゃんには私がやりますね」と言ってあげられる辺り、本当に天使だ。
「それじゃあはじめますねー」
少し声色を明るくした丁寧語で囁かれ、側頭部に指が押し当てられた。
手袋を外して生きることを決めた彼女の、手のひらの温もりすべてがじんわりと沁みてくる。絡繰弄りをするとは言っていたが、指先にはガサつきやささくれだった様子は一切なく、なめらかな吸盤を当てたように、しっとりと吸い付いてくるようだ。
「巧いな……」
極上のヘッドスパに、早くも骨抜きにされかけていた。もしも今、椅子に座っていたら眠ってしまっていたかもしれない。
「でしょう。探検での稼ぎが芳しくない時はエヴァグリオスに留まって、揉みほぐしのお店で臨時バイトをしていたんだよ」
誇らしげに笑う吐息が首にかかり、少しくすぐったい。
そういえば、ピーラがその手の店がこの世界にもあると言っていたか。中央都市を選んだのは地元を避けるためだろうが、だからといって簡単にできるものではないはずだ。リュネルは間違いなく腕利きなのだろう。
後頭部まで撫でてきた指が、首筋に絶妙な圧力を加えてくる。指だけではなく、手のひら全体を駆使した肌の温湿布が血管を優しく拡げてくれるようだ。
肩まで降りてきた手が、ぐっと押し込まれた。
「おっ、お客さん凝ってますねえ」
「そうなのか?」
社畜時代と比べれば遥かに若い体の今、あまり気にはしていなかったが。
「そりゃそーよ。ウチだってアクワリオと戦った疲れは抜け切れてないし、今のろぼっと? もそうだしさあ」
「ピーラちゃんはレッドウルフとも戦いましたものね」
「えっ待って何か圧が怖いんですけどあいだだだだだ!?」
「うふふふふふ」
向こうは楽しくじゃれ合っているようだった。
つられて笑いながらも、リュネルの手元に異物が混ざることはなかった。そのまま肩をトントンと叩き、鎖骨を撫でられた瞬間に、ふわっと思考がクリアになる。
「すごい、首に血液が流れるのがわかる……」
「ふふっ、それだけ体が固まっていたってことだよ。じゃあ、次は目の周りをほぐしていくね」
ハンカチで一度綺麗にされた手のひらが、目隠しをするように、ぬっと視界に現れる。この可憐で蠱惑的な指先に癒してもらっていたのかと思うと、ここまでのマッサージが無になるくらいに緊張してしまいそうで、可笑しくなる。
親指の付け根のふっくらした部分が、優しく眼窩に触れる――その時だった。
バチンと走った衝撃に、小さな悲鳴を上げてリュネルが手を離す。
「きゃっ!?」
「あー……」
忘れていた。そういえば、彼女は聖痕の継承者なのである。
≪スキル『解析眼』のレベルランクが上がりました≫
≪スキル『診眼』解放条件の一つがアンロックされました≫
意識に浮かび上がった新たな虹彩の可能性に、マモルは確信を得た。やはり聖痕の持ち主と、この【神眼】は関係があるらしい。
「大丈夫?」
手を擦りながら、リュネルが尋ねてくる。
「俺は問題ないよ。リュネルこそ、平気?」
「うん、ちょっと驚いただけ」
「どうやら『聖痕』と俺の眼は、関係があるらしいんだよ――」
宥めるように説明をしようとした矢先だった。
『ようこそ。我が子らよ』
どこからともなく、老成した男の声が聞こえてきたかと思うと、部屋の奥の閉ざされていた壁が音もなく開いた。
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