3.薬師アイ
「うう、お見苦しいところをお見せしました……」
湖の綺麗なところで体を清め直してから、陸に上がって服を着た金髪の美少女が、もじもじと身体を悶えさせて言った。
「い、いえ。そんな、見苦しいなんて! むしろ綺麗だったといいますか……!」
「~~~!!」
声にならないか細い鳴き声を発して、さらに真っ赤になってしまう。
改めて見ると、彼女はやっぱり美しかった。
ぱっちりとした目に、磨き上げたエメラルドをはめ込んだような瞳。きめの細かい肌。おろした長い金髪と、ワンピース状の服とがフレアのように揺れ、簡素な着こなしながらもドレスを纏っているかのように錯覚させる。
襟元から覗く鎖骨のラインは滑らかで、服の上からでも胸からくびれ、腰までのラインが完成されていることが見て取れた。
キレイとカワイイが調和した芸術は、現実世界で見た記憶のあるどんな美人にも勝るとも劣らないだろう。
マモルが見惚れていると、少女は「それにしても!」と話を切り替えた。
「凄い腕前でしたね。もしかして、名のある冒険者さんでしょうか?」
「冒険者? では……ないと、思います。はい、ないです」
美人を前にした緊張のせいか、マモルはたどたどしく答えた。
「もしかして、ギルドに登録はされていらっしゃらない?」
「はい。というか、ギルドってなんですか?」
「ええっ!?」
少女のまん丸の目が、さらに丸くなった。
「ご存じないんですか?」
「恥ずかしながら、仕事でいっぱいいっぱいで、世間に疎くて……」
マモルは頭を掻き、元の世界でも何度か使ったことのある言い訳をした。町に流れる有線放送の曲も知らないし、人気のVTuberはおろかYouTuberすらも、そういうものが職業になりつつあると知っているくらいで、誰が誰なのかも知らない。
そして、そう白状すれば決まって、白い目で見られる。必死に働いてきただけだというのに、趣味は人それぞれだというのに、世間知らずだとバカにされるのだ。
マモルは目を瞑り、罵倒を覚悟する。
だが、少女は違った。
「そんなにお強いのに勿体ないです!」
「……えっ?」
「ギルドとは、町にある冒険者たちの支援拠点です。冒険者さんたちはそこで依頼を受け、魔物を討伐したり、貴重な物品を集めてくることで報酬を得ます。戦うだけでは生活ができませんから」
細い指を立て、笑顔で丁寧に解説してくれる姿に、マモルは気組を解かれたような感覚を覚えた。
「ええと、俺みたいな世間知らずを、嗤わないんですか?」
おそるおそる訊ねると、少女は何を言ってるんだといわんばかりに小首を傾げた。
「あなたはお仕事を頑張っていらしたのでしょう? それはとても素敵で、立派なことじゃありませんか。賞賛こそすれ、嗤うだなんてとんでもありません」
「あ……りがとう、ございます」
眩しい微笑みに、マモルは思わず目頭が熱くなった。
ずっと、無為に過ごしていたと思っていた三十余年。婚期などとうに過ぎ、このまま死ぬまで一人なのだという現実を頭から振り払うように、我武者羅に生きてきた。
ただ一言『頑張っている』と言ってほしかった。生きていていいんだと、認めてもらいたかった。
それを、目の前の少女は、さも当たり前かのようにくれた。
「(実はここは天国で、彼女は本当に天使なのかもしれない)」
もうそれだけで、この右も左もわからない世界でも頑張っていけそうだという、根拠のない理由になってしまう。
心が洗われるというのは、こういうことだろうか。
「そんな、お礼を言うのは助けてもらった私の方です。遅くなってしまいましたが、ありがとうございました!」
そう言って、ふかぶかー、と少女が頭を下げる。可愛い。
しかも襟元から、ふたつの膨らみが覗いている。柔らかそう。
「こ、こちらこそ、ありがとうございます!」
咄嗟に口を突いて出てしまった。思えば、ここまでにも相当イイものを見せていただいた気がする。
「ですからこちらが!」
「いえいえこちらこそ!」
そんな風に、名刺交換のような謎のお辞儀合戦をしたところで、どちらからともなく噴き出し、笑い声に変わっていく。
「あはははっ、あー、おかしい。とても謙虚な方なのですね、あなたは……ええと、なんとお呼びすればよいでしょう?」
「そういえば名乗っていませんでしたね、すみません。私は常深――」
言いかけて、思いとどまる。目の前の女性は日本人離れをしていて、どちらかといえば西洋風に感じる。彫りが深いというわけでもなく、言ってみれば、駅や電車の広告で見たアニメのキャラクターのような……そう、『ファンタジー』が相応しいだろうか。
「マモル・ツネミといいます」
咄嗟に、ファミリーネームを後ろに回した。結果として、それは正解だったらしい。
「マモル様ですね。私はアイ・ルミナス、町で薬師をしています。今日も薬に使う花を摘みに来たのですが、こんなことになってしまって……」
そう言いながら、アイが籠を掲げて見せる。
色とりどりのブーケは、マモルにはどれがどんな薬に使われるのか見当も付かないが、少なくとも、彼女に似合うということだけはわかった。
「よろしければ、これから私の町へいらっしゃいませんか? 是非、お礼にご馳走させてください」
そんなアイの提案は、渡りに船だった。町までの道もわからなかったし、言われてみれば、危険が通り過ぎた途端に腹も空いてきたように思う。
「籠、お持ちしますよ」
「あ、ありがとうございます! 本当にお優しいんですね、えへへ」
かくして、マモルの異世界での第一歩は、天使のような薬師の美少女とともに踏み出すこととなった――
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