28.水瓶都市の夜明け
「「ちぇええすとおおおおおお――――!!」」
マモルとピーラの蹴りが、アクワリオの殻をぶち抜いた。
そのまま速度に乗って、屋根の上を滑走路にするように着地する。完全にスピードを殺し切ったところで、颯爽とターンしながら立ち上がった。
「「断☆罪!」」
マモルとピーラは鏡映しのようにポーズを決め、ハイタッチした。
* * * * *
太陽が壁より高く登り、エリアスを平穏の光で包み込んだ。
朝露の靄がしっとりと髪を濡らす町並みを、ピーラと並んで歩く。ボロボロの体で物見遊山気分を味わうのは、どことなく可笑しくて、清々しかった。山登りの達成感と似ているのかもしれない。
「うん、元凶を倒したことで、水路も元に戻っているね」
【解析眼】を通して視た結果を告げると、ピーラがほうっと胸を撫で下ろした。
「良かったあ……あーなんか終わったと思うとどっと疲れた。眠い。マモルぅ、おぶって」
「いやだ」
「けちー」
わざとらしくぶーたれて膨らむ頬は、指で潰しておいた。
噴水広場の方へ戻ると、目立つ長身のスタボーンの隣で、おろおろと人の波に目を凝らすアイがいた。
彼女はこちらを発見すると、脇目も振らず――途中でぶつかった人にはちゃんと謝りながら――こちらへ駆けてくる。
「マモル様、ピーラちゃん。おかえりなさい!」
「ただいま」
マモルはようやく見ることのできた彼女の笑顔に、涙が出そうになった。
これが、俺の守りたかったものなんだ。
「そして、おかえり」
「えっ……」
きょとんと目を瞬かせるアイに、ピーラは照れくさそうに鼻を指で擦る。
「アイっちも、これで容疑は晴れたわけっしょ?」
「あっ……」
彼女の水晶のような瞳が、じわりと濡れた。
「けれど、亡くなってしまった方は、もう戻らないんですよね」
唇を引き結んで震える声で、アイが目を伏せる。
その肩を、マモルはそっと抱き寄せた。
「――貴様の罪ではない。アイ・ルミナス」
「スタボーンさん……」
顔を上げたアイに、護衛を引き連れてやってきたスタボーンが帽子を外して胸に抱え、深く一礼した。
「此度の誤認逮捕、誠に申し訳なかった。そして、事件解決の協力、痛み入る」
「そんな、私はほとんど何も。戦ったのは、マモル様たちですよ」
アイが手を振ると、スタボーンは改めてこちらに向き直り、また一礼した。
「うわ、素直に頭下げられると、なんかツッコミづらい」
「ツッコむこと前提にするな」
ピーラの頭を押さえて頭を下げ返す。
「ふっ、都を救った英雄が、緊張感の欠片もないな」
苦笑したスタボーンに、マモルもつられて笑った。
「町の毒も消えつつあるらしいな。然るべき調査をし、安全が保障されるまではもう暫く時間を要するだろうが」
「あの、人の毒は?」
「まだ報告が入っていないな。エイド?」
「はっ!」
スタボーンに視線を送られた騎士団員が、姿勢を正して答える。
「未確認モンスターの消滅後、我々で避難所に声をかけて回った際には、未だ臥せっておられました」
「大変……これを使ってください」
アイが差し出した包みに、スタボーンが尋ねた。
「これは?」
「私の調合した薬です。毒の侵攻を食い止める作用と、体の代謝能力を高め、毒を輩出しやすくする作用があります。一日一回、数日間服用してください」
「俺からもお願いします。警吏の方が持って行けば、彼らも安心して受け取ってくれるでしょうし」
「ウチらが持って行っても罵詈雑言の嵐だったしねぇ」
頭の後ろで腕を組み、苦々しい顔でピーラが笑う。
「成程。それが貴様らの脱獄理由か」
「ええ、はい……」
「持って行け」
「はっ!」
スタボーンが指示を出すと、騎士団員は直ちに散開する。
その背中を見つめていたアイが、ふらりと態勢を崩した。
「大丈夫か?」
「すみません、ほっとしたら、膝が……」
気丈に笑って見せる肩を支える。無理も無いだろう。
マモルもどうして立っていられているか判らないくらいだった。アドレナリンだろうか。
「もう一つ、安心する情報だ。スパイト・アノネストは既に身柄を確保した。気を失ってはいるが、生きている。罪を償うのは彼になるだろう」
「しかし、彼も深淵を見せられた者です」
「深淵?」
眉を潜めるスタボーンに、マモルたちはアンタレスのことを知っている限り伝えた。
「ああ、あの男か……」
「捕まえるべきは、そのアンタレスかと。アクワリオが『水瓶』の反転だと奴は言っていました。他の都市も危ないかもしれない」
「ふむ……」
顎に手を当て、スタボーンは唸った。
「俺も各地を回るつもりでいます。奴らと遭遇すれば、戦います」
「……正気か? 貴様たちの話を聞く限り、道が険しいどころの騒ぎではないが」
こちらを見据える瞳を、マモルは正面から見つめ返し、頷く。
瞳の色を深くしてしばらくこちらを観察していたスタボーンは、やがて眼を閉じ、背を向けた。
「……必ずやり通せ。それを約束するのなら、脱獄の件は目を瞑ろう。上層部を通してからになるが、各地の警吏にも協力を仰げるよう手配しておく」
「ありがとうございます!」
頭を下げる。スタボーンは振り向くことなく去って行った。
小さくなる背中を見送りながら、ピーラが呟くように言った。
「そっか、やるんだね」
「ああ。この世界を旅したいと思っていたところだったしね」
「しゃーない。このピーラちゃんがついていってしんぜよう!」
「いいのか?」
「モチのロン、断られてもついていくからね。ウチも聖痕のことについて知りたいし」
そう言ってピーラは、マモルの胸に拳を軽く押しあててきた。
頼もしい言葉だった。
「アイっちも行かん?」
「私は……」
アイは言い淀む。しかしそれは、断る言葉を探してのものではなかったらしい。
彼女の彷徨う視線を辿ると、いつの間に周囲には、気まずそうにこちらを見る人たちの姿があった。そのうちの何人かは、マモルも避難所で見覚えがあった。
アイと彼らの間に割って入るように、ピーラが立ちはだかる。
「あんたたち、ごめんなさいの一言も言えないわけ!?」
怒鳴りつけられた人々は、狼狽えるように目を伏せた。
「い、いいんです。誤解さえ解ければ……」
「甘い! アイっちは甘い!」
憤慨して見せるピーラだったが、彼女も握りしめた拳の行き場が彼らではないことは重々承知のようで、やるせなく自らの太ももを叩きつけている。
「仕方ないさ。時間が解決してくれるのを待つしかないよ」
宥めると、振り返った彼女はマモルの胸に顔を埋め、潤んだ目を隠した。優しい温もりだった。
「それまでは、他の町の人たちに寄り添ってみないか?」
「はい。私、やってみます」
そう言って、アイは顔を上げた。膝の震えは止まっているようだった。
負けてられないとばかりに体を起こしたピーラは、ぐしぐしと袖で乱暴に目元を拭い、少し駆け出してから振り返った。
「つってもまあ、もうクタクタだし、とりま今日は帰って休もうよ。ウチも風呂に入りた――」
そこまで言いかけて、ピーラは凍り付いた。そしてがっくりと膝から崩れ落ち、頭を抱えて蹲る。
「そういえばウチの家のお風呂場の窓、壊れたまんまだ!?」
アクワリオを前にした時でさえ見せなかったような絶望の表情に、マモルとアイは顔を見合わせ、噴き出した。
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