23.緑の神眼:パナケイア・アイリス
≪貴方の眼は【神眼】になりました≫
かっと目を見開いた。
「――【爆炎眼】!」
唱えた【火炎眼】のスキルランクが跳ね上がり、巨人が歓喜に揺れたことで飛び散って来た毒泥を爆ぜ飛ばす。
マモルは意を決して膝を深く曲げ、飛んだ。
「うおおおおおお! 【激流眼】!!」
迸らせた水で巨人の胴体を穿ち、そのまま激流をヴェールにして滝登りのように押し上がる。
しかし完全に毒を躱すことは出来ず、肩が、足が、頬が、灼けるような激痛に襲われた。
それでも手を伸ばす。最早腕がついている感覚もなくなっているが、それでも。
「アイ!!」
「マモ……様……」
加速。掴むことは諦め、残った胴体でタックルをするように彼女を押し出す方針に切り替えた。だがゲルの弾力は予想以上に強く、中々体が進んでくれない。
『ガア゛ア゛、ア゛イ゛ィィ!!』
「(ぐっ……どうすればいい!)」
巨人が遠吠えをした体内は、まるでウォーターベッドを異次元の強さに振り切らせたような振動が波打ち、歯を食いしばっていないと胃がひっくり返りそうだった。
だがマモルは失念していた。それは、まだ歯を食いしばる余裕がギリギリ残っている自分だから言える話なのだ。
「ごぼ、ぐ……あ……」
既に限界を迎えつつあるアイは、無理矢理肺の空気を押し出されたことで白目を剥き始めている。
「(ええい、ままよ!)」
マモルは感覚のない体を懸命に動かし、彼女の体を這い登るようにして寄り添う。
そして、わずかに残っている吸気を、口づけで共有する。どれだけ持つかはわからない。既に二酸化炭素と化しているかもしれない。
けれど、それでも。少しでも命を繋げるのなら。俺の命で、彼女の命が助かるのなら!
「(生きてくれ、アイ!)」
強く願い、全てを託す。
≪スキルの解放条件が、すべて達成されました≫
頭に通知が鳴り響く。
≪開きなさい――其の虹彩の名は【清眼】≫
信じるぞ、俺の眼!
「【清――眼】!」
瞳から緑の光輪が発された。それは見たこともないような文字で描かれた魔法陣を形成すると、虹彩となってマモルの右目に宿る。
「(これは……)」
まるで見て来たかのような記憶の断片が、眼球の裏に流れてくるようだ。その中から、今最も欲しい権能の一片を掴み寄せる。
先ずはアイを視た。するとたちまち、彼女の焼け爛れた体は元の美しい姿へと戻っていく。溶けて失われた服や、傷んでしまった髪さえも。
このためには自分が彼女の健常な姿を『視る』ことが必要だが、幸いにもマモルの瞼には、出会った時に焼き付いた、彼女の産まれたままの姿が記憶されている。
彼女の照れた顔も、泣き顔も、怒った顔も、笑い顔も、すべてを刻みつけているのだ。
「戻って来い、アイ!」
「……かはっ」
腕の中の天使が、すんでのところで息を吹き返した。
マモルは自分の体も【清眼】で修復し、【爆炎眼】で内側から巨人を食い破って外に出た。
手近な屋根に着地し、周囲の毒スライムを蹴散らした後で、腕を揺さぶる。
「アイ、大丈夫か!?」
「マモル様……」
まだ体力は回復しきっていないのだろう、虚ろな目でこちらを見上げたアイは、
「信じて、ました……」
目尻から清らかな雫を落とし、ぐったりと目を閉じた。
脈があることを確認し、ほっと胸を撫で下ろす。それからできるだけ巨人から離れた家――それも見た感じ女性の生活感が窺えるところの――のベッドを拝借し、そっとアイを横たえさせる。
「すぐに迎えに来るから」
寝顔に声をかけて家を後にした。
屋根に飛び上がり、呻きながらもどてっぱらに空いた風穴を埋めつつある巨人を見据える。
不意に、背後から拍手が送られた。
「素晴らしい! 流石は『神眼』を授かりし男だ」
振り返ると、足下まで垂れた重たいローブと顔より一回り大きい仮面で身を隠した男が、下卑た笑みを浮かべて立っている。
マモルは、その男の血溜まりのような赤い双眸に戦慄した。
「お前は……!」
「お初にお目にかかる」
男は胸に手を当てて慇懃に礼をしてから、頭を垂れたまま獰猛な眼光だけをこちらに向けて、言った。
「ボクはアンタレス。この世を救うため空の裏から遥々降って来た、星の一人だよ」
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