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21.眩しい背中

 ……ああ、無理だ。


 マモルは膝を突き、虚ろな目で、濁った汚泥のような巨人を悄然と見ていた。


 【解析眼】が弾き出したのは絶望的な未来だった。


 もう、立ち上がる気力さえ湧いてこない。


 巨人の図体がぬるりと回転し、振り向いたコアのような単眼が、こちらを捉えた。



『ア、アア゛ア゛……見ヅゲダア゛ア゛ア゛!!』



 水道の蛇口を逆さにして水を出したように腕が伸び、ヘドロの拳を形成していく。


 振り抜かれた毒の拳が迫るのを眺めていると、はす向かいの屋根から飛び出してきた光によって、視界が後方に突き飛ばされた。



「何してんの、死にたいワケ!?」



 ピーラの怒号が耳を劈く。けれど、どうすることもできない。


 眼下では、巨人の拳に抉り取られた民家の屋根がしゅうしゅうと煙を立てて溶けていた。


 離れたところで下ろされた。巨人はそれほど視力は良くないようで、夜の闇の中でこちらを見失ってくれたようだ。



「しっかりして! ねえ、マモルってば!」


「……なんだ」


「えっ、何て?」


「無理なんだよ! もう水路は助からないんだ!」



 マモルは八つ当たりをするように喚き散らした。


 しかしピーラは、こんな俺からも離れずに話を聞いてくれようとする。



「聞かせて。どういうこと?」


「『解析眼』で視た。アレは悪魔だよ。さっきも見たろ、奴の体は猛毒で、触れたもの全てを溶かしてしまう。それが町の水路を侵食していっているものの正体だ。

 水だけじゃない。今頃、奴の体から滴った汚泥が地上に落ち、それらは毒の魔物となって町に蔓延る……巨人が生きている限り、無限に」



 マモルが歯噛みするのと同時に、どこかで悲鳴が一つ上がった。



「そんな……」


「アイがどれだけ多くの薬を作っても、俺たちがどれだけ早く薬を配っても、無理なんだ。これは人に対する毒じゃない。都市そのものを沈める病理なんだ」


『ア゛イ゛、ア゛ァァイ゛……ア゛イ゛ィィィ!』



 巨人が奇怪な呻き声を上げて腕を振り回す度に、悲鳴は一つ、また一つ二つと増えていく。



「何だァこいつは! 【肉体強化(ギガバルク)】!!」


「マスキュラ!?」



 近くで聴こえた威勢のいい声に、ピーラが反応した。



「皆怯むな! 俺様たち『鉄の牙』が、必ずエリアスを守るぞ!」


「「「応!!」」」



 どうやら避難活動に協力していた冒険者たちが、次々と戦いに転じているらしい。



「戦っても無駄だ、アレは永遠に湧き続ける……」



 マモルは乾いた笑いを顔に張り付かせた。もう笑うしかない。マスキュラたちだって、この状況に終わりが来ないことを悟れば諦めるだろう。



「じゃあ、助けないの?」



 不意に、ピーラから問いかけられて驚いた。


 助けてどうなるというんだろう。勝てないのに? それでも助けろって?



「助けたところで……」


「無駄だから?」


「そう、そうだよ。言ってるじゃあないか! 俺だって、助けられるなら何とかしたいさ!」



 一度回り始めた舌は、止まらずに言葉を紡いでいく。



「でももう詰んでるんだよ! これまでただ頑張ってきただけなのに、道を閉ざされてばっかりで! おっさんおっさんって、後ろ指を差されるばっかりで! 社会の底辺のアラフォーなんて、結婚相談所でも相手にされやしない!

 何もできないまま死んで、異世界に来て、今度こそ何かできるかもって思ったのに! アイやピーラと出会えて、もしかしてって思ったのに! 薬を届けても暴言吐かれて、それでも頑張らなきゃって、君たちの故郷を守らなきゃって、そう思った矢先にあの巨人だ! どうしろっていうんだよ!」



 拳を叩きつけながら吐き続ける。それを、ピーラはただじっと聞いていた。



「わかってるんだよ……だから社畜だったんだってのは。だから彼女の一人もできなかったんだってのは。でもそうしか生きられないんだよ。せめて穏やかに死なせてくれよ……」



 吐いて、吐いて、吐き出して。舌の水分がからからになって嗚咽と胃液が喉の奥に張り付いた頃、頭上から声がかけられた。



「ウチは嫌だな」


「……えっ?」


「何もしないで死ぬよりも、失敗しても何かに挑んで死ぬ方がずっといい。それが誰かのためになるならもっといい。両親の記憶すらない孤児(みなしご)は、だから冒険者になったんよ。

 今度こそ何かできるかもって、思ったんでしょ? マモルならできると思うよ」



 どこか遠くを見ながら、夢を語るような優しい声音で。


 光の失っていない瞳で。毅然と伸ばした背筋で。


 彼女は笑った。



「待ってるから。――【竜脚ドラゴニック・ブースト】!」



 眩しい背中が、マスキュラたちの方へと飛び降りていく。


 一人取り残されたマモルは、底が擦り切れて血の滲んだ、空っぽな手を伸ばしていた。



「ピー、ラ……」



 どうして君は、そんなに強くいられるんだ。


≪スキル『心眼』解放条件の一つがアンロックされました≫


 頭の中に響く通知さえ鬱陶しく感じて、マモルは屋根瓦を拳で叩いた。

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