2.初戦。そしてお漏らし
咄嗟に少女とオオカミの間に割り込んだマモルだったが、そこで重大なことに気が付いた。
「そういえば俺、剣とか何にも持ってねえ!」
出で立ちこそ、子供の頃にやっていたゲームの勇者のようなものではあるが、肝心の武器はおろか、防御に使う盾も持っていない。
身を守るものといえば、胸当て程度の軽鎧だけ。
『ガルルルルルルッ!!』
「あ……あ……」
空気を震わせる地鳴りのような唸り声、剥き出しにした鋭い牙。生温かい臓腑からの息が、白い湯気となって口の端から漏れている。
一方のマモルは、下の端の蛇口から漏らしてしまいそうになっていた。
怖い、怖い、怖い、怖い!
「一体どうすれば……!」
マモルは必死で記憶のページを捲りまくった。しかし、令和の日本で生きてきた人間にとっては、戦う術の知識などほぼ存在ない。近所の飼い犬でさえ怖いのだ。野良の、それもオオカミに睨まれているとあっては、思い浮かぶのは死んだふりくらいである。
歯噛みしながら、考えることをやめようとした時だった。
ふと、直近の記憶が脳裏をよぎる。
――≪スキル【火炎眼】が解放されました≫
「そうか、スキル!」
そうだ、謎の通知文を受け取っていたはずだ。
「(火炎『眼』というくらいだから、千里眼のスキルと同じように、目で何かをするスキルなんだろう。目で、火炎……燃やす……そうか、見たものを燃やすとか、そういうスキルなんじゃないか?)」
見当をつけたマモルは、ガタガタと震える足腰で踏ん張りながら、オオカミを睨みつけた。
「燃えろ!」
……シーン。
「ほ、炎よ出でよ! ファイヤー!! や、闇の焔に抱かれて眠れ!!」
しかし、何も起こらない。
「なんでだよ、なんなんだよ!」
パニックに陥り頭を抱えるマモルに、とうとう痺れを切らしたオオカミが、吼えた。
『ガアアアアアアッッッ!!』
「うわあああ!」
マモルは尻もちをついた。飛びかかってくるオオカミを見上げながら、悲鳴のように叫ぶ。
「お、俺は女の子を助けたいんだ! 発動しろよ、【火炎眼】!!」
刹那、爆発が起こった。
炎の球体がオオカミの開いた大顎を押し開くように爆ぜ、遥か後方へと弾き飛ばしたのだ。
地面をのたうち回ったオオカミは、やがてぐったりと動かなくなり、光の塵となって風に消えた。
「やっ、たのか……?」
マモルは呆然と、穏やかさが戻った空気の中で目を瞬かせる。
「そうか、『燃えろ』とか、そういうのじゃ駄目なんだ。ちゃんとスキル名を唱えないと……」
合点がいき、安心したとともに少し怒りが込み上げてきた。そういう大事なことも通知してくれよ。
どっと疲れた。
へたり込んでしまおうかと思ったが、もう一つ重要なことを思い出した。
「大丈夫ですかっ、お怪我はありませんか!?」
マモルが美少女の方へと振り返ると、彼女は顔を真っ赤にして唇を噛みしめ、俯いていた。
「見ないで……ください……」
「えっ?」
「ごめんなさい、安心したら……っっっ!」
彼女がぎゅっと目を瞑る。その腰元、水中から、少しずつ黄色いものがもやあと溢れてきていた。
「あ……やだ、止まらな……だめぇ」
少女は涙目で、湧き出るものを隠そうと手を伸ばす。その結果、隠していた胸が露わになっていることには気づいていないようだ。
マモルは少女の生お漏らしに目が釘付けになってしまっていたが、どうにか気力を振り絞って背を向けた。
「お、俺! もう行きますんで!」
気まずさから立ち去ろうとすると、背後から「待ってください!」と呼び止められる。
「置いていっちゃ……ぐすっ……や、です……」
「(えええええーー!?)」
マモルはどうしていいかわからなかった。
背中越しに聞こえるかすかな喘ぎ声が耳を苛み、瞼の裏に焼き付いた美しい裸体とあわさって、ずっと心臓がバクバク言っている。
≪スキル『――眼』が解放されました≫
煩悩を振り払うように、空を見上げた。
右も左もわからぬ異世界。これから俺、どうなっちまうんだ……。
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