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19.想いを練り込んだ薬

 石階段を駆け上がると、クラークが飛び上がった。



「皆さん!? (ど、どうやって出て来たんですか!?)」



 声のトーンを落としてくれた彼女に、アイが拝み込む。



「すみませんが、話は後にしてください。私、薬を作らなきゃいけないんです!」


「薬を……? まさか」


「ああ、治癒スキルじゃ対処できないんだろう。けれどもしかしたら、アイの薬ならどうにかできるかもしれない」



 そう告げると、クラークは上司からの無茶ぶりを受けた社員のように、もの凄く困った顔で頭を抱え、呻きながら座り込んだ。



「それは、できるならしていただきたいですけどぉ……確証はないんですよね?」


「残念ながら……はい」


「私はただの受付であって、権限ないんですよぅ……スタボーン警吏補たちも出払っておりますし」


「むしろ今がチャンスじゃん?」


「ああ……終わった。権限もないのに責任問われてクビになるんだ……」



 可哀そうだが、あと一押しだろうか。



「さっき、どうやって出て来たのかと聞きましたよね。俺が牢を壊したんですよ」


「……はい? いやいやいや、S級冒険者でも一時勾留できるくらいには頑丈なんですよ!?」



 クラークは血相を変えて石階段を下りていった。



「え、ウチら置いてっていいの?」


「さあ……」



 マモルたちがぽかーんと呟いた直後に、階下から「ああああああっ!?」と絶叫が響いてきたかと思うと、顔を引きつらせたクラークが戻って来た。



「か、壁に鉄格子が刺さってたんですけどぉ……?」


「言ったでしょう。ですので、案内してくれなければ、ここも破壊します」


「ひぃ~ん!?」



 すっかり怯えてしまったクラークは、鼻をすすりながら、「わかりましたよ、やればいいんでしょうやれば!」と吹っ切れたように顔を上げた。



「私だって避難したいのに、ギルドを避難場所にしたいからと残らされるし! 私受付嬢ですよ? 一般市民側ですよ!? で、どこに行きたいんですか脱獄者さん!?」


「ええと、その……」



 あまりの豹変っぷりに、マモルはたじろいだ。そういえばうちの社の受付嬢も給湯室ではこんなだったか。


 クラークの案内で、ギルドの裏側を進む。案の定、アイの家から押収された物品はギルドに一時保管されているらしかった。



「こちらです」



 一つの部屋に案内されたアイは、手早く駆けずり回り、道具類の不足がないか確認していく。



「クラークさん、毒が検出されたという水路の水はありますか?」


「いえ、ありませんけど……あ、でも、今やほぼ全域が汚染されていますから、外で汲んで来れば――」


「お願いします!」


「え、私……? はいはい分かりましたよぅ!」



 もうどうにでもなれー! と叫びながら、クラークがコップ一杯の水を汲んできた。


 それを受け取ると、アイは舌を伸ばし、そっと表面に触れた。



「ちょちょちょ、何やってるんですか、毒入りですよ!?」


「大丈夫だから、彼女に任せて」



 どこかで見たようなリアクションを宥める。


 アイはほんのわずかに顔を顰めながら、暫く水を口の中で転がし、手近な空の容器に吐き捨てた。



「これは腐蝕毒ですね」


「腐蝕……? それは治せないのか?」


「いいえ。クラークさん、毒に侵された方に対する治癒スキルは、()()()()()()()()()()のではありませんか?」


「えっ、は、はい。その通りです。けれど直ぐに容体が戻ってしまって……」



 目を伏せるクラークに、アイは「やっぱり」と頷いた。



「大雑把に言いますと、治癒スキルは基本的に、外傷の修復と、毒や麻痺などの体内に侵入したものを浄化することができるものなんです」



 アイは髪を結い上げてから手袋をし、がさごそと薬剤の袋を漁りながら言う。



「けれど、治せないものがいくつかあります。たとえば、戦いで手足を失った方。直ちに治癒魔法をかけることができればその限りではありませんが、時間が経過してしまうと、もう元には戻りません。傷痕なんかが残ってしまうのも、そういうことですね。

 そしてもう一つが、体の内側を侵していく性質の毒です。化膿した傷から膿を取り除かないまま手当てをしても意味がないように……血を浄化しても毒の瘤が残っていれば、そこから再び拡がってしまうんですよ」



 アイの説明を聞きながら、マモルは癌細胞のようだと思った。完全に摘出できず、転移を受け入れることを強いられる人は数多いと聞く。


 その進行速度がさらに早いものだと考えれば、マモルが想定していたものよりずっと危機的な状況だった。


 一方のアイの手つきは淀みなく、説明しながらも何かの実をブレンドしたものを薬研で砕いていく。


 真剣な横顔だった。彼女の切なる願いが一つ、また一つと押し込められる度に、挽かれた粉が湧いてくるようにさえ見える。



「体の自浄作用を高める薬を使います。数日服用をしなければなりませんが、治癒魔法による浄化と併せれば、毒から解放されるはずです」



 仕上げに聖痕からの恵みを繋ぎとし、練り合わせて小さく千切ったものを並べていく。



「今、唾液を……? えっ、どうして!?」



 混乱が極まった様子のクラークには、ピーラが「今はウチらを信じて、そういうものとして受け入れて」とそっと肩に手を置いていた。



「形を整えている暇はありませんね……マモル様、ピーラちゃん。これを避難所まで届けてくれませんか?」



 空にした花籠一杯に放り込まれた不揃いの丸薬が二つ、差し出される。


 マモルとピーラは、二つ返事で頷いた。

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