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17.毒の行方

 マモルは生前の自分についてを、簡潔に吐き出した。



「そんなわけで、社会の落伍者だったんだよ」



 簡潔に、などと言えば聞こえもいいが、搔い摘まむどころか、何も拾う所がなかったのが真実である。かき集めようとしても、隅っこに詰まった欠片さえ見当たらないことには、流石に少し堪えた。


 仕事は出来ない、彼女も友達もいない、打ち込めるものもない。ルーティンワークに支配された結果に残ったのは、生きている亡者が愚鈍に彷徨った、まるで意味のない足跡。



「怖かった。より上の仕事に挑んで挫折するのが。人と触れ合って傷つくのが。趣味に籠ろうにも、その取っ掛かりでつまづく未来が見えて、始めることすら億劫になっていた」



 誰しもはじめは初心者であるという。しかし結局のところ、その第一歩を乗り越えられなければ、そこで終わるのだ。

 


「何もない。それが俺、常深衛という男だよ」



 口にしてから、男だったかも定かではないなと可笑しくなった。男らしい立派な行動も、男としての生物的行動も何もしてきていない。せいぜいトイレに行った時に、持って支えるくらいだ。


 日本という国を生んだ神は、己のムスコを指して『一ヶ所だけ余っている』と言ったらしい。皮肉にも、その通りだった。


 俺は、一ヶ所どころかすべてが余っている。



「でもさ」



 既に終わった人生に、続きを唱えたのはピーラだった。



「マスキュラを救った」

「私のことも助けてくださいました」



 アイが、少し遡った空白のページに補足を入れてくれる。そしてまた、ピーラと出会った後へと戻り、言葉を紡ぐ。



「私が捕まる際に駆け付けてくださったことを含めれば、三度です。出逢ったばかりなのに、私、三回もマモル様から助けてもらっているんですよ?」


「へえ、じゃあウチのを入れたら四回、……いや五回かな?」


「二人とも……」



 常深衛という空っぽのポートフォリオが、あっという間に色彩を得る。


 震えているのは、現実と向き合った慚愧の念だろうか。それとも、思いがけず優しさを与えられたことに感極まったからだろうか。


 答えは後者だというように、アイが手を包んでくれる。



「マモル様は、何もない人なんかじゃありませんよ」



 じっと合わせてくれる穏やかな慈愛の瞳は、まるでとうに涙を失った常深衛の代わりをするかのように、涙で揺れていた。



「……ありがとう」



 彼女の手に、もう片方の手のひらを重ねる。そこへピーラの細い指が不愛想なフリをして添えられた。



「アイ・ルナミス!」



 牢の外から響く怒声に、マモルたちはびくっと肩を跳ねさせ、手を引っ込めた。


 親の仇を見るような形相で駆けこんできたスタボーンが、きっとアイを睨めつける。



「先ほど、八人目の犠牲者を確認してきた。被害者はみな、我々の回収の手を掻い潜って薬を持ち続けていたようだ!」



 その言葉を受け、アイが口元を押さえて悲鳴を堪える。


 彼女には、その八人の――おそらくもっと多くの心当たりがあるのだろう。その誰かが亡くなってしまっていることに、アイは胸を押さえて咽んでいる。



「随分と信頼されていたんだな。それを裏切る気分はどうだ? さぞ気持ちいいのだろうな、外道め!」


「ちがう! アイはそんなことしない!」


「本官はアイ・ルミナスに問うているのだよ!」



 叫んだマモルを黙らせるために、スタボーンは鉄格子を強かに蹴りつけた。



「答えろ、どんな気分だ。何れの者も、貴様が作った薬の包み紙を手に絶命していた。薬を求める人々を弄んで、何が愉しいんだ!」


「私はやっていません!」


「ああ、それも問いただそうと思っていたところだ。こちらで回収している薬からは一つ足りとて毒が検出されていない。中には渋る者の家に押し入り、強制接収したものもあるのにだ。どうやって狙いを定めた!」


「ですから、私はやっていないんです!」



 アイの毅然とした大声に、スタボーンは気圧されたように「まだ言うか……」と顔を顰める。



「私が薬師になったのは! 父のためなんです! 母との約束なんです!」



 過呼吸気味に言葉を詰まらせる背中に寄り添い、マモルは彼女の手をとった。


 途端に強く握り返される。その細い指からは想像できない握力で、マモルの手の甲が白く変色するほどだった。



「何かあった時にも、傍にいられるように! なのに、人を傷つけるために使うなんてこと、するわけないでしょう!?

 お父さんとお母さんを裏切るようなこと、するわけ……ないじゃないですか」



 言葉に嗚咽が混じっていく。


 スタボーンは何度か口を挟もうと試みたようだったが、アイの剣幕を前に、ついに口を結んで唸ってしまった。



「ですからスタボーンさん、全力で調査をしてください」


「……何?」


「大切な人たちを傷つけた犯人を……私、絶対に許せません。お願いします」



 床に頭を擦りつけるくらいに、アイが頭を垂れる。


 髪の一本さえ身じろぎしない不動に徹しながら、それでいて、彼女の意志という陽炎がゆらゆらと立ち上っている。



≪スキル【強化眼】が解放されました≫



 信念を賭した眩しいくらいの覚悟に、マモルの意識が鐘を鳴らす。


 やがて、スタボーンはやるせなく目を瞑ると、背を向けた。



「請われずとも、今に終結する。最後に一つ答えろ。帳簿の客以外にはいないだろうな」


「はい」


「そうか。もういい、頭を上げろ」



 観念したように告げたスタボーンは、意気を吹き返そうと髪を掻きむしる。



「貴様の信条は理解した。だがまだ疑惑が払拭されたわけではないからな。帳簿に残っている客の中で、スパイト・アノネストという男の足取りが掴めていない。そいつと貴様が共犯という線は消えていないのだからな」


「スパイトさんが……?」



 アイの目が見開かれた。


 それは誰なのかマモルが尋ねようとした矢先、またも忙しない足音が飛び込んできた。他に現在収監中の囚人の気配もない複雑な地形の地下牢では、それがまたいやに響いた。



「警吏補さん、大変です!」



 駆け込んできたのはクラークだった。


 彼女は額の汗で髪を張り付かせ、ぜいぜいと肩で息を整えながら、言った。



「町で次々と人が倒れています。また、第三区画(サード・エリア)の水路から毒が検出されました! 幸い、水で薄められて即死には至っておりませんが、治癒魔法でも対処ができません! 大混乱が起きています!」

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