14.ファースト・レゾナンス(♥)
「それでは、始めますね……」
アイの吐息の熱が、マモルの腹部の傷に触れる。
「ちょっと待て! いい! 大丈夫だから!」
マモルは後ずさりをして逃れようとしたが、しかし、背後にあった《《柔らかい》》壁に阻まれてしまった。
「ちょっ、ピーラ!?」
「逃げんなってー。ウチにも見せてよ」
「見られるから嫌なんだってば!」
またも迫って来る熱に浮かされたように、もだもだと手足をうねらせて抵抗する。
「マモル様、暴れないでください」
「そーだよ。男なら覚悟決めろ? それっ」
お茶目な気合一閃。マモルは胸元と顔を脚で拘束されていた。
「もがふがっ!?」
「こら、さーわーがーなーい。くすぐったいっしょ」
「もがほごふぉごっ!?(それなら直ちにやめてくれないか!?)」
マモルは暗闇に覆われた世界で叫んだ。
至福の拷問だった。やわらかい水枕に顔を埋めているようにひんやりすべすべで心地よい一方で、呼吸をすればマシュマロの香りがすぽんと鼻に唇にと吸い付いてくる。
ピーラがからかうように笑えば、それはマモルの後頭部に触れている腹部から股関節、太ももへと骨伝導し、四方八方から反響する甘美な催眠音響と化す。
抜け出そうともがけばもがくほど、脳は刺激にほだされ、いつしか抵抗する気すら甘く優しく蕩かされてしまった。
「もう大丈夫だよ、アイっち」
「うん……れろー」
服の裾がたくし上げられ、腫れと擦り傷に火照った脇腹にアイの舌が触れてきた。
彼女のしなやかな髪が、ガーゼのように肌を撫でてくる。それに驚いて身を捩れば、そのせいで舌がブレることで、また身を捩る羽目になる。
「駄目ですよ。動かないでください……ちゅぅ」
「――!?」
こちらの動きを引き留めんとばかりに、すぼませた唇から吸い上げられた。カッピング療法のガラスカップを当てられたようだ。
口の中から抜かれた空気は鼻から排出され、吐息とはまた異なる熱感でさわさわとくすぐってくる。
「ちゅっ、ん……ちゅ……はぁ……んんぅ」
「うわー、わー。本当に治ってく」
感心したようなピーラの声が響く。身を乗り出して観察しているのか、きゅっと締め付ける力が強くなり、水枕は彼女の芯の温もりを引き出した湯たんぽと化した。
「というか……うん、予想はしてたけど、思ってたよりずっとえっろ……」
「ふぃふがよ!?(言うなよ!?)」
あと頼むから喋らないでくれ。お前が声を出すと頭がくらくらするんだよ……!
湯たんぽが興奮気味に、ぱたぱたとリズムを刻む。その度に大本である腹筋がぎゅ、ぎゅっとせり上がり、六本指のヘッドスパになる。
「いやこれは言うって。アイっちもぶっちゃけそう思うでしょ?」
「ち、ちがう、もん……!」
アイが胸板の傷にカッピングをしながら、合間に囁くように否定をする。ピーラとやりとりをすることによって年相応の少女らしい口調に戻り、その初々しさが引き立つ。
「ここはしないの?」
「でも、だって、そこは……」
「ほらー、やっぱえっちぃって思ってんじゃん」
「ん、むぅ。いじわる。じゃあやるもん」
「(何を!?)」
見えない中で不安に襲われていると、不意に唇からついばまれ、マモルは悶絶した。
そこは、いけない。描写できない。視界が覆われていて良かったと切に思う。
「次は、そっち。ピーラちゃん、脚、どけてもらえる?」
「おーけー。マモル、動かないでね」
視界がぱっと開けた。松明の灯かり程度でも眩しいくらいに感じる。
「ぷはあっ!」
肺いっぱいに空気を取り入れようと大きく息を吸ったところで、マモルは固まってしまった。
アイの顔が目の前にあったのだ。
「ほうら動かない!」
ピーラの突き上げた腰に後頭部を引っ叩かれた拍子で、抵抗することを忘れていたマモルの頭は予想以上に跳ね上がってしまう。
マモルの眼前に、アイの舌が迫り――
「うわっ!?」「きゃあっ!?」
突然、視界に火花が散った。ピリッと電気が走ったような衝撃に、マモルは右目を抑えて蹲る。
後に残るような痛みはないが、清涼系の目薬を差した後のような疼きで、意図せず涙が漏れてきた。
「ちょっと、大丈夫!?」
「すみません、目に当たってしまったんじゃ……」
辛い物を食べた後のように舌を半出しにしながら、気にかけてくれるアイに、マモルは首を振った。
「ぶつかったわけじゃないよ。けれど、今のは……?」
涙を追い払うように目を瞬かせていると、脳内に通知が流れた。
≪スキル『回復眼』のレベルランクが上がりました≫
≪スキル『清眼』解放条件の一つがアンロックされました≫
「――へっ?」
これまでの『解放されました』とは異なるメッセージが、二つ。
――否。
≪スキル『心眼』解放条件の一つがアンロックされました≫
通知は全部で三つあった。
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