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13.癒えなかった傷

 スタボーン警吏補の逆鱗に触れたことで、アイは即時勾留を命じられることとなってしまった。


 彼女の同居人を名乗ったマモルも共犯の疑いがあるとして連行され、数時間ぶりのギルドへ舞い戻る羽目になった。アイを独りにしなくていいと考えれば僥倖だろうか。


 裏口から入る警吏とマモルたちを、クラークが出迎えてくれる。


 おろおろと不安げにしてくれている彼女には、問題ないと視線で頷いて見せる。すると彼女は安堵したように目を閉じた。


 鍵をかけられた厳かな扉が開かれ、下に続く石の階段を進まされる。


 町の水路の音でも反響しているのだろうか、しきりに薄いノイズのような音がするのが煩わしい。


 やがて、開けた通路に出た。入り組んだ回廊に等間隔で牢獄が設置されているだけの、無機質な空間。奥の方はたいまつの仄灯かりでしか窺えないため、部屋数がどれ程あるかは判らない。


 いくつかの部屋を通り過ぎたところで、スタボーンは鉄格子に鍵を突き差した。



「沙汰があるまでここにいろ」



 じめじめと黴臭い室内へ押し込まれる。こちらが負傷していることなど関係ないとばかりに強引に押し込まれ、マモルは呻いた。



「共犯者を同じ牢獄に入れてもよろしいので?」



 苛立って噛みつくと、スタボーンは説教中に子供の嘘を見抜いた親のように、乾いた笑いで唾棄する。



「口裏合わせでも何でもすればよかろう。どう足掻こうと、既に断・罪! は決定されている」



 そう言って、叩きつけるように鉄格子を閉めると、カツカツとブーツを大きく鳴らしながら去って行った。



「はあ……」



 どっと疲れたような気がした。だが、アイと同じ部屋にいていいのはありがたい。



「それで、どうしてお前まで」



 投獄された『もう一人』に目を向けると、彼女はだらーっと表情を腐らせていた。



「ウチの決め台詞取られたあれはワザとだワザとに違いないぶっ〇してやるクソハゲ」


「ハゲではない!」



 牢の外からスタボーンの怒声が響いた。



「げ。盗み聞きとかさいてーなハゲだね」



 ピーラが毒づくと、ダダダダダっとブーツの音が走り込んでくる。



「貴様ァ! 公務執行妨害だけでは飽き足らず、本官の頭を愚弄するなど……!」


「誰もあんたって言ってないじゃん。若っパゲー」


「何ィ!?」


「わかったでーすって言ったんでーす」


「ぐぬぬぬぬぬ……!」



 空々しいピーラの半眼に、スタボーンが歯ぎしりをした。



「言っておくが、この鉄格子には我らがエヴァグリオスの誇る魔法師部隊によって、厳重な防御結界が張られている! D級冒険者風情のスキルでは絶対に破れん! 待っていろ、必ず極刑に処してやる!」


「へいへーい」



 ダン、ダン、ダン! といからせた足音を、ピーラが手を払って見送った。


 公務執行妨害。それが、彼女が投獄された理由である。


 アイとマモルの勾留を一方的に命じ、こちらの話に耳を傾けないスタボーンの態度に業を煮やしたピーラが()()()()()()()()()地団太を踏もうと足を振り上げたところ、スタボーンの被る帽子を蹴り上げてしまうという()()が起きてしまったのだ。



「……ハゲ」



 靴音がしなくなってしばらくしてからピーラは呟き、耳を澄まして、頷いた。



「なーる。階段辺りまで行くと大丈夫っぽいね」


「お前、意外と考えて動いてたんだな」


「モチのロンだってばよー。ウチを誰だと思ってるわけ?」


「「口より先に足が出る奴かな/方でしょうか」」



 マモルたちが答えると、ピーラは石畳に滑り込んだ。



「ちょ、アイっちまでぇ……」


「すみません、つい」



 ピーラのテンションにつられて、アイが頬を緩めた。しかし、まだどこか引き攣っているかのような、笑顔になりきれていないぎこちなさは残っている。



「そーいやさ、どうしてレシピを教えられなかったん?」



 あ、責めてるわけじゃないよ。と小さく手を振りながら、ピーラが問う。


 アイは申し訳なさそうに唇を噛み、言葉を探している。



「その……引かないでくださいね?」



 そう前置きして、アイは舌を根元まで出して見せた。



これが理由です(ほへはひふうへふ)


「あ、聖痕(スティグマ)!」



 ピーラが指さして声を上げる。



「なーるなるなる、聖痕を持ってる知り合いってのは、アイっちだったんだ」


「そうだ」


「ええと……?」



「ウチにもあるんよ、ほれ」



 スパッツをたくし上げて見せてもらった太ももを、アイはしげしげと眺める。



「他の人の、初めて見ました……」


「ウチも。というか何なんコレ」


「それが私もさっぱりで。先祖代々受け継がれているというのは聞き及んでいるんですけど」


「ほーん。ウチもそうなんかなあ?」



 物心ついた時には親いなかったしなー、とぼやくように、ピーラは天井の向こうを見上げた。



「けれど、アイの聖痕(それ)は治癒魔法のものなんだろう? 薬のレシピとは関係がないんじゃないか」


「ええと……その、ですね。この聖痕があることで、私の唾液にも治癒効果があるんです。だから、その……」



 顔を赤らめて、視線を右往左往させながら、アイは口ごもる。



「え、じゃあ、アイっちの薬って……?」


「……(コク)」



 ふるふると羞恥に震える頷き。叱られることを覚悟した子供のように、彼女は目を瞑った。


 しかし、待っていたのは、アイの予想だにしない反応だった。



「最高じゃね!?」


「「……えっ」」



 マモルも思わず聞き返してしまった。



「いやいやいやいや、何でマモルまできょとんとしてるんさあ! 考えてみ? 飲み薬を飲む、美少女と間接チュウができる。貼り薬を貼る、美少女に間接チュウをしてもらえる。そういうこってしょ!?」


「ピーラちゃん!?」


「それはそう」


「マモル様!?」



 目まぐるしく顔を動かしたアイは、とうとう「きゅぅ~」と悲鳴を上げて、手のひらに顔を埋めてしまった。



「でも確かに、それじゃあ言えないか。美少女との間接キスは男の夢だ」


「それな。そんなこと白状した日には、検証する名目で騎士たちの汚ねえ体を舐めさせられる拷問待ったなしだもんねえ」


「いえ、そうではなく……衛生状態などを疑われるのでは、と」


「「あ、そっち?」」


「二人ともぉ……!」



 どんな想像をされているのかを想像したらしいアイの顔は、もう茹でダコのようになっていた。


 マモルは最初から、そちらの心配はしていなかった。【解析眼】で視た薬たちにそういった異常は見られなかったし、何より、彼女に治癒してもらった患部からした香りは、言われてみれば薬のそれに近かったように思う。


 そんなことを思いながら、一瞬、先刻受けた傷を見てしまったのが拙かった。


 見逃さなかった小悪魔が、何かを思いついたようにニタリと笑うと、追撃を見舞ってくる。



「あー、ここにぼろぼろのまもるがいるなあー? チュウでなおさなきゃなあー?」


「棒読みが過ぎるだろ……。何もしなくていいからな、アイ。俺も『回復眼』ってスキルを覚えたから、この通り、血は止まっているし」



 まだスキルの練度が足りないせいか、傷口までは癒えなかったが。


 しかし、彼女は真剣な顔で首を振る、



「いけません。傷口を放置しておくと、感染症になったりするんですよ」



 そう言って、いそいそとこちらへ這い寄るのだった。

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