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10.不穏なリベンジ

「どっせえええ――――いッ!!」



 およそ女の子らしからぬ気合が森に反響し、十数匹ものスライムが花火のように空高く打ち上がった。


 降りしきる大粒の粘雨の中、ピーラが脚を持ち上げて、靴にふっとねぎらいをかける。



「断ッ☆罪ッ!」



 決め台詞もゴギケンに跳ねているようだ。



「たはー! 気っ持ちいー! マモルのおかげで、生まれ変わった気分!」


「喜んでもらえて嬉しいよ」



 四方八方に飛び散ったスライムの粘液を小瓶で掬い上げながら、マモルは返す。彼女の満面の笑顔を見ていると、こっちまで自然と笑顔になるようだ。


 こちらの姿に、すっかり忘れていた本来の目的を思い出したピーラが、いそいそとウェストポーチから小瓶を取り出し、手近な粘液へとしゃがみ込む。


 マモルたちは、クラースの斡旋でスライム狩りをしていた。町の外れで畑を営む小地主からの依頼で、肥料に使う粘液が欲しいとの依頼である。


 報酬はそこそこ美味いものの、雑魚の代表格と噂のスライムを大量に倒すことには旨味がなく、しかも飽きるとあって、中々受け手が見つからなかったのだという。それを渡りに船だと、ピーラが二つ返事で引き受けたのだ。



「というか、マモルってグレイウルフしか倒したことなかったんしょ? どうしてそんなに強いワケ?」


「わからない。ただ、『美しいもの』を見るとスキルを修得するっぽいんだよね」


「それって、ウチとか!?」


「うん、そう」



 ガバッと顔を上げた爛々とした瞳に、マモルは頷いて返す。彼女を見たことで得た【解析眼】がなければ、今頃どうなっていたかわからない。


 答えを聞くなり突然立ち上がったピーラは、いそいそとスパッツの土埃を払うと、咳ばらいを一つして、



「うっふーん☆」



 頭の後ろに手を置き、反対の手を腰に置いて、しなを作ってウィンクをした。



「…………えっ?」


「あっはーん☆」



 続いて頭の上で両手を組み、すべらかな腋を見せつけるようにして流し目。



「いや~ん☆」



 一転して手をおろし、胸をめいっぱいたゆませてのセクシーポーズ。


 そこでネタが尽きたらしい。暫く視線を彷徨わせて唸っていたが、あっさりと見切りをつけたらしいピーラが、ずい、と身を乗り出してくる。



「スキル出た!?」


「出てない」


「嘘吐きっ!!」


「んなこと言われても」



 マモルは頭を掻く。どうしてだろうか。実際、彼女のしてくれたポーズは魅力的に見えたし、何より胸やらなにやらにクるものはあった。それを特等席で見ることができるなど、男としての誉れだろう。


 まだまだ謎の深い【眼】である。



「出ろー! 出せ~! ほら、ドビューって!」


「お前もうわざと言ってるよな!?」



 ぽかぽかとじゃれてくるパンチの中にとんでもない一撃が含まれていたため、マモルは咄嗟に彼女の口を塞いだ。



「ぴゅっひゅ~っふぇ!」


「まだ言うか」



 柔らかい頬をむにむにと引っ張って黙らせる。言うことを聞かない口はどこだ。ここか!


 そんな折だった。



「――っ!?」



 目をくわっと見開いたピーラが、マモルの手から逃れて身構えた。


 やりすぎてしまったかと思ったが、そうではなかったらしい。



「何か来る!」



 真剣な声色に、マモルも周囲を窺ってみた。しかし、目に見えない『気配』を追うことは、素人のマモルには及ばないところである。


 だがピーラの方は既に当たりをつけているらしかった。その視線に倣い、森の奥へと目を向けると、



「――何だ、バレちまったか?」



 聞き覚えのある野太い声とともに、大柄のシルエットが姿を現した。



「マス、キュラ……? 嘘、だって今のは……」



 ピーラが何事かを呟いて、半歩後ずさる。



「楽しそうだなァ、おい? 俺様も混ぜてくれよ」



 その距離だけを詰めるように、マスキュラも半歩踏み出す。


 それの意味はマモルにも判った。挑発だ。それも、狩る側がする余裕の舌なめずりである。



「(マモル、気ぃ付けて。あいつの気配、まるで別人みたい)」


「(わ、わかった)」



 耳打ちに、マモルはこくこくと首を振った。とはいえ、何をどう気を付けて、どう対処すればいいのかは皆目見当もつかないでいるが。


 戸惑うマモルの代わりに、ピーラが仕掛けた。



「さっきマモルにボロ負けしたばかりなのに、妙に強気じゃん? 今やるんならウチもいるんだけど、そこんとこ理解してる?」


「……ハッ! その減らず口、いいねェ。実にいけ好かねえ」



 不敵な笑みを顔に張り付かせたマスキュラは、何かを堪能するように大きく呼吸する。



「いやだから、減らず口ってのは、あんたの方――」


「口を慎めぇぇぇい!」



 マスキュラの口から怒号が発されると、彼の両隣に生えていた木が弾け折れた。

 轟音を立てる暇すら与えられず地に落ちた太い幹に、マモルたちは目を疑う。



「な、なあ。あいつのパンチを喰らってたら、俺ってああなってたのか……?」



 ぴくぴくと痙攣する頬でどうにか訊ねると、無言でぶんぶんと激しく横に振る焦燥が返ってくる。



「そりゃあそうさ。今の俺様は、既に過去の俺様を凌駕しているんだからな」



 マスキュラが胸をドラミングし、悠々と拳を構えた。



「見せてやるよ、【邪星:肉体強化(アビス・テラバルク)】!」



 スキルの詠唱とともに、マスキュラがビルドアップする。


 マモルは反射的に【解析眼】を発動していた。どういうことだ。奴のスキルは【肉体強化(ギガバルク)】しかなかったはず。


 そうしている間にも、奴の筋肉は二回りを超え、さらに肥大化していく。



「な……これは!」



 【解析眼】が弾き出した結果に、マモルは上擦った声を上げた。



「何が視えたの!?」


「マスキュラのレベルが……倍になってる」


「はあっ!?」



 その数値がどれほどの差を生むのかは定かではないものの、一つだけ、明らかなことがある。


 それは今まさに目に映っている、身長だけでもマモルの二回りも三回りも凌ぐほどに達した、どす黒い筋肉の巨人。


 人の域を超えた怪物の姿だった。

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