1.千里眼と湖の天使とジャンピング土下座
死んだと思った次の瞬間、不意に体の感覚が戻った。
冷たい都会の夜ではあり得ない、ぽかぽかとした温かさを全身に感じる。
「…………あれっ?」
瞼を開くと、雲一つない青空が目に飛び込んできた。
周囲から見下ろしてくるのは、コンクリートジャングルではなく、青々と茂った立派な木々である。
「どこだ、ここ……」
立ち上がる。服の汚れを払おうとして、変化は景色だけではないことに気が付いた。
着ていたスーツが、民族衣装のような衣服と軽鎧に変わっている。
服装を確認するために顔を動かせば、髪の毛が額をくすぐってきて、思わず飛び上がる。飛び上がった時の体が異様に軽いことにも、また驚いた。
「ハゲじゃ……ない……胃も痛くない……?」
ストレスで年々後退していく生え際や、ボロボロとなった胃が、嘘のようだ。
ぺたぺたと顔を触ってみる。鏡を見なくとも、全く違う顔であることがわかった。
まず肌のハリが違う。深夜営業のラーメン屋で飯を貪り続け、睡眠不足を重ねた、ギトギトと荒れたアラフォーの顔面じゃあない。
「どうなってるんだ……というか、ここ、どこだ?」
改めて、周囲を観察してみる。
見渡す限り樹の海だ。今立っている地面が道になっているため、一応は人通りのある場所だろうことは判るものの、ここから望める限り、町や家の類は見当たらない。
しかし、不安にはならなかった。昔行くだけ行って踏み切れなかった富士の樹海とはまるで違う、さっぱりとした、神聖な活力に満たされているような空気で溢れているからだ。
「綺麗だなー」
そう呟いた瞬間だった。
≪スキル【千里眼】が解放されました≫
「……へ?」
心の中に言葉が浮かぶような、あるいは脳に直接語り掛けられるような、謎の感覚とともに、情報がすっと頭に流れ込んでくる。
「【千里眼】?」
反芻すると、にわかに体の内側から漲るものを感じた。
「うわっ、何だこれ!?」
突如として、視界に一つの赤い円形マークが浮かび上がる。
別の方向を見たり、意識から外そうとすれば消えてくれるが、赤いマークを見ようとすると、はっきりと感じ取れた。
「千里眼って、遠い場所のものを見通す超能力、だったっけ?」
おぼろげな知識を引っ張り出す。
つまりこのマークは、何かを示しているということか。
「行ってみよう」
指し示しているのは、森の奥。道から外れるのは少し怖いが、マモルは意を決して一歩を踏み出した。
* * * * *
しばらく森の中を進むと、鳥のさえずりの中に、かすかな水の音が混じってきた。
奥の方の木がまばらになっている。広い空間があるのだろう。
反応を強めた視界のレーダーに急かされるように、足を早める。
「ここは、湖か」
日差しを反射してきらめく湖面の美しさに、マモルはほうっとため息をついた。
心が洗われるとはこのことだろう。心なしか、力が湧いてくるような気さえした。
「けれど、湖なら、さっきの水の音は何だ……?」
山から水が流れてきている様子もない。そう思って見渡してみると、その原因はすぐにわかった。
湖の中で一人、水浴びをしている少女がいた。
「うわ、超かわいい……」
思わず見とれてしまう。
金色の髪を結び上げ、露わとなっている白いうなじ。天使の羽を体現したような肩甲骨に、湖面に吸い込まれていくようなくびれのライン。
むこうを向いているために全貌までは見えないが、それでも、背と二の腕の隙間に垣間見える膨らみだけで、その素晴らしさがよくわかる。
「天使だ……」
湖畔に置いてある服が丁寧に畳まれていることからも、その人柄が窺えた。籠が色とりどりの花で溢れているのもよく似合う。
≪スキル【火炎眼】が解放されました≫
「うわあっ!?」
唐突に意識に介入してきた通知に、思わず声を上げてしまう。
その時だった。
「きゃあああああ――――っ!」
「ももも申し訳ありませんでした!!」
覗きがバレたと思い、即座にその場でジャンピング土下座をする。誠意の表明は社畜の十八番である。
「やめて、来ないで!」
「えっ?」
近づくどころか、微動だにしていないはず。
怪訝に思ってマモルが顔を上げると、彼女が胸を抱えて怯えている元凶は思いがけない方向にあった。
森の中から現れたらしいオオカミのようなモンスターが、じりじりと少女に迫っている。
「……助けなきゃ!」
マモルは立ち上がり、地を蹴って駆けだした。
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