六回目:平和的手段を提案してみる
「魔王城前で油断するとまようじょー! なんちてー!」
「いーかげんに、しなさーいっ!」
頭痛と共に目覚め、ぼーっとした頭が再び地獄のようなやり取りに叩き起こされる。
しかし、今は以前程の絶望感は無い、この世界には仲間が居るのだ。
その正体がラスボスであり、諸悪の根源であるというのは頭が痛くなる問題だが、自分と同じ時間を歩んでいる人間(?)が居るというだけで、かなり救われる。
***
――今までと同じようなやり取りの後真っ先にゴングが殺され、ベルは魔法を反射され自滅。チャイムは指輪を取りに行く時死んで蘇生してない。
そしてこちらに振り向いた異形の指先に、すかさず指輪を投げ込んで嵌める。
見る見るうちに闇が霧散して消えてゆき、後には女性の姿をした魔王本体のみが残った。
「……態々指輪を嵌めずとも、邪魔者を殺したところで話しかけるつもりだったぞ」
「いや、だって急に近づいてくるから……」
「悪かったな、あの状態だと視界が悪くて距離感も掴めないんだ。阻害されて周囲の音も聞こえん」
――なるほど、パワーアップの代償で、語感の一部が鈍る弱点というわけか……。
「ちなみに普段操れる物を纏っているだけだから別段強くなってもいない」
「じゃあ何のために変身を!?」
「舐められないためだ。私は外見に囚われられず、魔王としてキッチリ仕事したいんだ」
そう言われると一理ある。確かに、魔王城に突入して華奢な女性に出迎えられたら、正直剣を抜けるか怪しい。
……待てよ。と、いうことは――
「闇が剥がれても強いってことか!?」
「だからそう言っているだろう……、現に前回一撃だったではないか」
そう言って大きくため息を吐かれると何も言い返せず、言葉に詰まる。
「もういいだろう、今度はこちらから質問だ」
紅い髪を靡かせたあと、魔王は悪趣味な指輪が嵌められた薬指を見せた。
「一度ならず二度までも……、貴様、どういうつもりだ?」
一歩間違えれば冷徹とも取れる凛々しい顔立ちに僅かな困惑を浮かべ、魔王はそう言った。
「どういうつもりって……それ、変身を解除させるアイテムだろ?」
その答えを聞いて、魔王は再び大きくため息を吐いた。
そして、頭を振って「違う」と否定する。
「それは私達魔族の王に継承されていた、婚約指輪だ」
全く予想していなかった言葉を聞いて「……は?」と聞き返してしまう。
こんなセンスの欠片も無い、呪われた指輪が婚約指輪? いや問題はそこじゃない。
「そんな大事な指輪なら、なんであんな毒沼のミミックの中に放置してたんだよ!」
「いや、なんだ……実はこの指輪、代々魔王が隠し、立候補者に探させて見つけた物と婚約を結ぶしきたりがあったのだが、先々代がどこかに隠したまま勇者に殺されてしまってな」
それで行方不明になっていたが、まさかミミックに呑まれていたとはと、感心したように魔王が呟く。
呪いに関しては代々魔王の魔力に侵されて付加されたもので、強い魔族には影響ないらしい。
「知らなかったとはいえ、女性に二度も婚約指輪を嵌めるとは……、とんだ男だな」
「し、しかたないだろ! 知らなかったんだから!!」
それに、驚かせて変身を解除させ、こうして会話することが出来たのだから、結果的にはベストな行動だっただろう。
そんな俺の言い訳を見透かすように、魔王は氷のような視線を向けてくる。
これはマズい。話題を逸らさなければ。
「あー……、そ、そういえば、どうしてお前は人間に攻め入るんだ!? お前が侵略をやめれば、そもそもこんなループに嵌ることも無いじゃないか!」
出来る限り勇者らしい疑問を口にすると、魔王は手を額にやり、悩み始めた。
しばらく口をモゴモゴさせて言葉を探していた魔王だったが、ふと閃いたように口を開く
「勇者。貴様、宙に浮く枠は見たことあるか? 行動が書かれていたりする……」
「……ああ、あのゲームみたいな」
「そうだ。そのゲームみたいな」
物を使った時や、誰かが死んだとき突如表示される謎の枠。
俺以外には見えていないようで、てっきり拗らせた幻覚かと思っていたが……。
「私は自分の意思で、ここを出ることが出来ない」
魔王はそう言って今いる場所を離れ、扉の方に向かおうとしたが、一定位置で見えない壁に阻まれた。
「城には大量の図書もモニターもあるし、現状報告は部下がしてくれる。しかし、私は外に出たいんだ」
透明な壁に手を付いて、魔王はこちらを振り向いた。
「部下は言った。『勇者を倒し世界が平和になれば、魔王様も安心して外を歩ける』と」
「それで俺を狙って……、でも、それだけならなんで無関係な町まで」
魔王は自分の座席に戻り、ちょいちょいと手招きをする。
傍に寄ると、魔王は自らの座る椅子の肘掛を、軽く二回程叩いた。
「私と同じ場所に立てば、お前なら見えるかもしれない。私が唯一手を下せるコマンドを」
“フォンッ”
形容しがたい、少なくとも自然音には感じない音と共に、宙にウィンドウが浮かび上がった。
そこには、薄い枠で途切られた、四つの選択肢が書かれていた。
『破壊活動』『滅ぼせ』『暴れろ』『奪え』
――これ選択肢要らなくね?
「これだけだぞ? しかも、選ばなければ時間が進まないのだぞ?」
「クソゲーじゃねーか!!」
「……恐らく貴様以上の、な」
頷いて、魔王は深いため息を吐いた。
「理解できたか? 私が町や村を魔物に襲わせるわけが」
「ああ……、同時に、お前が俺を倒さなければならない理由も」
この世界が対戦ゲームだとするのなら、俺を殺せば魔王は自由になれる。
しかし、ここは勇者が贔屓にされるRPGの世界。
何度殺しても蘇り、ついには殺すことが出来ないと知った彼女が受けたショックは、計り知れない。
「………」
俺は、静かに剣に手を掛けた。
俯き、隙を晒している魔王に、上から一閃すれば、魔王の首が取れる。今度こそ世界は本当に平和になるだろう。
そうすれば、俺もこのループから解放される。
――しかし、本当にそれでいいのか?
……同じ境遇に追われ、何度も会話を交わした目の前の魔王に情が湧いたと言われたら、否定しない。しかし、俺には、彼女を倒し首を取ることが本当に正しい道だとは思えないのだ。
同じ境遇。人型の外見。そして、城の傍に落ちていた、冒険をする上では何の意味も感じられない、魔王一族の婚約指輪。
これらは本当に偶然で片付けられる物なのか? 『創造者』が居るとするならば、自分が『創造者』だったとしたら、この状況にどんな意味を持たせる?
(恐らくは、いや絶対に、この答えで間違いないだろう)
結論に達し、抜きかけていた剣を鞘に納める。
そして、落ち込んで隙を晒している魔王の手を取った。
顔を上げ、明らかに困惑している魔王に向けて、一度深呼吸して息を整える。
「魔王――俺と、結婚してくれ」
意味が理解出来ないといった顔をして、しばらく呆然としていた魔王の顔が、火がついたように赤くなる。
「なっ!? なな、何を言っているんだ貴様は! 無限ループでついにおかしくなったか!?」
何の話をしていてもずっと冷徹な顔をしていた魔王が、顔を真っ赤にして目線を逸らしたり戻したり、あからさまに動揺する姿は意外にも外見相応の女性らしく、ギャップが可愛らしい――とかそういう話じゃなくて!
別に俺はトチ狂ったわけでも――見た目は今まで見た女性で最高に好みだが、一目惚れをしたわけでもない。
「これは、俺がループを終わらせて、お前がここを出られる、最善の手段なんだ」
「……どういうことだ?」
多少の冷静さを取り戻した魔王は、まだ少し赤い顔で怪訝な目をする。
全員体力が万全なら勝てるのかもしれないが、それにしても、この魔王は異常に強い。
そしてこの橋が崩壊する仕様。セーブアイテム使い捨ての仕様。辺境の毒沼に隠された指輪。
――それが、創造者の意思だとするのなら。
「俺達にとってのエンディングは、俺が魔王を倒すか、魔王が俺を倒すか、二つだった」
「ああ、そうだ。私に貴様を倒すことは不可能だと、つい先ほど知れたがな」
ここで、見つけた和平への可能性――第三の選択肢を、提示する。
「もし俺がこんな感じの世界をただ作るだけなら、意味のないアイテムなんて魔王城付近に置かないし、そもそも、魔王と会話が通じる設定にも、魔王を美人に設定したりもしない」
「びじ……! コホン、そ、それと先程の貴様の申し込みに、何の関係があると?」
「この世界には、隠された『トゥルーエンド』が存在する可能性が高いんだ」
魔王の目が見開かれ、次いで、細められる。
「それは、真か?」
「わからない。俺ならそうするってだけだ」
でも、と言って、半信半疑の彼女の腕を引いた。
「魔王、お前は、『自分の意思ではここから出られない』と言った」
「そうだ。私はここから出られない」
「だが、俺の意思ならどうだ……?」
魔王の腕を、出口の方へ軽く引いた。
迷いながらも魔王は足を進めるが、見えない壁の少し手前で俺の手を振り払い、壁に手の平を付けた。
「何もかも受け入れなくていい。今だけは、俺を信じてはくれないか」
「……一つだけ、質問させてくれ」
目を伏せ、自分の髪先を指で巻きながら、魔王は口を開いた。
「どうしてここまでしてくれる? 会ったばかりで、それもずっと敵対していた私に対して」
「決まっている。お前の存在に共感し、好意を抱いたからだ!」
同じようにループの憂い目に合い、同じように謎のウィンドウに悩まされ、同じように世界に弄ばれた同類の女性。
それが、物語のお姫様のように閉じ込められているとなれば、勇者として、いや、勇者じゃなくても、男として助けてやりたいと思うのは当然の感情だ。
「俺達を敵対させたのは、世界の意思だ。歯向かおう、このクソゲーに、俺達の意思で!」
魔王は迷うように瞳を震わせ、視線を逸らした。
それでも決断を促すように見つめていると、やがて、彼女は一つ前に出た。
彼女の自由を阻害する見えない壁を、すり抜けたのだ。
「――良いだろう、乗ってやる」
俺の両手に指を絡めて向かい合い、魔王は柔らかい笑みを浮かべた。
初めて見せられた笑顔は、世界の脅威とされている王とは思えない繊細さで、ドキドキする。
「二度もしきたりの婚約指輪を嵌められた身だ。断る理由もあるまい」
密着され、動揺する俺の前で、魔王は少し悪戯っぽく口角を上げる。
「どうした? 信じてくれと言ったのはそちらだろう、責任を取って、ちゃんとリードしてくれよ?」
ここに来てようやくからかわれていると気が付き、負けじと気を引き締め、見つめ返す。
「当たり前だ。ガキだと侮るなよ魔王。男として、自分が言ったことは成し遂げて見せる」
「ヴィオラでいい。私の名前だ、勇者」
ヴィオラ、ヴィオラ。聞いた名前を、何度か頭の中で繰り返す。彼女のイメージ通り、可憐な響きだ。
……そういえば、ここまで話を進めておいて、自己紹介もしていなかった。互いに名前も知らない相手に婚約の申し込みなんて、今改めて思うと中々に滑稽な話だ。
「俺も、タクトでいい。そう呼んでくれ、ヴィオラ」
「よろしく頼む、タクト」
昨日の敵は、今日の婚約者。
互いに笑みを浮かべ合い、重苦しい扉をヴィオラが魔法で開いて、初めて清々しい気持ちで荒廃した大地へ足を踏み入れた。
ふと一瞬意識が途切れ、周囲が黒に覆われる。
またバグでも起きたかと思ったが、直後浮かび上がったウィンドウを見て安堵した。
『こうして、勇者と魔王は手を取り合い、親睦と和平を目指して歩み始めた。彼らの道は困難を極めるだろう。しかし、辿り着く先は、何よりも平和な世界だと信じたい』
(演出か、驚かせやがって)
喋ろうとしても声は出なかったが、隣に居るヴィオラと意思は通じ合い、互いに微笑む。
ようやくだ。ようやく世界に平和が訪れた。これでもう二度と、地獄に放り込まれることもない。
しばらくすると、周囲が明るくなった、どうやらここは、王都の中らしい。
きっと、これからあの時のように周囲に祝福され、王様に報告して、今度はバグらずエンディングを――
“ザシュッ”
「……え?」
胸部に痛みが走り、一瞬遅れて、口から熱い物が溢れ出した。
見下ろして、胸に突き刺さる矢と、溢れ出した物を受け止めた手が赤く染まっているのを見て、視線を上げる。
「この裏切り者!」
「勇者様とあろう者が、まさか化物を連れ帰って来るとは……!」
弓を構えた衛兵が叫ぶと同時に、町人がこちらを遠巻きに囲んでざわめき始める。
「タクト!」
崩れ落ちかけたところを、ヴィオラに助け起こされた。
「あやつら……、いきなり何を!」
闇を出そうとするヴィオラを「大丈夫だ」と制止し、体勢を立て直す。
「大丈夫だと? その状態のどこが大丈夫だと言うのだ!」
「慣れてるし、そもそもお前にやられた時の方が十倍は痛い……」
返す言葉が無かったのか言葉を詰まらせるヴィオラに対し「それに」と付け加える。
「俺は勇者だ、精霊の加護の一つや二つ……、天が、なんとかしてくれる!!」
空を見上げると、都合の良いことに金色の光が真っ直ぐ差し込んでくるのが見えた。
やはり世界は俺を中心に回っている、俺は持っている人間なんだ――
《タクトは 天に祈りを捧げた!》
よし、ウィンドウも出てきた。いける、これはまた新しいイベントが!
《しかし、何も起こらなかった!》
「「えっ」」
ヴィオラと俺の声が重なる。
直後、駆けつけた増援の衛兵から、無数の弓矢と魔法弾が飛んで来るのが見え、視界がブラックアウトした。
『勇者と魔王。相反する二人が手を取り合ったことは、当然人類側にとって受け入れられることではなかった。町に戻った彼等は、怒り狂った兵と町人により、残酷にも殺害されてしまう』
『だがしかし、彼が魔王をここまで連れてきたおかげで、魔王を滅ぼすことが出来た。これは人々にとって幸福なことであり、勇者は最期までその使命を全うしたとも言える』
『THE END』