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五回目:説得を試みる


――バグってんじゃねーか!!


 何度も殺され続け、これ以上は無いと思っていた悪夢以上に今後一生引き摺るであろう精神的ダメージを負い、理不尽な想いを心の中で叫んだ。


 怖かった。がしかし、魔王城前に辿り着いてからループに感謝をしたのはこれが初めてかもしれない。もしもあの壊れた世界で指一つ動かすことが出来ず、意識だけ鮮明なまま永久に閉じ込められていたらと思うとぞっとする。


 体も動く、人も動く、世界も壊れていない。それだけで幸福なことじゃないか。そう思わないとやってられない。


「魔王城前で油断すると迷うじょー! なんちてー!」

「いーかげんに、しなさーいっ!」


 あんな目に合わされた後だと、いつものやりとりもそんなに腹立たないから不思議だ。


 ……今回こんなことになってしまった原因は、大体推測できる。


 恐らくは、『魔王を倒さずに裏ボスを倒してしまった』ことが原因だろう。


 本来見なければならないイベント、回収しなければいけないフラグを無視してしまった結果世界単位で矛盾が生じ、おかしくなったのだ。


 やはり、俺がこの地獄のループを脱するには、正規ルートで魔王をどうにかするしかないらしい。


「さあ行きましょう勇者さん、悪の大魔王を打ちのめすのです!」


――俺の半径一メートル以内に近寄るなよチャイム。

「な、何故ですか!? 私が何かしましたか!?」

「この前タクトの饅頭勝手に食べたのまだ恨んでるんじゃない?」

「そんな!? あ、あれは少しばかり魔が差したというか……」


 前回のループで正体を知っているだけに、こうしてチャイムが仲間に居るだけで不愉快だ。


「マオウ、タオス……ウホ……」


 このゴリラトロルも実は尋常ではないイケメン(あと変態)だったし、仲間達の秘密を知ってしまった今、どんな顔をして冒険を続けたら良いのかわからない。


「ちょっと、何辛気くさい顔してんのよタクト。ここで魔王を倒せば世界は平和に、あたし達は英雄になるのよ?」


 この中では、俺と、唯一ベルだけが今の所は正真正銘普通の人間だ。

 どいつもこいつも有り得ない秘密を抱えていた中、ベルだけは、ベルだけは普通であってくれた。


「ベル……ありのままの人間で居てくれるお前が好きだ……!」


 一人感傷に浸り、思わずベルの両肩を掴む。


「ッにすんのよいきなり!!」

「あべしっ!」


 巨大な鞭のような物で思いっきり頬を殴り飛ばされた。


「この私にセクハラだなんて信じられない! それでも勇者なワケ!?」


 罪に対して理不尽過ぎる重さの暴力を受け、ムッとしながらも、アイツに鞭なんて持たせていたかと睨むと、小さな体の後ろに何やら大きな物がゆらゆらと、あれは――


――……、………尻尾?


「っていうか、あたしドラゴンだから! あんたが変なことするからバレたじゃない!」


 マジすか……。


あー疲れた。なんかすっげー疲れた……。


「随分と遅かったな! 恐れ慄き、尻尾を巻いて帰ったと思っていたが」


 魔王の重々しい声に共鳴し、俺達の周囲だけ重力が増したかのように体が重くなる。

 今までと全く同じやりとりをする仲間たちの言葉を聞き流す中、ふと、ほんの僅かではあるのだが、魔王の台詞に違和感を覚えた。


――アイツ……、ランダムで台詞を口にしていたものだと思っていたが、まさか……。


 襲い来る黒い闇を目前に、ハッと雑念を振り払って後方にかわす。

 避けきれなかったベル、突っ込んで行ったゴングがやられ、地に転がされた。


 もう、後には引けない。同時に、邪魔をする者も居ない!

 ポケットの中から呪われた指輪を取り出し、構える。


――あの時、掲げただけでは魔王は“気づかなかった”つまり、それ以外の手段がある!


「後は貴様だけだな……、仲間達と共に、地の底で永遠の眠りに付くがよい!!」


 魔王が大きく爪を振り上げ、攻撃を仕掛けて来た。

 ……今だ!


「……ッ……!?」


 闇の爪で引き裂こうとしてきていた魔王の動きが、完全に制止した。

 俺は、あの指輪を、魔王の爪先に向かって後退しながら投げ入れたのだ。


「……キ、サマ……!」


 魔王を包み込んでいた巨大な闇が、端から崩れ、霧散してゆく。


 この呪われた指輪には、装備車の魔力を暴走させる力があった。魔王に嵌めてしまえば、纏わせていた魔力が暴走し、闇が剥がれると予想していたが――どうやら、ビンゴだったようだ。


「ようやく姿を現したな、魔王――」


 ラストバトルに移ろうと剣を構え、切っ先を闇の中身に向けた瞬間、闇が完全に晴れた。

 中から出て来た存在を見て、剣を向けたままの体制で、言葉を失う。


 真っ直ぐな真紅の髪を腰まで伸ばし、尖った耳の少し上にヤギのような角を生やし、漆黒のベールを身にまとった美しい女性が、長い睫毛をぱちりと瞬きし、紅蓮の瞳でこちらを見つめていた。


「……ま、おう……なの、か?」


 向けていた剣は行き場を失い、切っ先が力なく斜め下に項垂れる。


「……何の、つもりだ?」


 くぐもっていた声は闇によるものだったらしく、今は凜とした声が、真っ直ぐに伝わって来る。

 魔王はそう問いかけて、尚も怪訝そうな顔を向けてくる。

 この結果は予想外のものだったが、これは、向こうに会話をする意思があるということ。


「お前、気付いているな?」

「何にだ」


 質問を質問で返すという不躾な真似をしても特に不快になった様子はなく、視線で続きを促してきた。


「――この世界が、ループし続けていることに。そうじゃなければ、『今回は』なんて口にしなかった筈だ。覚えてるだろ? 前に俺が来た時のお前の言葉だよ」


 そう言うと、魔王は一瞬目を丸くしたが、直ぐに鋭い物に変わった。


「やはりそれは貴様の仕業だったのか! 勇者!!」


 魔王が吠えると同時に、彼女の影から闇が舞い上がる。

 このままではまた戻されてしまうと、慌てて「違うんだ!」と、否定の言葉を投げた。


「何が違うと言うのだ!」


 今の状態の魔王には言葉が通るようで、異形の形成を止め、苛立った様子で叫んできた。


「だから違うんだ、この状況は俺のせいじゃ……いや、俺のせいではあるけれど、俺の意思ではないんだ!」

「何……?」


 闇を引き、話を聞く体勢になった彼女に、事のあらましを説明する。


「自分を含めたパーティが全滅すると、最後のセーブポイントにまで時間が戻る能力……?」

「ああ。それと俺達だけご加護か何かで死んでも教会に行くと生き返る」

「チートじゃないか!」

「俺もそう思う」


 魔王はかなり憤っている。当然だ、俺だって特定の敵を倒す度に時間が戻っていて、その原因が敵そのものだと知ったらキレる。

 よって、ここは彼女の考えに同調することで、一旦怒りの炎を引っ込めて貰うことに成功した。


「全く……側近に相談したら頭おかしいヤツを見る顔されるし、何事かと思ったら……」

「それに関しては本当に申し訳ないと思っている。……そこで、話があるんだが」


 向かい合った魔王に、ループを終わらせるためのある提案をする。


「俺達は今ループに飲まれている。俺が死ぬたびに繰り返される世界は、このままでは永久に終わらない」

「まあ、……そうだな。これが貴様の意思で無い以上、貴様を殺しても同じことの繰り返しだ」

「そこで、だ」


 人差し指を突き立て、本題に入る。


「魔王! ループを終わらせるために死んでくれ!」

「断るッ!!」


 即答し、魔王は俺を睨みつけた。


「何故だ!」


 ループを終わらせる手段は、それしかないというのに!


「当たり前だ! 死ねと言われてホイホイ死ぬヤツが居るか! 馬鹿か貴様は!!」


 ……なるほど、言われてみたら確かにそうだ。

 しかし、こうするしかないのだ。この地獄を終わらせるには、こうするしか。


「貴様がやる気なら、私も加減はしないぞ……死にたくないからな」


 魔王は陰から闇を生み出し、身に纏おうとする。

 女性に剣を向けるのは男としてどうとは思う、しかし、アイツは見た目こそ華奢な女性でも、中身は世界を滅ぼそうとする極悪非道の魔王。

 情けを掛ける必要は無い。完全に闇を纏ってしまう前に――


「覚悟!!」


 全力で地を蹴り、足を踏み出し、下ろした剣を構え、勢いよく一閃する!


「……何!?」


 振りぬいた先に、魔王の姿は無かった。どこに行ったと焦ると同時に、背後から音が聞こえた。


――馬鹿な、あの一瞬で、跳んでかわしたというのか……!?


「悪いな、勇者」


 視線を下げると、細い腕が俺の胸から突き出していた。

 振り向くと、魔王が冷酷な瞳をして、立っている。


 腕が引き抜かれ、もう四肢を動かす余力もない体は、ゆっくりと崩れ落ちていく。

 淡々とした表情で、こちらを見下ろす魔王の腕が、べっとりと血に濡れているのが見える。


「今度は、もっとマシな手段を考えて来るんだな」


 激痛の中、辛うじてその言葉だけ耳に入り俺の意識は遠のいた――

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