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二回目:イン○スなんて使えない

 厚い毒々しい色をした雲に覆われ、光一つ刺さない澱んだ空を見上げ、深い深い溜息を吐く。


 きっと、今の俺の瞳も、あの空くらい濁っていることだろう。


「魔王城前で油断すると迷うじょー! なんちてー!」

「いーかげんに、しなさーいっ!」


 ……まさか、あの状況で罠だとは思いもしなかった。いや、むしろ罠だと最初から疑って掛かるべきだったんだ。


 冷静に考えて、自軍の本拠地のすぐ近くに自分を倒すためのアイテムを宝箱に入れポンと置く気前の良い王がいるだろうか。いやいない。


「ウオー! マオウ! タオス!」


 だがしかし。魔王場周辺に魔物が登場したのは、この『詰み』において、新たな発見だ。

 今は少しでも、こういった差異を追求していくしかないのだ。


 また文句を言われながら探索の提案をするのかと思うとゲンナリするが、仕方の無いことだ。


「みんな、魔王城に行く前に話があるんだ」


 先程と全く同じ不満を浴びせられながら、再度探索を提案し、実行する。

 と言っても、宝箱自体は前回……いや、前世か? で見つけたので、そこまで行くだけだ。


「こんな端にまで連れて来て一体何よ……」


 不満を漏らそうとしたベルの目が丸くなり「あ、あれは……!?」と口元を押さえた。

 若干反応が違うのは、恐らく来るまでに取った行動が違うから乱数が動いたのか。


 しかし、違うのは些細な反応だけ。取る行動は一緒だろう。


「それでは私が中身を確かめて参ります!」


 ほら来た。


「ちょっと待て!」


 このままでは先程の二の舞だと、チャイムを呼び止める。


「い、嫌ですね勇者さん。もし中にゴールドが入っていたら着服しようだなんて考えたこともありませんよ賢者の私が……」


 貼り付けたような笑みに冷や汗を浮かべるが、そんなもう何十回もしたようなやり取りのために呼び止めたわけではない。大体、宝箱を彼が開けたら毎回直後に所持品検査をしている。


「そうじゃなくて、おかしいと思わないのか? こんな場所に宝箱なんて……、恐らく罠だ」


 この言葉、前回死んだ時の俺にそのまま聞かせてやりたい。

 疑う理由と根拠を口にするたびに、情けない気持ちになってくる……。


「しかし、魔王のへそくりの一つでも入っているかもしれませんよ」


 止める間もなく、そう言ってチャイムは走り出した。

 ああ、また失敗か。今度はアイツを縛り付けるべきか……。

 そう考えていると、突如チャイムが懐から何かを取り出した。


「……浮遊の羽」


 白い羽が消えると同時に発した光に包まれ、見た目には殆ど変らないほど、ほんの少しだけチャイムの体が浮き上がる。これは、床に仕掛けられた罠を避けるためのアイテムだ。


「おっしゃる通り。確かに、へそくりをそのままの状態で放置しているとは考え難い」


 へそくり前提なんだな。……もういい、アイツには何を言っても無駄だ。今回は諦めよう。

 とっととそのミミックを開けろ。そして食われろ。そうしたら俺のこの曇りまくった心も少しは晴れるだろう。


《なんと 宝箱はミミックだった!》


「へっ……ちょっ、ぎゃああああああああ!?」


 情けない断末魔を上げながら、咄嗟に背を向けて逃げようとしたチャイムが食われた。ざまーみろ。

 尻から食われ上半身だけ垂れているチャイムの残骸を、ミミックは体を振って放り投げた。


 ああ……次は俺達の番か……。


「待って! 様子がおかしいわ」


 ベルの声を聞き、顔を上げる。


 見れば、ミミックが口を半開きにさせたまま、ふらふらとあらぬ方向を向いている。

 まるで酔っぱらっているかのように箱があちこちに傾き、安定しない。


 ……ここで、今一度チャイムがクズであることを思い出した。


「アイツ……怪しい薬かなんかやってやがったな!?」


 スラム街に行った時、様々な商人から執拗に押し付けられた、気持ちよくなるというあからさまに怪しい薬。


 丁重にお断りしてきた筈だったが、チャイムの野郎、あろうことか購入していらしい。


 恐らくは衣服のどこかに隠していて、それをミミックが食い破り大量摂取してしまったのだろう。

――何はともあれ、チャンスだ!


「ゴング!」


「ウォーーーーーーー!!」


 獣のような雄たけびを上げて飛び掛かったゴングが何発も打撃を浴びせるが、ミミックはビクともしない。


 指示を変えようとした時、ゴングがミミックの真下に棍棒を差し込んだ。


「ウォアアアアアアアアアア!!」


 そして、雄叫びと共に、反対側を叩き付ける。うるさい。


 テコの原理で吹っ飛んだミミックは、顔面から毒沼に落ちた。


 “ガボゴボッ… ゴボゴボッ……!”


 身悶えするミミックの周囲に、不規則な泡が浮かび上がる。


 どんなに暴れても箱型の魔物であり手足を持たないミミックには体勢を変えることが出来ず、自慢の舌を使った跳躍と魔法も、足元が柔らかい沼に顔から突っ込んでいる状況では不可能だ。


 ……まさか、こんな勇者パーティらしからぬ攻略法法で倒せてしまうのか?


 複雑な念を抱きながら見守っていると、やがて薬漬けにされた挙句毒沼にぶち込まれた哀れなミミックは動かなくなった。あんな死に方はしたくないものである。


 しかし、まだ油断は出来ない。慎重に近寄り、剣を下に差し込んでひっくり返す。


 かなり軽い。ミミックの類いは消えると幻のように姿を消すものの、それでもこの軽さ、中に入っている物は金貨や武具ではなさそうだ。


 授けられたものより性能の高い隠し武具みたいな物があれば、と期待していたのだが、残念ながら当てが外れた。


「ねえ、開けてみていい?」


 返事を待たず、ベルが宝箱を開け、上半身を突っ込んで中を漁る。

 やがて彼女が取り出したのは、簡素な装飾の施された掌サイズの小箱だった。


「……箱の中に、箱?」


 意味不明な過剰梱包だと怪訝に思い見つめる中、ベルが小箱を開け、目を輝かせた。


「わあ……ステキ……!」


 横から彼女が掌に載せている小箱を覗いて、背筋がぞわりと震える。


 濃い闇と幾多もの血液を混ぜ込んだようなおどろおどろしいリングに、でかでかとドクロの形に掘られたダイヤモンドが嵌められていた。こんなにセンスの悪い指輪は見たことがない。


 いや、センスが悪いどころじゃない。見た瞬間感じた、身体の奥から冷えていくような嫌な感覚。あれは――


「これ、私が装備しても良いわよね?」

「待て! それを嵌めるな!!」


 取り上げようとしたときには時すでに遅く、指輪はベルの指にすっぽり嵌っていた。


「なによ、いいじゃないちょっとくらい……わかった、返すわよ」


 不満げに口を尖らせ、指輪に手を掛けた彼女の表情が凍り付く。


「あれ? 取れない……」


――遅かった。やはり、あの指輪は呪われていた――


「な、なんなのよ! 外れなさいよ! この!」


 流石に指輪が取れないとなると恐怖を感じるようで、ベルは必死に指を引き抜こうとする。

 しかし指輪はビクともせず、やがて、ベルの動きが止まった。


「……ベル? どうした」


 恐る恐る彼女の顔を覗き込む。どろりと濁り、血の色に染まった瞳と、目が合った。


 瞬間。口元が、にいぃ、とおおよそ人間ではありえないような裂けかたをして、弧を描く。


 凄まじい魔力が、彼女の周囲から溢れ出した。


 頭からは帽子を突き破って捻じ曲がった角が伸び、メキメキと生やした巨大な翼で浮かび上がったベルは、悪魔のように縦に細い瞳で、俺達を見下ろして――


「アッハハハハハハハ!! ミンナ、ミンナシンジャエー!!!」


 狂ったように笑いながら魔力を開放するベルだった何かの姿を最期に、俺は意識を手放した。

三話です。まだ短い物語ですが、面白いと思っていただければぜひ評価を押して頂けると励みになります。コメントも大歓迎です。

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