暖炉に微睡む勇者の終わり
季節は冬。窓の外にはしんしんと雪が降っている。
赤々と薪の燃える暖炉の前では老人が安楽椅子に揺られいた。
歳は80ほどだろうか。体に毛布をかけ穏やかな顔で眠っていた。
部屋には老人の寝息と時おりパチパチと爆ぜる薪の音だけがゆったりと流れていた。
ひときわ大きく薪が爆ぜると老人は眠りから覚めたようでゆっくりと目を開けた。
「私は眠っていたのか」
「おはようおじいちゃん。気分はどう」
老人を見守っていた女の子が老人に温めの白湯が入ったコップを渡す。
「とても良い気分だ。昔の夢を見ていたんだ」
白湯を飲みながら老人は懐かしそうに言う。
「それっておじいちゃんが勇者だった頃の夢?」
「ああそうだ。あの時は魔王によって世界は酷い状態だった。私はそれを憂いて仲間と共に魔王を倒す旅に出たんだ」
老人は古い記憶を思い出すように語る。
「そういえば今日は静かだな。あいつらはどうした。姿が見えないようだが」
「外せない用事があるから出掛けてくるんだって」
「そうか。それは残念なことだ。アダマスト山脈でドラゴンを倒したときの話を久しぶりにしたかったのだが」
「へー私その話は初めて聞くな。おじいちゃんたちはドラゴンを倒したの?」
「街の住民から山に魔物が住み着いて困ってるから助けてほしいと言われてな。私たちも向かうまでドラゴンと知らずにいたから驚いたよ。見上げるほどのとても大きなドラゴンで全身は真っ黒な鱗に覆われていた。これがすごく硬くて生半可な攻撃じゃ歯が立たないんだ。あの時ばかりは死を覚悟したものだ」
その後も老人は女の子にせがまれ自らの冒険譚を語り続けた。
やがて静かになった部屋に中年の男女が入ってくる。
「まったく困った人だったわね。自分の子供のことすら忘れてしまったのに昔に書いた小説の内容だけは覚えてるんだから」
「それだけお義父さんにとって大切な記憶なんだろう」
「私よりもってこと?失礼しちゃうわ」
「まあまあそう言わずに。優子もありがとうな。おじいちゃんは穏やかに逝けたかな」
「うん、楽しそうに笑ってたよ」
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