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5話 魔法 

「答えは出たかな」


 翌日の朝、若宮は学校に来るなりいきなり話しかけてくる。

 答え、というのは昨日若宮が持ちかけた交渉のことだ。夏希を俺の元に戻す、そう若宮が言っていたがそんなの無理だと誰でもわかる。


 しかし俺は答えを出せずにいた。

 若宮の復讐に対する異常なまでの執着。

 これは仮定の話だが、若宮と夏希に何か因縁のようなものがあるとしたら二人が会話ができなかったのは辻褄が合う。それに若宮が夏希に対して暴言を吐いていたことについても納得がいく。


 とするならば、俺が復讐を断ったとしても夏希が復讐の対象だというのは変わらない。

 それなら俺が関わることで若宮の矛先を変えるべき、とも思うのだ。


「そんなに深く考えなくても大丈夫、私に任せてよ」


 ポンと胸を叩いてドヤ顔を作っている若宮。

 俺はため息を吐き出して一つの提案をする。


「どうやって夏希を……」


 その先は敢えて言わなかった。

 若宮の顔をちらりと横目で見ると、俺の言いたいことは伝わっているようで思案顔を浮かべている。  

 そのまま暫く考えた後で若宮はようやく口に出した。


「私が陽キャになって夏希さんと仲良くなる」

「それで?」

「夏希さんと水崎くんの間に私が入ってうまく行くよう暗躍します」


 その言い分が通るならもう何でもありだな。

 おそらく咄嗟に思いついた方法だろうが、時間を置いて考えたところでまともなアイデアなんてないだろう。

 一呼吸置いてから俺は告げる。


「じゃあ今言ったこと出来なかったら、俺に関わらないでくれ」

「……あー、そういうことね」

「出来たらお前と一緒に復讐してやるよ」


 これで文句はないだろ。

 そう言う目で若宮を見ると、彼女は既に俺を見ていなかった。

 じっとどこかを見つめて何かをぶつぶつと呟いている。

 数秒後、何事もなかったように若宮は振り返って笑った。


「要は、陽キャになればいい! それだけだよね」


 本当にわかっているのだろうか、陽キャになるってそんな簡単なことじゃない。

 俺が努力をしてようやく辿り着いたわけで、若宮がテキトーに行動しただけで上手くいくはずもない。……というか、なって欲しくない。


「画期的な作戦でもあるのか?」


 一年の最初というフラットな状態だからこそ、俺は陽キャになれた。二年生になった今、どんな人間なのか周りに知られている状態でカーストを登るのは難しい。

 しかも若宮は地味であり、悪評が広まっている。これ以上の奴なんて学校中探しても俺くらい。つまり若宮はワースト二位というわけだ。


「一つあるよ」

「どんなのだ?」

「クラスの中心人物に気に入ってもらうんだよ」


 キラキラと目を輝かせながら言う若宮。

 その気に入ってもらう相手って復讐対象じゃないのか、とかそもそも無理だろ、と色々言ってやりたいところだが、若宮の奴がどんなことをするのか気になるので何も言わないでおこう。


「まあ頑張れ」


 俺がその言葉をかけた時にはもう若宮は自分の席を離れていた。


 若宮は桐屋やその仲間がいるところまで歩いて行き、何か話しかけている。

 だが無視をされて輪に入れてない。


 そりゃ当然だ、若宮は俺に話しかけている唯一の人間。俺のことが嫌いな桐屋がそれを知らないはずがない。

 顔を知られている以上、若宮が陽キャになるなんて絶対無理ってことだ。

 朝ほホームルームが始まるまで、若宮は何とか打開しようと試行錯誤していたがいずれも失敗に終わっていた。


 それから昼休みになるまで若宮の奮闘は休み時間の旅に続いていた。

 段々とクラスの雰囲気が若宮に対する嫌悪で高まっていた。

 近くの席ではひそひそと悪口を言う者もいる。桐屋とよくいる女の子は彼女に強い言葉を浴びさせた。どんよりと重い空気が広がっていく。


 若宮の狙いである桐屋は何の反応もない。

 完全な無視、視界に入っても気にする素振りすら見せない。

 午後になると徐々にいつもの教室の雰囲気に戻っていく。しかしただ一人、若宮だけがその空気から除け者にされていた。

 まるで若宮だけ別次元にいるような、そんな異質な状態。


 若宮那花の作戦は失敗だ、間違いない。

 チャイムが鳴ってホームルームが終わる。若宮は俺の隣の席でぽつんと縮こまるように座っていた。

 部活に行く者、帰る者、若宮の姿を一瞥して嘲笑して教室を出て行く。

 俺も周りにつられるように席を立ち、教室を後にする。何か言葉をかけてあげようかとも思ったが、やめた。


 翌日の教室は普段よりもやけに騒がしかった。

 若宮の話で盛り上がっている。特に桐屋の話し声は俺の席にまで聞こえてきていた。

 かなりバカにしているようだ。


「おはよ、水崎くん」


 若宮の声が確かにした、だが俺の目の前にいるのは別人とも言えるような彼女の姿だった。

 メガネからコンタクトに変わり、ショートヘア―は彼女の天真爛漫さとよく似合っていて、スカートの丈も短くなっている。制服を少し着崩し、化粧もしているようで昨日の若宮とは似ても似つかない。

 一瞬、教室の時間が止まって全員が若宮にくぎ付けになっていた。


「どうしたの、めっちゃ可愛いね!」


 そう話しかけたのは桐屋だった。

 昨日はシカトし続けていた男は若宮の目を見て話している。人が変わったように笑顔を浮かべて楽しそうに二人は会話を始めた。


 桐屋の行動にならうように他のクラスメイトも若宮に喋りかけていく。

 あっと言う間に若宮那花が人気者になり、この瞬間、彼女は陽キャになったのだ。 

読んでいただきありがとうございます。


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