4話 交渉
「おーい、なに寝てんだよ」
さっきからうるさい。
机の上に突っ伏していつものように寝たふりをしているのだが、若宮がずっと声をかけてきている。
「おーい、ってあれ、もしかして死んでる?」
「死んでない」
「うおっ、びっくりしたぁ。起きてるなら早く返事してよ」
顔を上げると不満げな表情をした若宮が立っていた。時計を見ると、昼休み終了まであと五分くらい。
後五分くらいゆっくりさせてくれ、そう思いながら俺は口を開く。
「夏希との会話の内容は興味ないから報告しなくていい」
「うーん、そのことだけどさ」
「だから報告は」
「なんかあんま話せなかった。というか私のこと避けてた? 気がする」
つまりなんだ、会話できなかったってことか。
確かに教室に戻ってくるのが随分と早いと思った……が、会話できなかったというのはどういうことだ。夏希の性格からして露骨に人を避けるような奴でもない。どちらかと言えば、誰にでも明るく可愛く振る舞う八方美人タイプ。
だとすれば、若宮の問題だろう。俺に比べれば悪目立ちしてないが、地味女の割には認知度がある。もちろんマイナス方面だが。
「嫌われてるんだろ」
「ひどい、私まだ何もしてないのに」
「……まだって」
俺がこんな陰キャに成り下がってなければ、絶対に関わってなかったな。
つーか、若宮の奴は何か勘違いしてないか。
「あー、一応言っとくが、俺は復讐とかそういうのには加担しないからな」
「えぇ、やる流れだったでしょ!?」
机をバンッと強く叩いて若宮は俺の目を睨みつけた。……はぁ、マジでコイツどんだけ復讐したいんだよ。
「俺は別に千代が幸せならそれでいい、桐屋と仲良くやれてんだろ。わざわざ邪魔しようとは思えん」
「千代? あぁ、夏希さんの名前ね」
この若宮の言葉を聞いて俺はハッと顔を上げた。
周囲を見回して桐屋の姿を探す。
まだ教室には戻ってきてない。
……誰にも聞かれてないだろう。
変な誤解されてややこしい事になったら困る、桐屋にも牽制されたばかりだし余計な言動は避けるべきか。
「どうしたの、そんな安心したような顔して」
事情を理解してない若宮がぽつりと呟き、小首を傾げた。
その質問に答えることはなく、俺は息を吐きながら告げる。
「復讐とか、俺にはどうでもいい。もう誘わないでくれ」
「……でも、水崎くん。その割にはあまり納得の言ってない顔をしているけど」
俺の顔を覗き込むようにして若宮が言った。
「納得だと? 笑わせんな。お前の方こそ何が目的で復讐なんかしやがる、納得のいく説明できるんだろうな」
意表を突かれたような顔の若宮だったが、すぐにいつも通りの表情に戻って答えを出す。
「それは世の為、人の為、今回は水崎くんの為! 私は弱き者の味方でありたいの。あなたを助ける為に私は復讐します」
そう言う若宮は楽しそうな、ワクワクした表情をしていた。
やっぱりコイツは常軌を逸している。
「……そうかよ。じゃあ俺はそんなこと望んでない、これでこの話は終わりだ」
俺が乗り気にならなければ桐屋はともかく、夏希が標的になることはない。そう思ったのだが、若宮はくすくすと笑いだした。
段々と笑い声が大きくなり、近くにいた奴らが怪訝そうな顔で俺たちの方を見る。
それからすぐに笑いは収まったようだが、若宮の笑顔はそのままだった。
「わかっちゃった。水崎くんはまだ彼女のこと好きなんだ」
「……は?」
「夏希さんのこと、好きなんだよね。だから復讐できない、憎しむことはあっても恨むまでには振り切れない」
それは違う。違うはずだ。
俺は別に夏希のことはもうどうでもいいと思っていて、興味の対象にはならない。
だが、さっきの夏希の表情を見たら少し昔のことを思い出した。あの時こうしていれば、ああしていれば、そんな後悔だけが身体に残った。
「俺は復讐なんかしない、それだけだ」
そもそも復讐ってなんだよ。そんなことしたって俺の青春は戻ってこない、誰も幸せにはならない。
その時、若宮が大きなため息を吐いた後、低い声音で告げる。
「忘れなよ、あんなクソ女のことなんてさ」
「……ははっ、口悪いな。お前」
「そう? あなたはゴミをゴミと呼ばずになんて言うの?」
表情は変えず、いつものトーンで若宮は言った。
呆気に取られながらも俺はなるべく穏便な方へと話を持っていく。
「……落ち着けよ。本音を言うと、俺は二人を恨んでないわけじゃない。ただそれ以上に波風を立てたくないと思っている。今の目標は無事にこの高校で卒業することだ、余計なことして目をつけられるのは勘弁なわけだ。わかったか、復讐女よ」
至極つまらなそうな顔をして若宮は話を聞いていた。そして何か察したのか、ため息と共に肩をガックリと落とした。
「仕方ないか、本人がやる気にならないんじゃ」
「そういうことだ、諦めてくれ」
これで話は終わり。
そう思ったのも束の間、若宮が表情を百八十度変化させる。
「じゃあこうしよう!」
瞬間、俺の全身に悪寒が走った。
ものすごく嫌な予感がする。
俺が何か言う暇もなく、若宮が言葉を続ける。
「夏希さんをあなたの元に返してあげる。そしたら私と一緒に復讐しよ!」
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