1話 開演
教室はやけに騒がしい。
それは当然か、高校二年生になって一週間が経った。新しい友達を作ったり、部活に入ってる奴は後輩ができたり、普通の奴は普通に浮かれている。
じゃあ俺はというと、自分の席に座って机に突っ伏し、寝たふりをしていた。
簡単に言えば、友達がいない。
恐らく俺だけだろう。一年の時よりもテンションが下がっている奴なんて。
友達がいないから、知り合いがいないから、そんな次元の話じゃない。俺はこの学校にただ通っているだけの存在。最早、居ても居なくても変わらない。
なぜそうなったのか、もちろん理由はあるがあまり人には言いたくない。結局、俺はこうなる運命だった、そうも思える。
ただ俺、水崎陽太という人間は陰キャぼっちになりたくてなったわけじゃない。どちらかと言えば、派手な生き方をしたいと思っている。
中学の時は運動も勉強も中途半端、部活動でも大した成績を残せない。学校行事も目立たず、クラス対抗リレーでは中盤に走っている。友達はそこそこいたが、男ばかりで女の子の友達はゼロ。もちろん彼女も出来る気配などなく、あっと言う間に卒業を迎えた。
そんなつまらない青春を送りたくない、という強い思いで俺はこの高校に入学した。
春休みの間は会話の練習をしたり、メガネからコンタクトに変えて髪型なんかも弄ってみた。
所謂、高校デビューってやつだ。
ぶっちゃけスタートダッシュは自分の中でもうまくいったと自負している。男友達だけでなく、女友達もできた。クラスでの立ち位置も少し目立つような存在だったと思う、今まで生きてきた人生の中で一番楽しかった瞬間と言ってもいい。
……それがどうしてこうなった。
机に突っ伏したまま深いため息がこぼれ、俺はぎゅっと目を閉じる。
早くホームルーム始まれ、そう思っているとさっきよりも教室が騒がしくなったように感じた。
重い瞼を持ち上げて腕の中にうずくまっていた顔を上げる。
その原因は、桐屋蓮司という男によるものだった。一年生の時から爽やかなルックスと運動神経抜群、勉強もできると完璧人間。男女共に人気があって正にクラスの中心人物。
ハッキリ言って、俺はアイツが嫌いだ。
入学して一ヵ月が経ち、俺は遂に人生で初めての彼女ができた。その子はクラスでも一番か二番くらいに人気のある子だったが、付き合う前から二人で下校したり、お昼を食べることもあった。
それから二ヵ月とお付き合いをしていた彼女は、手品のように一瞬にして桐屋に寝取られた。
翌日、教室にはもう俺の居場所など存在しなかった。桐屋が俺を寝取ろうとした側に仕立てあげ、その話は学年中に広まった。
俺は桐屋が嫌いだが、別に恨んでいるわけじゃない。
彼女が寝取られたのは俺の努力が足りなかったせいだし、桐屋の人望に負けたのは俺に魅力が足りなかったからだ。誰かを恨んだところで現状が変わるわけじゃない、そして世の中の大体は自業自得。
まあ高校で俺が陽キャになることはなかったが、まだ大学生で巻き返せる。そこで俺の青春をスタートさせればいい。
桐屋が広めた悪評は思ったより根深い、俺に関わろうとしてくる奴なんていない。ただ一人を除いてではあるが。
「おはよ、水崎くん」
声のした方へ顔を向けると、メガネをかけて真っ黒な髪は無駄に長い、スカートの丈も十分過ぎる地味な女が立っていた。
二年生になって一週間、隣の席じゃなかったら名前どころか存在を認識していたか怪しい。
そんな彼女の名前は、若宮那花。
「……ああ。おはよう」
「どう? そろそろ私と一緒に復讐する気になったんじゃない?」
明るい笑顔のまま彼女は今日もこう言った。
「やらないって言ってるだろ、復讐とか興味ねえよ」
これで一週間連続だ。毎日毎日しつこく決まって「復讐しないか」と尋ねてくる。新手の宗教勧誘かと勘違いしそうだ。
おそらく、彼女は中二病なのだ。
学校中の嫌われ者がいつも一人で過ごしている。そんな俺を見て何かしらのシンパシーを感じて話しかけている。復讐しないか、というのは本気ではなく冗談なはずだ。だから構うだけ時間の無駄。
「本当にいいの、それで」
「いいよ、別に」
俺はもう受け入れている。結局、一人で何かできるなんてアニメや漫画の主人公だけで一般モブは傍観者が精々。
「水崎くんの望んでいた高校生活って本当にこれなのかな」
悪者にしたてあげてもらっただけで、ちょっとハッピーみたいな。
……ってあれ、なんかおかしくね。
俺はそんなことの為に高校に入ったわけじゃないよな。
友達もできて彼女もできて部活も勉強も頑張って、ただひたすら目の前の出来事を夢中で追いかける、そんな人生を送ってみたかったはずだ。
だから俺は頑張った、自分を変える為に。
じゃあなんで俺は今、こんな惨めな思いをしている。
努力が足りなかった、魅力が足りなかった、自業自得? いや全部違う。
違うはずだ。
だって俺の最初の三ヵ月は確かに上手くいっていた。
じゃあなんでそれが脆くも崩れ、終わったのか。
桐屋のせいだ。
桐屋が全部悪い。アイツがいなければ俺は今頃……。
「その顔は思い出したみたいだね、自分のすべきこと」
「……知らねえ」
俺は若宮から目を逸らした。
すると若宮が俺の手をそっと両手で握り込む。
彼女の表情を見ると、それはまるで天使のような悪魔の笑顔。
「私と一緒に復讐、してみない?」
読んでいただきありがとうございます。
よろしければ、下にある☆☆☆☆☆から作品への応援お願いいたします!