「どんなものが見られるか楽しみだ」―皇太子視察編①―
5/21 二話目
「ヴィダディも好きな子が出来たら甘々になりそうだよなぁ」の後の話
「ヴィダディ、準備は終わっているか?」
「ああ。準備をしたのはほとんど侍女だが」
「その言い方、自分でも少しは準備したのか?」
「いや、母上が……」
「皇妃様がどうしたんだ?」
「母上がこういうのは準備をするところから楽しいって言って、飛び込んできて一緒に手伝った」
帝国の皇太子であるヴィダディは、友人であるジャダッドとそんな会話をかわしている。
彼らが何をしているかと言えば、今回ヴィダディは視察のために他国を見て回ることになり、今がその出発の日なので最終確認をしていた。
この話の発端はジャダッドが他国に出会いを求めに遊びに行くかと誘い、それに対してヴィダディが動いた結果である。
ジャダッドは皇太子であるヴィダディがそんな簡単に旅行に出かけることなど出来ないだろうと、そんな風に思っていた。なのでこんなに簡単に、すぐに実現することもないと思っていたのだが――ヴィダディは行動力も化け物だったので、その予定は比較的すぐに整えられた。
ジャダッドの両親は皇太子と共に彼が視察に行くことに大変青ざめていたが、いい加減慣れて欲しいとジャダッドは思っている。どうせこれからも度々こういうことがあるだろうから。
「……皇妃様って、ヴィダディの話を聞いている限り結構変わっているよな」
「そういうところも母上らしいところだ。母上と一緒に荷造りをするのは楽しかった」
「そうか、それは良かった」
皇族や貴族というものは基本的にどこかに出かけるにしても準備は全て使用人たちが行うものである。自分で本来なら行うものではないのだが――、ヴィダディは皇妃であるマドロールの影響で一部自分で準備したらしい。
ヴィダディは巷では『氷の皇子』などと呼ばれていたりするが、身内には大変甘いというのをジャダッドは理解している。
今回の荷造りも母親であるマドロールと一緒だから楽しかったのだろう。それでいてもし仮にヴィダディに他の人間が同じことをすれば凍てつくような視線で見られたことだろう。
(嬉しいことにヴィダディは俺に心を許してくれているから、俺がちょっと何かやらかしても見捨てたりはしなさそうだけど、他の奴には冷たいからなぁ……)
ヴィダディのジャダッドに対する態度と、他に対する態度はまた違う。それはヴィダディがジャダッドのことを友人だと思っているからに他ならないと言うのが分かるので、ジャダッドは素直に喜んでいる。
(ヴィダディは視察をするのを了承しただけで、新しい出会いについては考えてなさそうなんだよなぁ。俺、こいつが恋をするの見たいんだけどな。絶対に面白い)
……ジャダッドは自分にもそういう相手が居ないのに、ヴィダディにそういう相手が出来れば楽しそうと思って仕方がないようだ。
皇帝は皇妃に大変甘いので、おそらくヴィダディも好きな子が出来たら似たようになるだろうとジャダッドは思っていた。
(ヴィダディは家族にはくそ甘いからなぁ……。多分好きな相手が出来たら同じぐらいというか、もっと甘々になりそう)
ジャダッドはそんなことを考えて、この視察で面白い物が見れたらいいと思ってならなかった。
「それにしてもよくこんな簡単に許可が出たよな」
「……これでも少し時間がかかった。母上が最初は私の事が心配だと渋っていたから」
「え。だってあの話してから数週間だぞ? 十分早いだろ」
「いや、母上が最初渋っていなければおそらくもっと早くに出かけられた。父上には睨まれるし、母上にああいう顔されると……視察に行くのやめようかとちょっと思った」
「あー……、でも結局許可してくれたんだろ?」
「うん。説得した。ちゃんと立派に視察をして、お土産も沢山買ってくるっていってある」
「なんかヴィダディ、嬉しそうだな?」
「そりゃあ、母上に大切にされているって実感したからね。……父上には母上を悲しませることはないようにしろって言われたけど」
「陛下って皇妃様のこと、大好きすぎじゃね?」
「そうだよ。父上は母上のことが大好きだから、しばらくにらまれたよ。私は父上と母上の笑顔を曇らせる存在は許さないって同盟を結んでいるのに、その私が母上を心配させたから」
「……なんだその同盟」
ジャダッドはヴィダディの言葉を聞いてあきれてしまった。
だって大国の皇帝と皇太子がよく分からない謎の同盟を結んでいるのである。
(親子そろって皇妃様のことが大好きすぎないか?)
ジャダッドはそんなことを思ってならないが、それ以上突っ込みを入れるのはやめた。
「まぁ、その話はいいや。それより楽しみだな、ヴィダディ」
「うん。どんなものが見られるか楽しみだ」
ヴィダディはジャダッドの言葉に、そう答えるのだった。
そして帝国の皇太子の視察旅行が始まった。




