「あら、こんなところに迷子の子供が」
短編の少しあとぐらいのお話
「マドロール様、本日はいかがなさいますか?」
「今日はまずは図書室へ向かうわ」
侍女からの問いかけに、マドロールはにっこりと笑ってそう答える。
城内の図書室には沢山の書籍が並んでおり、マドロールにとってもお気に入りの場所である。
図書室で本を読むことで知らなかった知識を得られることはマドロールにとって楽しいことである。また前世ほどではないが今世でも創作小説は流通しているのでそのあたりを読むのも気分転換になる。
「マドロール様が以前読みたいといっていた本も入れてくださっているみたいですからね」
「ふふっ、ここの司書は私が読みたいって言ったものを沢山入れてくださるもの」
「それはそうでしょう。マドロール様はこの国の皇妃ですよ。あなたの望みはなんでもかなえられるべきです。それにマドロール様が心から喜んでくださることを司書も喜んでますから」
「ふふっ、それは嬉しいわ。でもあんまり頼みごとをしすぎるのもよくないかもしれないわ。私がちょっと口にした言葉を絶対に叶えなければって無茶をされることもあるものね」
「大丈夫ですよ。マドロール様が望むことは陛下がほとんど叶えますから。陛下はマドロール様のことを本当に大切にしていらっしゃいますから」
「えへへ」
侍女から言われた言葉にマドロールは嬉しそうにはにかむ。
そんな会話を交わしながらマドロールが図書室へと向かっていれば、聞きなれない幼い声が聞こえていた。
「ここ、どこぉ」
そんな泣き出しそうな声を聞いて、マドロールがそちらを見ればドレス姿で歩いている小さな少女がいる。
「あら、こんなところに迷子の子供が」
マドロールは驚く。
マドロールが住んでいるのはお城の中心部である。外側の部分にはマドロールはほとんど行くことはない。城には沢山の人々が仕えているので、そのあたりの者たちとはほとんどかかわりはない。
こういう奥まったところに居るというだけでもその少女はそれなりの身分を持つのだろうというのが分かる。
なのでマドロールは無造作にその少女に近づこうとする。
「マドロール様、幾ら見た目が少女でも駄目ですよ。マドロール様が見知らぬ人へと近づき危険があると大変なことになります」
「大丈夫よ。あなたたちが守ってくれるんでしょ? それにこんなところにやってこられる方だもの。そもそもここに来られる子が限られているでしょ?」
「まぁ、それはそうですが……」
傍に控えている侍女や騎士たちが頷いてくれる。それを見てマドロールは少女へと近づいた。
「迷子かしら? 大丈夫?」
「……おねえさん、誰?」
「私はマドロールっていうの、あなたは?」
「私、ジョジョニア……」
「お父さんと一緒に来たのかしら。お名前分かる?」
マドロールはそう言いながらその小さな少女の身長に合わせてかがむ。
そして笑いかければ、その茶髪の少女も安心したように笑った。それから聞き出したその少女の父親がお城で働いている文官の一人だと言うのが分かった。ヴィツィオに仕えてそれなりに長い文官でマドロールも数度だけだが会話を交わしたことがある。
マドロールはひとまずヴィツィオの元へ向かうことにした。
「ヴィー様」
マドロールが少女の手を引きながらヴィツィオの執務室へと向かい声をかければ、ヴィツィオがマドロールに視線を向ける。
「マドロール、それは?」
「迷子の女の子です。見つけたのでお父さんの所に連れていきたいなぁって」
マドロールがそう言ってヴィツィオとその場に居たヴィツィオの側近たちにその少女の父親の名を口にする。
父親がやってくるまでの間、ジョジョニアはその場で待つことになった。
ジョジョニアは仲がよさそうに笑いあっているヴィツィオとマドロールをキラキラした目で見ている。
「おにいさん、すごく綺麗!」
「ふふっ、そうよねぇ。私のヴィー様はとっても綺麗なのよ。あなたは見る目があるわね」
「おねえさんの恋人?」
「ふふっ、私の世界で一番かっこいい旦那様なの」
マドロールはそう口にして、嬉しそうにはにかむ。
ジョジョニアがヴィツィオとマドロールのことを皇帝夫妻などとは思っていないようなので、マドロールはただのマドロールとしてジョジョニアに接している。
そうやって会話を交わしている中で、コンコンッと扉がノックされる。
ヴィツィオが入室を許可すれば、慌てた様子で一人で男性が入ってくる。
「陛下! 私の娘が此処にいるというのは――」
「お父様!!」
その男性の言葉を遮るようにジョジョニアは声をあげる。
「ジョジョニア、一旦口を閉じてくれ。陛下、申し訳ございません。ジョジョニアはまだ子供なので無礼をお許しください」
「陛下はこの位でお怒りはなさらないわ。楽にしてくれて大丈夫ですよ」
マドロールがそう言って声をかけるが、男性はそれでも青ざめたままである。皇室に仕える文官とはいえ、皇帝夫妻と対面することなど本当に時々しかないその男性にとってはこの状況がよっぽど刺激的だったのだろう。
結局萎縮したままの男性は、そのままジョジョニアを連れて去って行った。
――それから少したって、ジョジョニアからマドロール宛ての手紙が届けられ交流することになる。




