「マドロール様は本当に陛下が好きなんだ」―とある職人の成り上がり②―
ラッヘメナは城に毎日顔を出すようになった。とはいえ、マドロールから「休みはきちんと取るように」と言われているのもあり、適度に休みを取っている。
前に働いていた店では、ラッヘメナは雑用ばかりを任されていた。
孤児だからといって差別され、大好きな洋服づくりもなかなかやらせてもらえない。そんな状況に陥っていたので、こうして毎日服のことだけを考えられることが楽しくて仕方がない様子である。
(マドロール様は陛下の色である黒と黄色を含んだドレスがいいとしか要望を出されていない。とても可愛らしい方だから、どんなものでも似合いそうだけど、どうしようかしら)
マドロールはこの帝国で最も高貴な女性である。というのもあり、ラッヘメナは最初に挨拶して以来マドロールには会えていない。
ラッヘメナが望めば謁見することは出来るだろうが、恐れ多くてそのようなことは出来ていない状況である。
「いくつか候補はあるけれど……きちんとマドロール様に気に入ってもらえるように考えないと」
そういうわけでラッヘメナは直接は聞きにくいので、マドロールのことをドレス作りの参考にするために城に仕える人たちに聞いてみることにした。
「マドロール様はとっても可愛らしい方ですよ。明るくて見ていて楽しい方です」
「あれだけ愛されていると素敵ですよねぇ」
「マドロール様のドレスをお作りになるのならば、陛下をイメージするものがいいでしょうね」
「マドロール様は陛下を愛していらっしゃいますから」
その城に仕える人たちは、マドロールのことを悪く言う人々はいなかった。
ラッヘメナが彼らに聞いたところによると、それはマドロールを悪く言うものは問答無用で排除されるものだかららしい。
皇帝であるヴィツィオは、全くそういう処罰を躊躇わない。それを十分に知っている城内の人々がマドロールを公の場で悪く言うことはまずない。まぁ、マドロールを心の底から好意的に見ている者の方が当然多いが。
「庭園に行ってみてはどうですか? マドロール様が気に入った植物を持ち帰って植えているので、参考になるのではないかと思います」
そしてラッヘメナは一人の使用人からそんな言葉をかけられた。
その言葉を聞いて、ラッヘメナは許可をもらってから庭園を見に行くことにする。
「わぁ」
その庭園は、美しく咲き誇る花々が色とりどりに存在していた。
ラッヘメナはこの帝国にやってきてから、見たことがないものを沢山見ることが出来ている。今までは、綺麗な景色も見る余裕なんてなかった。
それだけ余裕のない生活をしていたから。
だけど此処では綺麗なものが沢山ある。それはラッヘメナの仕事である洋服づくりに刺激を与えるものばかりである。
「こちらの花は皇妃様が陛下の瞳の色に似ていると気に入っているものなんですよ」
「まぁ……。まるで宝石みたいです」
「アクセサリーにも使われるようですよ」
「ぜひとも……ドレスに使いたいです。申請すれば許可をもらえますか?」
「そうですね。理由を言えば許可してもらえると思いますよ」
庭師からの説明に、ラッヘメナは嬉しい気持ちでいっぱいになる。
こんな風に素敵なドレスの構想を練れることがとても楽しかったのだ。
そうやって庭師と話していると、楽しそうなマドロールの声がラッヘメナの耳に聞こえてきた。
「ヴィー様、こうやって花の匂い嗅ぐととても幸せな気持ちになりますね!!」
その声に導かれるままに、そちらを見ると満面の笑みを浮かべたマドロールが咲き誇る花々に顔を近づけてにおいをかいでいた。
その隣には、ヴィツィオが居る。
「ほら、ヴィー様も嗅いでみましょう?」
「ああ」
ヴィツィオが頷き、花に顔を近づける。
「はぁ、ヴィー様とお花って凄く似合います!! 素敵!!」
そしてマドロールはその様子を見て大興奮している。
……その声を聞いてしまったラッヘメナは驚いた。
(マドロール様って、陛下の前ではああなんだ……。マドロール様は本当に陛下が好きなんだ)
ラッヘメナはそんな気持ちになって笑ってしまった。
これだけマドロールがヴィツィオを愛している様子を見ると、素敵なドレスを作りたいなとそう思ってならない。
(マドロール様が喜んでくださるドレス。あれだけ美しい陛下の隣で、マドロール様が美しく咲き誇る花のようにいられるようなドレスがいいなぁ。マドロール様はとても可憐で、周りを明るく照らすようなイメージ。季節的には春に咲くような花って感じかな。さっき見つけた宝石みたいなキラキラした花は、マドロール様っぽいと思うからぴったりだと思う)
ラッヘメナはそんなことを考えながらワクワクした。
そのまま盗み聞きしていてもダメだとラッヘメナは、一旦作業部屋へと戻った。
その後、文官に先ほどの花をドレスに使いたい旨を伝える。……そしてその花が、ラッヘメナが想像できないぐらい高価なもので卒倒しそうになってしまったのだった。




