「なんというか、凄いな」―聖なる乙女と聖獣⑧―
「それでね、ヴィー様って凄くかっこいいの! 朝からヴィー様が私におはようって挨拶してくれるだけで本当に幸せすぎて……」
「本当に皇妃様は皇帝陛下のことが好きですね……」
マリアナは、マドロールの言葉にそう答える。
マドロールが襲われる事件があり、その後、マリアナは気絶してしまった。目が覚めた時、マドロールが心配そうに自分の顔を覗き込んでいて驚いたものである。
あの一件以降、なんというか、マドロールはマリアナの前で割と素を見せていた。というよりあの時に「ヴィー様、ヴィー様」と言いながら血濡れの皇帝にかけよっていた姿を見られているので、もう隠す気もないようである。
「……皇妃様は、皇帝陛下が怖くないんですか? あんな姿を見て」
マリアナは怖いと思った。
ためらいもせずに人を殺した皇帝が。それだけの力を簡単にふるう恐ろしい皇帝が。
マドロールは、何の力もない少女と言える年齢の女性である。結婚して子供を産んでいるとはいえ、まだ十代の少女である。それなのに、皇帝を恐れないマドロールがマリアナは不思議だった。
「あんなヴィー様の姿をこの目で見れたことが嬉しいし、ヴィー様ならば全然怖くないわ」
「……なんか、皇帝陛下って幾ら気に入っていても何かあったら殺されそうじゃないですか? 私は姿を見ていても怖いです」
「ヴィー様になら殺されたってかまわないもの」
「……ええっと、それは本気ですか?」
「もちろん。だってヴィー様の決定が全てだもの」
「……そうですか」
本当に、本心からそう思っているんだろうなというのが分かるので、マリアナは思わず感心してしまう。
恐ろしい状況を見ても、全く気にした様子もなく――ただ皇帝が決めたことなら全部受け入れようとそう思っている。
(なんというか、凄いな。なんというか、皇帝陛下に何をされたとしても、どんな一面を見たとしても――怖がらないってことよね)
マリアナは皇帝と皇妃の関係は、恐ろしいけれど、眩しいと言うか羨ましいような気持ちにもなった。
(皇妃様は皇帝陛下を心から信頼していて、なんでも受け入れそうで。……だから皇帝陛下も皇妃様のことを愛しているってことだと思う。結婚って、色んな思惑があるものも多い。でも互いに思いあっているということよね。……私も出来ればそういう相手と結婚したいな)
その関係性が、恐ろしいとは思っている。
それでもそういう恋愛結婚には憧れる。
ただその後に、皇帝と皇妃が政略結婚であるというのを聞いてマリアナは驚いた。
「……政略結婚なのに、相手があの皇帝陛下なのに今はこういう関係なのですね」
「ええ。そうなの。ヴィー様が結婚相手で本当に幸せだったわ! ヴィー様以外が相手だったら私はこんなに幸福だと思わなかったと思うもの」
マドロールはそんなことを言って、幸せそうにはにかむ。
その様子はマリアナの目から見ても愛らしいものだ。
「政略結婚って不安だったりしませんか? 私も……今、貴族の娘として生きているからいつかそういう結婚をしなければならないのかもしれないので」
「国のためだったもの。それにヴィー様の顔を見た瞬間、全部吹き飛んだわ! 大丈夫よ。マリアナが嫌がる結婚なら私が全力で反対するもの。マリアナには幸せな結婚をしてほしいわ」
なぜだか、マドロールはマリアナに最初からずっと好意的だった。マリアナにはその理由が分からない。それでも帝国の最高権力者ともいえるマドロールが好意的に笑いかけてくれるのは、マリアナにはなんだか嬉しかった。
「まぁ、マリアナは聖獣に認められた乙女だもの。だからこそ、無理強いをする人はいないと思うわ!」
「そうですね。……でもなんていうか、この前みたいなことがあったら怖いなとは思います」
マリアナはマドロールの言葉にそう答える。
つい先日の事件では皇帝にはマリアナの方がふさわしいなどと言って強行を行った。
もし……誰かと結婚することになったとして、同じような事件が起きたら。そしてまたそれで他の誰かが狙われることになったら――なんてそんなことを考えると恐ろしかったのだ。
「大丈夫よ。何があってもヴィー様が居れば大丈夫だもの」
「皇帝陛下は私のためには動かないと思いますけど……」
「私がマリアナを助けて欲しいってお願いするから大丈夫よ。それにマリアナの聖獣様もどんどん力をつけると思うもの。何かあったら相談してもらえたら私は力になるわ」
「ありがとうございます」
にこやかに笑って、力強い瞳でマドロールがそう言うから、なんだか何があっても大丈夫なようなそんな気持ちでいっぱいになった。
それからも聖なる乙女と呼ばれるマリアナは、皇帝夫妻と親しく過ごすことになる。皇帝のことは恐れているものの、皇妃とはよく会い、結婚し子供が生まれてもその関係は続くのであった。




